参話 ここは……
「はい。ようこそ地獄の一丁目」
さらりと告げられた言葉。唐突。実に唐突。
おかしい。さっきまで森の中だったのに。人なんてあのダンディしかいなかったのに。
周囲は先ほどとは違う闇に閉ざされ、ただ静かに言葉が響く。
そして声はダンディではない。
他に分かるのは気配くらいか。
「ああ。なるほど。状況が理解出来ていないようだ」
ああ。全くもってその通り。悲しいかな。俺の理解には限界がある。いや、俺じゃなくても唐突すぎてついてはいけまい。
「はい。じゃあどこまで覚えてる?」
それはまるで出来の悪い生徒に対する教師のような声音。残念ながら目の前(闇の中だから見えないが声の聞こえた方から考えて多分正面にいる)の相手は男だと思われるので、ありがちな『女教諭との二人きりでの個人レッスン』みたいなシチュエーションは望めない。
俺には男と二人きりになって喜ぶ趣味はない。断言しておく。まず知らない男と何を話せと。
「お~い。聞こえてるか? ……あれ? 聞こえてない? ひょっとして座標がずれてる?」
こちらが混乱して考え込み返答を遅れていると、何やら向こうも困惑したようで、こちらにとって訳の分からない独り言を呟き始めた。……座標ってなんだよ? こっちに聞こえてないと思ってるようだし、ずれると通信状況でも悪くなるってことか?
今はどうでも良い。現状の把握が先だ。
「あ、いや。聞こえてるけど。続けて」
そう返答する。
「ああ、悪い。……いや、よく考えたらお前が答える番だろ」
そうだったか?
そうだったな。
「えっとたしか……馬車で移動。あれこれゲームの世界じゃね? そうこうするうちに迷いの森へ。御者さん邪教徒マジダンディ。……だったっけ?」
「…………邪教徒がダンディかどうかは置いておいて」
なぜだろう? 目に見えないのに彼が頭を押さえてる気がしてならない。
「まあそんな感じだ。ここがあのゲームの世界だという認識も半分正解」
「半分?」
「……いずれ分かる。大事なのは『この世界に初見殺しが山ほどあること』。『ゲームだが現実になっているためにある相違点に気を付けること』。この二つは常に頭に入れておけ」
この人『半分』について話す気はないらしい。
いや、話したいのかもしれないが話せないのかも。そんな気がする。
というのも、姿は見えないがその声に心配が表れているから。その声、修学旅行の前のオカンの如く。多分あれこれ口出ししたいんだろうなぁ。細かいとこまで。
五月蠅かったなぁ。どこに行くのかとか結構聞いてき……それで思い出した。今どこだよ? ここどこだよ?
「あとは……四つほど教えておくべき点がある。今教えられるのはそれくらいしかない」
「それ以前にここはどこだよ」
思い出したら即実行。
行動は迅速に。
拙速は巧遅に勝る。
これらオカンからの教訓。叩き込まれた。
「それが一つ目。ここは地獄の一丁目」
「マジだったのかよ!」
冗談だと思ってたんだけど。
あれ? じゃああの後俺やられたのかよ? 記憶にないけど。
「ま、冗談だけどな」
ですよね~。
「答えとしては……次元の狭間。虚ろな神域。煉獄。有り得ざる世界。虚数空間。蛍火の世界。こんな感じか」
おい、さらりと地獄の親戚入ったぞ。あと蛍いないけど。真っ暗ですけど。
「簡潔に言ってしまえば時から解放された世界の紛い物。いや、残骸か。第五元素は『燃素』。象徴は『鷲』で、満たされた法則は『死者の再生』。関係は『清算』。そんな感じだ。……うん。理解出来てないな?」
うん。そりゃね。『え? 電波なのこの人?』ってなるよ、そりゃ。そもそも簡潔じゃねぇし。
冷たい視線も送るよ、そりゃ。
「俺は男女問わず冷たい視線向けられても興奮はしないぞ?」
向こうには見えるらしい。
まあこれで話は前に進――
「ちなみにゲームの世界で目覚める前の、お前が持ってる記憶の中の世界の場合だと」
――まねぇのかよ! 続けんのかよ!
「第五元素は『闇黒』。象徴は『■』」
「ごめん聞き取れなかった」
俺も聞き返してんじゃねぇよ!
「どこが?」
「象徴」
俺ぇ!?
「『■』」
「やっぱり聞き取れないんだけど」
だから俺ぇ!?
何これ?
勝手に聞き返してんだけど。
「やっぱずれてんのか?」
「いやそれ以外は聞こえるから多分違う」
やばい。自分のことながらイマイチ分からない。
なんだこれ? ゲームの強制イベントやらされてるような印象。
「ああ、そういうことな。……じゃあ便宜的に『闇』で。似たようなもんだし。で、続けるけど満たされた法則は『常識の縛鎖』。関係は『無形』。……で、さっきまでいた邪教徒さんの襲来した世界はこの二つとも異なる法則の下にある」
あ、本題に戻った。
「まあこれ以上は自分で気付かないと意味無いから黙っておくけど」
「おいぃいいいい!」
今までの時間を返せぇええええええ!
俺の渾身の突っ込み!
しかし奴はそれを無視して口を開き話しを続け――
「で、お前も……説明面倒だから端折って良い? もうバテてきてるから。正直お前と話し始めた辺りでもう既に限界超えてたり」
ないのかよ!
「なら最初からそうしろやぁああああああ!!」
おちょくってんのかよぉおおお!
なんだこの掌の上で踊らされてる感。
「じゃあ許可貰ったし、簡潔にいこう。ステータスウィンドウ開いて」
「唐突だな相変わらず。でも出し方が分からないんだけど」
ああ、こういうのがゲームとは違うところか。
「精神落ち着かせて『開け』と念じるだけで良いんだけど?」
「え? マジで?」
ブウォン。
黒い世界に光が灯る。
…………
あ、マジだ。
つまりさっきまで錯乱してたから開かなかった、と。
まあ、そうだよね。あんな状況じゃ、冷静では、いられないよね。
そりゃ、おかしな解説も入れるよね。
…………
「ああ、ちょっとくらいは待つよ。状況の説明は必要な分の尺は取るし」
お気遣い頂きました~。
よーし。ステータス見るかー。
△ △ △
光明寺 武哉
age :17
sex :男性
race :人間
△ △ △
種族は人間か。喜ぶべきか悲しむべきか。
この世界だと人間は最も数の多い種族だ。
ステータス的な視点で語れば、特別秀でているわけでもないが劣っているわけでもない種族。
総合的にはバランス良く育つため、弱点が致命的になりにくいという利点がありソロには結構向いている。
反面、多種属と比べ長所が伸びにくいため集団では埋没しやすく目立ちにくい。
というかステータス的に見たら完全上位互換の妖精がいるのでぶっちゃけ選ばれにくかったり……だって繁殖力では買ってるから数が多いことと種族限定イベントくらいしか有利なとこないし。
ヒーローに憧れるような小さな子供たちにはあまり選ばれないタイプかもしれない。
……そして種族で少し落ち込んでる俺はそういう子供たちの仲間なんだろうなぁ。いや、まあ人間はハズレではないんだけど。
あ、そうだ。
難易度はどうだろう?
△ △ △
光明寺 武哉
age :17
sex :男性
race :人間
difficulty:lunatic
△ △ △
ですよね~。うん。正直諦めてたよ。
迷いの森で諦めてたさ。
ああ、仕方がない。分かり切ってたことさ。
これは、あれだ。ただの確認。
一縷の望みとか考えてないさ。
あ、そうだ。
クラスはなんだ?
人間の男で高難易度だと、騎士や剣士、偵察兵や弓兵辺りが定石なんだけど。
序盤は変に難易度上がるから組んでくれる人少なくなるので、基本的に一人で対処出来るクラスじゃないときつい。だからそういうのに適したクラスが良い。
間違ってもロマンを追求したクラスが当たるのは駄目だ。砲兵とか絶対無理。個人的にはロマンとかすごく好きではあるのだけれど流石に生きていけないから――
△ △ △
光明寺 武哉
age :17
sex :男性
race :人間
difficulty:lunatic
class :拳闘士
△ △ △
……………………ん?
あっれ? 目が疲れてるのかね。
砲兵の次くらいにソロに向かないクラスの名前が見えた気が……
ロマンで売ってるクラス第二位が見えた気が……
気のせいだよな。
……よし、大丈夫。もう一回――
△ △ △
光明寺 武哉
age :17
sex :男性
race :人間
difficulty:lunatic
class :拳闘士
△ △ △
……………………
フッ。
スゥウウウウウウウ。
「なぁあんでだぁああああああああ!?」
お久しぶりです。ちょっと立て込んでいて更新が遅れています。申し訳ありません。
クリスマス、元旦等様々なことがありましたが如何お過ごしでしょうか?
え? 俺? 元旦は実家帰ってました。
クリスマス? ええ、楽しかったですよ?
……一人カラオケ。
今年もよろしくお願い致します。
皆様にとっても良いお年でありますように。
2013/01/07