弐話 エリアについて
空は暗く、周囲は一面の樹木。
エリアが一つ変わるだけでここまで変動するのか。
植生的にはそこまでおかしくはないんだろうけど……植生ねえ。ゲームでそこまでリアルにしているだろうか?
窓から外を観察しながら考える。
この条件だと、多分行き先は『迷いの森』か。
『始まりの草原』に隣接する森林は二つ。
一つは山道で登り道。
もう一つは海の方面に向かう。
後者は樹木がマングローブっぽくなっていくはずだし、徐々に波の音が聞こえてくるようになる。ゲームではそうだった。
人通りはない。
まあこんな時間に安全も確保されてない道を進んで歩もうという人間も少ないのだろうけど。
ゲームだと夜間の方がモンスターが強く、また湧きやすいという調整がされていたはず。
それに暗いと敵の発見が遅れるし、罠にかかりやすいし、あまり探索には向いていない。
ゲームではこんな感じだったが、やはり現実となった今もそんな感じで危険なのだろうか?
現実味があまり湧かない。
周囲の森から零れる虫の鳴き声、獣の唸り声。
虫も危ないけど、この地域だと獣の方がまずいよな。初見殺しだけに限ってもサンダータイガーとか『戦慄のわんわんお』とかいるし。
モンスターの声で種類当てられるプレイヤーもいたっけか。だが俺にはそんな技能はない。
この中のどれほどがモンスターなんだろうか?
全てだと流石にきついな。……いや、一体でも十分きついよ!? 何考えてんの俺!
軽く喧嘩した経験はあるけど獣と戦ったことなんてない。野犬の群れに追い回された時は謝り倒して見逃してもらったくらいだよ。……あれ? 今回もこれでいけるんじゃね? …………いけるわけねーだろ!
……溜息一つ。
我ながら脳天気というか、危機感が足りてないというか。
いや、表層意識ではこうだが、その割に深層意識では意外と焦ってるのかも知れない。
手に表れてる。さっきから無駄に手を宙に走らせたり無駄に馬車の壁に当たったりしてるからこれはそこそこ焦ってるっぽい。
なんだこのちぐはぐさ。誰だよ、こんな場違いな人間をこんな所に放り込んだのは?
もっと適切な人間がいるんじゃないのか?
どっかから見てるならちょっと謝罪しに来い! 今はちょっと忙しいから後で!
……まあ今愚痴っても仕方がない。
今出来る、使える手段で何が出来るか。
逃げるため、生き延びるために思考を巡らせる。
まずエリアについて。
このゲームだと天を突くような壁に囲まれた範囲をエリアと呼称する。
これは設定だと魔女が最後の方現実逃避で周りに壁作ってたとかいう裏設定があるんだけど、ここでは関係ないので詳しくは述べない。
この壁の破壊は不可能。心の壁をぶち壊して欲しくないという話ではなく、それが出来たらゲームバランスぶち壊れるからって話だ。
エリアの形状は三角、菱形、台形、六角形など様々だが、一貫してベースとなる一定の大きさの正三角形を組み合わせた形をしている。
小さな村だとベースとなる三角形が一つ。それより中小都市とかだとそれを六つ合わせて正六角形でマップを構築していたりする。あくまでマップの広さの話なので細部は全然違うけど。複数のエリアで構成される町もあるけど、俺が知る限り両手の指で足りる程度。と言うのも、大国の首都、王都くらいしかそんな都市はないから。そしてこの大陸にある国の大半は都市国家であり、大国は五つしかない。
まあ詳しいことはまた今度。だって今は関係ないし。
そのエリアがワールドマップに所狭しと展開されている訳だ。イメージとしては亀甲模様。
ではその亀甲模様に区切られた空間を行き来するにはどうすれば良いか?
エリア間の移動はゲートと呼ばれる箇所を通れば良い。今さっき俺が通ってしまったあれだ。
基本的にエリアを区切る壁のどこかにある。
これを通ると隣接しているエリア間を行き来出来るようになっている。
これがこの世界に見られる普通のゲート。
では普通じゃないゲートとは何か。
例えば都市間移動ゲートとかに代表される隣接していない箇所に転移してしまうゲートとかだ。
ワープゲートと呼ばれるこれは長距離移動の際に非常に便利。だってこの世界、エリアを区切る壁のせいで目的地に向かって直進出来ないもの。『迷いの森』という異常に迷いやすいエリアじゃなくても余裕で迷える。だから世界地図もコンパスも必須だ。
他にも一方通行気味な特殊タイプも確認されている。
一言でまとめると罠。
この近辺にはないのでこれもまた割愛。
じゃあ、次にエリア関連の重要事項、エリアマスターについて。
各種都市や『始まりの草原』や『迷いの森』などは例外として、大抵のエリアはプレイヤーの誰かが支配権を有している。
別に個人である必要性はない。ギルドが有するという手もある。事実、大半のエリアはどこかのギルドが所有権を保持していたはずだ。
所有権を手に入れる手段は大体三つに分類可能。
まずそのエリアが誰の支配下でもない場合。これは解禁されたばかりのエリアならありえる。
この場合、そのエリアを支配する資格を保証するエンブレムを手に入れれば良い。
ここでのエンブレムの入手も幾つかパターンがある。
例えばボスが守っている場合。単純に戦闘で勝てば良い場合は楽だが、戦闘終了時に特定条件を満たしている必要があったりするので注意が必要。
ボスと関係ない場合も多く、レアモンスターが持っていたり、イベントで手に入れたりする場合もある。
ヒントはきっとどこかで出てるはずだが、何せイベントの数が異常に多いので物凄く見つけにくい。今の俺の思考から任意の情報を見つけるみたいな感じだ。
次に穏やかな所有権移転の場合。
やめるのか金策のためか知らないけど世知辛い。
売る、譲るなどの場合がこれに当たる。
中には嫌がらせに走り無理矢理奪うようなやり方をする者もいるがこれでも円満だと思う。
と言うのも……
最後に激しい所有権移転の場合。
イベントでの取り合い。エリアごとに選択出来るものが違うけどそのイベントは選択肢が多い。
戦闘かも知れないし、単純に水泳とか釣りとかかも知れない。
連続で同じ方式は取れないが、大体四つ得意な分野を作っておけば奪われにくい。
最長でも半年に一回はイベントを起こさなければならないという縛りがある。もっと短くても構わない。
ではお待ちかね。エリアにおけるモンスターのレベルについて。
これは変動する。
結構変動する。
モンスターのレベルを決める条件は五つ。
一つ目。そのエリア事態の初期設定レベル。
序盤の『始まりの草原』などは低めに、終盤とかに当たる魔王城近辺とか隔離区域とか神域とかはレベルが高めの調整となっている。
RPGによくある序盤の都市はなぜかモンスターのレベルが低いというアレだ。
このゲームにおける理由付けだと神様パワーによる棲み分けだとさ。
二つ目。そのモンスターの種族の最低レベル。
モンスターのレベル決定の際、基礎となるこれに各種の上乗せをする形となる。
例えば小猿系であればLv1から。護謨系であればLv5から。牛鬼系であればLv35から。飛竜系であればLv40から。
こんな感じで差が開く。……生まれた時から不平等……
三つ目。モンスターがどれほど活発になっているか。
これは簡単に言ってしまえば乱獲すれば一時的にレベルが下がり、放置しすぎるとレベルが上がる。また魔王関連のイベント中は駄々漏れになった彼の魔力の影響で活発化どころか凶暴化してることさえあるため原型留めないレベルで強くなっていることも多々ある。
四つ目。その個体がどれだけ経験を積んだか。
三つ目の『放置しすぎるとレベルが上がる』に関連するが、向こうは全体のレベルが上がってしまうのに対し、こちらはその個体のレベルが上がってしまってるという点に違いがある。
例を挙げれば、長い間放っておいた結果、攻略の最前線にいるようなギルドが束になって『始まりの草原』にいたことさえある。なお、相手は一体。ちなみに当時のレベルキャップは70。
五つ目。そのエリアマスターの方針。
エリアマスターはエリアに介入して自分の支配するエリアでポップするモンスターのレベルを±10程度変動させることが出来る。
モンスターはポップしたエリアからゲート二つ分のエリアなら移動出来るので、隣接するエリアとさらにそこに隣接するエリアまでは行動範囲ということになる。
よって他のエリアも巻き込むようにレベルを上げてしまうことになるのでエリアマスターは要注意。
モンスターのレベルが高いとドロップアイテムも良い物になりやすいので高く設定する人もいる。
しかし序盤のエリアを高く設定するのはマナー違反だと暗黙の了解があるので、序盤のエリアは総じて-7~+5くらいで安定していた。
なぜこうなったのか。
事例は複数あるが、特に面白くもないので長々と紹介する気にもならない。
取り敢えず一つだけ挙げとこう。
一度ふざけたマスターのせいで序盤のエリアの五つが死屍累々で通過不可になるという事件があった。そこを通らないと達成出来ないイベントがあるにもかかわらず、である。
出足を挫かれた形となるプレイヤーから抗議の声が上がることになり……その後のイベントで集中砲火の末、支配権を横取りされたのは言うまでもない。……そういやあの時は最前線にいたはずのギルドが初心者用のエリアの支配権を奪いに来るとかいう珍しい光景が展開されていたっけか(普通はそういった上級者組はもっとレベルの高い所の支配権を奪い合ってる。遥かに格下のプレイヤーが遊ぶエリアの所有権を鳥に来るのは別にルール違反ではないが、みんなで楽しく遊ぶ上で低レベルだったり駆け出しだったりするプレイヤーが楽しみにくいので、マナー違反ではないかと見なされるから)。何年前の話だったっけ? どうでも良いか。
さて、エリアについて、モンスターについて、多少振り返ってみた。
そうしてみた理由はこの後に控えるイベントのため。
基本的に逃げるイベント……のはず。
逃げ回る距離に関わるので、本来なら早めに行動出来るに越したことはないイベントだ。
え? 分かってるのになんで行動してないのかって?
ウィンドウ開けないから必要事項確認出来ないからだよ。
まず、現状について詳しく述べる。
イベントが発生している。
そしてそれがこのゲームでの最初の初見殺しである。
チュートリアル前に発生する『初見殺し・第一』は、説明書しっかり読み込んでおかなければ、ていうか読み込んでなお普通に死ぬ次元だった。
そもそもマニアック以降は普通の人だと確実に一度は死ぬ。
ルナティックだと通りすがりの良い人プレイヤーが助けてくれないとまず死ぬ。『良い人』じゃないといけないのがポイント。
とりあえず現在進行しているのが『始まりの草原ルート』なのも分かっている。
そこまでは分かってる。ああ、そこまでは分かっているとも。
でも――
一つ目、今の俺の難易度が分からないからどのイベントが来るのか分からない。
というか、どの難易度でもいるはずの、ここに乗ってるはずのもう一人の人物がいない。そんなアクシデントのせいで余計混乱してる。
場合によっちゃ襲いかかってくる相手がいないことで逆に不安になっちゃうとかね……
もうやられたのかも知れないし、大穴で天井に張り付いてるかも知れない。
まあ何が言いたいかと言えば、早く出て来いよもう一人の奴。
二つ目、ウィンドウ、正確にはアイテム欄を開けないせいで装備がない。
このゲームは、自由度が高い。
例えば、ゲーム開始直後からステータスとか開いて少しなら調整出来るくらい。
例えば、馬車の中でシャドーボクシングしたり出来るくらい。
例えば、最初から装備をしない(外す必要なし)という遊び方が出来るくらい。
しかし、なまじ自由度が高くいらないことまで追求したせいで、防具の装備に時間がかかったり、武器が初期装備で装着されてなかったりと引っかけまで配備。本当にいらんことを……
なので今俺は武器抜き。おそらく『RPGにおける布の服』的な防御力しかないであろう寝間着しか装備出来ていない。格闘などの心得がないことはないが、流石に剣と魔法の世界で丸腰はまずいと思う。
出ろ、ウィンドウよ、出ろ。
……さあ、どうする俺?
もうすぐ終点っぽいけど、どうする俺?
終点の位置から多分マニアック以上だと判断出来たけど、どうする俺?
「お客さん。もうすぐ着きますよ――」
御者の声。意外とダンディ。
来るのか?
来るのか!?
馬車が止まる。
一拍の後。
そして御者が振り返る。
ありきたりな御者スタイル。
胸にアクセントかホイッスルっぽいのが目立つ程度。
そして見た目も意外とダンディ。
そしてそのダンディの言葉は続く。
「――あの世にな!」
遅くなりました。すみません。
今はここまで訂正しました。