赤の処刑人
年に一度の大舞踏会。
数日にわたって王城で開催されるそれは、国中の貴族たちが集う場だ。静かなワルツが流れ、シャンデリアの煌めく下で、品格を保つ人々が優雅に舞踏を繰り広げる、社交という静かな戦場。
その大舞踏会、国王の眼前で、婚約破棄と断罪が繰り広げられる状況となったのは、大勢の貴族にとって予想外の出来事であっただろう。
「アレシア王女殿下! 貴方の所業は既に明らかになった通りであり、これにより私は貴方との婚約を破棄させていただく! そして今、ここにいる美しい伯爵令嬢との婚約を宣言する!」
少女を引き連れた青年の言葉に、会場の音楽が一瞬で途絶え、周囲の貴族も静まり返った。
婚約を破棄されたアレシア王女は、表情を動かさずにただ、睨みつける。こちらに怯えている愚かな男は、しきりに玉座の方へ視線を泳がせている。
その玉座の男は、娘へ向ける眼差しとは程遠い色合いで、彼女を睥睨する。
「アレシア、此度の騒動は実に残念だ。我が王家の顔に泥を塗る行為。私がお前の父であろうとも、王たる我は許しはせん」
(笑わせる、こちらの物理的反証の全てを、王命という一言でねじ伏せた馬鹿者が)
アレシアより遥かに劣る凡才でありながら、周囲に恵まれたお陰で称えられ、感情は不要だと勘違いした父。
この結果こそが、その自身の感情だと、気づいてすらいないのだ。
「……結構だ。もはや法理に則る気がないのであれば、これもまた一つの結末だろう」
堂々と、まさしく女王の如き様相で、赤髪の少女はその未来を受け入れた。
燃えるような真紅の瞳を見開き、周囲へ壮絶に微笑む。
「死など恐れるに足らず、その覚悟は幼少期の時点で既に克服している。冤罪という罪でこの首を落とされるのも一興だ。楽しみにしておこう」
アレシアの笑いに、婚約者は元より、周囲の貴族すら思わず黙る。
たとえ冤罪であろうとも、それを斬り伏せるだけのカードを揃えることができなかった。ならば、それもまた自身の不手際。
実の父親が、娘を陥れるという結果を予測できなかったのは、間違いなく自分の弱さだからだ。
最後に彼女は玉座へ向き直り、優雅で完璧な礼を披露してみせる。
「国王陛下に於かれましては、今後のご繁栄とご健勝を、草葉の陰よりお祈り申し上げよう」
ニヤリと、隠すこともなく彼女は嘲笑した。
「そう、貴方の生が尽きるまでに、私以上の成果を残せるように、な」
その言葉は、事実であった。
国王の無感情な表情に、一筋の亀裂が入ったのが、その証拠だ。
アレシアは満足した微笑みで踵を返し、自らが先導するが如く、牢へと足を向ける。
戸惑う騎士たちへ振り返り、
「何をしている、王女を待たせるとは何事だ」
そう叱咤までする始末。
戸惑う騎士たちに連行……否、引き連れていくかのような後ろ姿に、貴族たちの吐息のさざ波が広がった。
「あの、女神の寵児であるアレシア様が、お労しい」
「魔道具を国家主導で普及させ、国民の文明レベルを百年は先取りしたと称えられる殿下が、色恋のスキャンダル? しかもそれによって、裁判も開かれずに処刑? 馬鹿馬鹿しい、今まであの方が異性を袖にした人数がどれだけいると思っているのか。嫉妬などという可愛らしい感情を持つような女性ではないぞ」
「やはり、噂は本当だったのか。アレシア様を邪険にされているお方がいる、と」
「この国の未来は、どうなってしまうのだ……」
それは波紋のように大きくなり、遂には怒号に等しい声となって大広間に響いていく。
その光景を、国王はまんじりともせず、憎しみにすら似た青い瞳で眺めていた。
◇ ◇ ◇
俺はローヴァン、誰からも嫌われている、処刑人だ。
「なあ、知ってるか? 氷の王女殿下が処刑されるってな」
「聞いた聞いた。俺達の生活を良くしてくれた恩人が、世も末だねぇ」
今日も俺は場末の酒場で安酒を煽りつつ、一人で周囲の噂話を耳にしていた。
労働者ばかりが集まるここは、貴族の礼儀作法なんざ欠片も存在しない、人間の素の声が聞こえてくる穴場だ。
そんなお気に入りの場所でも、仕事の話が出てくるとうんざりしてくる。
「おい、赤いの。次の処刑はいつ始まるんだぁ?」
下品な顔の酔っぱらいが俺に声をかけ、俺は七面倒くさそうな顔で手をヒラヒラする。
「知るか、まあお上のご機嫌次第じゃねーの」
「処刑人がそんなんでいいのかよ」
「処刑人は首を落とすのが役目で、親指を下に向けるのはお偉いさんだっての」
「貴族はお偉いさんじゃなかったかぁ?」
「残念、俺ぁ名誉貴族で土地も資産もスッカラカンな名ばかり貴族だよ」
俺の一族、ドレア家は代々処刑人を担う一族だ。なんでそんな汚れ役を貴族にしてまで繋ぎ止めているかは、まあ過去のアレソレの都合だ。
ドレア家の最後の一人である俺は、今日も処刑人の象徴である、黒みを帯びた赤い服と顔を隠す赤いフード、背中には処刑に使われる赤錆色の断頭剣を背負っている。
誰が見ても一目でわかる、この国での処刑人の格好だ。
「赤いのよぉ、処刑されるのなら、そのお姫様に謁見できるんだろ? どうだったか後で教えろよ」
「そうだなぁ、お前が俺にここの高級酒を奢ってくれるんなら考えてやるよ」
「ちっ、バカ言うんじゃねぇよ、処刑人が」
手を出してきた相手が俺の顔、フードに指を掠めた瞬間、思わず裏拳で相手の鼻っ柱を殴ってしまった。
手加減はしたがフラフラとする酔っぱらいへ、俺は吐き捨てるように笑う。
「その処刑人のお陰で、お前らは楽しい楽しい興行を楽しめてんだろぉ? ま、お前は精々、長生きしてくれよ? いつかお前の首を落とせる日が来るかもしれねぇからな」
舌打ち混じりのゲスを無視して、俺は酒場の亭主に硬貨を渡して席を立つ。自然、俺の周囲の人間は思わず沈黙した。
慣れきった空気を気にも留めず、俺はフードを直しつつ、酒場を出て路地裏を歩く。
処刑人は汚れ仕事、いわば、民衆にとっても嫌われ者だ。
だが、嫌われ者の方が都合がいい。誰も俺の顔を覗こうとはしない。
処刑人です、という看板をぶら下げていれば、誰もが俺へ恐怖の眼差しを送る。
法で守られている、法の刃。不吉の象徴だからだ。
表通りを歩けば、それが顕著になる。
誰もが俺を見て眉を顰め、子供はヒソヒソとこっちを見て指をさし、年頃のお嬢さんは引き攣れた声を上げて駆けていく。
酷ぇなぁ、今日は相棒を背負ってるんだから非番だって分かるだろうに。俺を嫌うくせに、処刑を好んで見に行く連中も多いのだから、笑えてくるぜ。
王国の公開処刑は、民衆の腹の澱を吐き出させる、見世物だ。月に一度、広場は祭りの顔で人の死を楽しむ。
まったく、世は無常。本当に血に飢えてるのは誰なのかねぇ。
そんなことを思いながら、屋台で焼き串を買う。買った後で店主が店先で清めの砂を撒いてるが、まあ慣れた光景だ。
焼き肉を咀嚼しながら、散歩がてらにブラブラと歩きつつ、背中の相棒……断頭剣へ話しかける。
「アレシア王女殿下、だっけか」
彼女の功績は耳にタコができるほど聞いている。牢屋の看守やら門番やらが、いつも誇らしげに語っていたのを覚えてる。
曰く、三歳で魔道具への関心を持ち、五歳になる頃は隣国から魔道具作りのノウハウを持つ研究者を引き抜いて研究所を興し、様々な功績を成し遂げた。一番有名なのは、王都を中心に上下水道を試験的に導入したことか。まあ、規格外な天才だ。
実際、レバーを押すだけで水が出る今の環境は、かつての井戸水生活だった頃に比べれば格段に楽だ。えっちらおっちらと桶で水を汲んで、水瓶に貯める作業のバカバカしさたるや、今思えばなんであんな苦労してたんだろう、という気分にさせられる。
つまり、アレシア王女のお陰で俺や国民は大助かりってわけだ。誰もがその恩恵を受けている。
その、偉大なる功績を成し遂げた人物を、処刑する。
「相棒、どう思う?」
俺の問いかけに、背中の剣は何も言わない。そりゃそうだ、剣だからな。
しかし背中越しに、微かな気配だけは感じるのだ。
常に感じている、存在感。
静かで、冷徹で、しかし何かを訴えるかのような、声なき言葉。
「…………、保留、ねぇ」
言葉にすれば、そんなところか。
いつもは血を吸わせろと言わんばかりの相棒が、やけに大人しい。
俺は食べ終わった串を投げ捨てる。相棒は気が乗らないらしいが、俺は別に判断すべきだろう。
一応、ドレア家の当主でもあるのだから。
俺の根城、もとい屋敷は、先祖代々から使用されてきた大きな家。しかし、使用人がゼロな現在、立派な幽霊屋敷に成り果てているが。
建て付けの悪い扉を蹴り開け、談話室で背負っていた相棒をテーブルの上に置いてから、どっかりとソファに寝っ転がって天井を仰ぐ。
「あ~、面倒だ面倒だ」
俺は面倒事が嫌いだ、ドレア家の血塗られた歴史も、それに付帯する何もかもが嫌だ。
俺は無造作に置かれた相棒を横目で眺め、我が家の歴史を思い出す。
この断頭剣は、ドレア家の悍ましい誇りの象徴である、神器と呼ばれる魔剣だ。
人間の血を吸いすぎたのか、それとも最初からなのか、こいつは人の言葉を持たないが、使い手へ語りかけてくる。
人の生き血を啜る魔剣、そんなおっかない代物が相棒だとは、俺は自分の不幸な出自に涙でも出てきそうな気分になるね。まあ処刑するだけで飲んだくれる毎日でも賄える給金が出るんだから、満足してるけど。
生活に不満はないが、処刑人の一族であるドレア家の来歴が問題だ。
かつては建国王であるミトラ王に仕え、国のために処刑を続けてきた我が家は、王家の暗部の側面もあった、らしい。
らしい、というのは、もう百年ほど前に前王家が滅んだことで暗部としての側面は消え、現王家すらも我が家の来歴が忘れ去られているからだ。
しかし過去に暗部であったと現王家に知られれば、家を燃やされて俺の首が落ちることになる。だから、この秘密は墓場まで持っていくべき代物だ。
ま、俺はガキなんざ作る気もねぇからな。ドレア家は正真正銘、俺で最後になる。
……でもなぁ。
本音を言えば、俺だってもっとかわいいお嬢さんとイチャコラしてぇ人生だった!
別に貴族じゃなくてもいい! 普通の恋愛をして普通に結婚したかった!!
なんで俺はドレアの人間なんだよ!? 好きで嫌われ者やってるわけじゃねぇっての!! こんな人生にした女神様のクソビ…………う◯こ!!!
はぁ、はぁ……、
「なんだかなぁ……」
煩悶する自分に自嘲して、体を起こす。
くよくよしてても無意味だろう。
俺はドレアの当主として、死刑囚への面会の手紙を書くために、それと墓守への都合を尋ねるために、執務室へと足を向けた。
◇ ◇ ◇
数日後、囚人の顔を拝みに牢へ案内された俺は、思わず目を奪われた。
牢に入れられても尚、ピンと張り詰めたような完璧な座り方。
赤い髪はベールのように覆い、目を伏せた顔は造形細工のよう。
つまり、こんな場所とは明らかすぎる程にミスマッチだった。
「ああ、と。はじめまして、姫さん」
とりあえず、俺は挨拶でもしてみる。礼儀作法は習っているが、死を前にした相手へそんな代物は必要ない。
ピクリともしない相手は無言。高貴なお方らしい気高さだ。
「今回の処刑を担当する者で、ドレア男爵と申します。ま、短い間ですが、よろしく」
「……自分を殺す人間に挨拶をしろと宣うか」
ふ、と瞳が開いて、俺を見た。
赤いルビーのようなそれは、まっすぐにフードの中の俺を見据えた気がした。
目があった瞬間、俺の中に突き刺さった直感。
そして、背中の相棒の震えるような気配。
「……ああ、いやいや。姫さんの自己紹介は必要ないですぜ。アンタの功績は俺みたいなロクデナシでもよぉく実感してますんで」
身の内の感覚を無視して、へらり、と人好きのする笑みを浮かべる。いや、顔の上半分はフードで見えないけど。
そんな俺を一瞥だけして、姫さんは再び目を伏せる。
「それで、何をしに来た。話があるのであろう」
声だけで平服しそうな程に威圧感がある、これぞまさにカリスマってな。
今の国王では、決して持てない代物だ。
俺はどっかりと牢の前に座り、懐から差し入れとして酒瓶を一本、それとグラスが二個。
今日、俺はこの御仁と話すべく、ここへやって来たのだ。
「まあまあ、そう緊張しなさんな。俺ぁアンタの話を聞きたいと思ってね」
「話す? 何を聞くというのだ」
「そうだなぁ……アンタが死んだ後の話とか?」
ぴくり、と相手の眉間が反応した。
酒杯に酒を注いで牢の中に置いてから、俺ももう片方の杯に注いで飲み干す。
いやぁ~酒が美味いねぇ! やっぱ酒はどの薬よりも効くんだよねぇ。
グビグビと酒を飲む俺へ、姫さんは呆れたような目を向けてきてから、鼻で笑った。
「処刑人という下賤な人間らしい好奇心だな、私を見世物にして笑うのか?」
「いんや? アンタを殺すのは一撃でやれ、って注文が入ってる。できるだけ綺麗な断面で、ってね」
「美しい物が腐敗する様を見せつけるべく、綺麗に整えるか。それとも慈悲なのか」
「晒し首って、臭いが凄いっすからねぇ。俺も流石に近づいてまで見たいとは思わねぇな」
「ほう、私は見たことがない。処刑人、晒し首というのは骨になるまで放置されるのか?」
「人それぞれっすかね。まあ、アンタほどの人なら、ちょい発酵程度で回収されて、無記名の墓にポイって感じじゃないっすかね」
「……つくづく、人間は死ねば物になるのだな」
「力を持つものだけが人間として扱われるってだけさ。死ねば、力なんて消えるからな」
死体に復讐はできない、実際、俺は今日まで生きているからだ。
「お貴族様の中にゃ下賤だ野蛮だと叫ぶお人もいるが、俺から言わせりゃ綺麗事だよ。首が晒されるのはただ一つ、国家の威信を忘れさせないためだ。力という恐怖、それによって安寧を享受できるという象徴、悪が死ぬことは平民にとっては何よりも良いことだからだ」
「しかし末期の国ならば、処刑だけでは足りなくなるのだろう。そんな事態にならないことを祈ってはいるが」
アレシア姫さんの言葉、後半は心からの本音のように見えた。
「姫さんは、自分の死後に国が乱れるって見抜いてるみたいだな」
「ふ、あの男はどうしようもない。私の謀殺という手段を取ったのであれば、タガが外れるのも時間の問題だろう」
「タガ?」
姫さんは、音もなく立ち上がってこちらへやってきて、俺の前に……地面に座り込んで杯を取った。
淑女のマナーなど知ったことか、と言わんばかりにぐいっと煽る。良い飲みっぷりだった。
彼女の杯へ酒を注いでいれば、姫さんは憎々しげな顔で話し始める。
「あの男はな、父親という物、否、家族という物を理解する気がないのだ。王として国を回すために感情は不要であると考え、冷酷で合理的な判断を優先する」
「まー、時にはそういうのは必要だって言うからなぁ」
「そうだ、その通りだ。しかし、国とは、それだけでは回らない。たった一人の独裁者が統治する国ならばそれも良い、だが我が国では多数の貴族達が関わり、王家を中心に纏まることで国となっている。すなわち、手を組んでいる相手は、感情を持つ人間だ」
ああー、感情不要論を掲げる国王様って敵を作りまくる性格なわけね。そら貴族から嫌われるわ。
「各権力者である貴族たちと交渉し、相手の感情と損得から天秤を揺り動かし、王家にとって最大限の益を生み出す結果を、敵を作らずにこなす事こそが理想なのだ。その点、あの男は最初からそれを放棄している、まさしく視野狭窄に陥っている」
「姫さんや側近が有能だってのはよく聞いた覚えがあるが、国王様自身の評価は、そういえば聞かないな。なるほどねぇ」
可もなく不可もなく、話題に登らない王様。
つまり至らない自分をフォローしてくれる環境であり、周囲に恵まれているってことなんだが、自分が中心に居ないと満足できないタイプなんだろうな。
「想像してみろ。そんな感情不要論の男が、私という最大級の利益をもたらす金のなる木を、自ら燃やそうとしている。この行動のどこに合理性がある? どこに王家にとっての利益があると? 結果は否だ、どこをどう見ても、私を殺すことで得をすることはない。王家の権力を奪おうとしている連中への、利敵行為でしかない」
「じゃあ、姫さんはどんな理由で殺されそうになってるんだ?」
俺の問いに、姫さんはギラリとした瞳で睨めつけてくる。いや、それは俺ではなく、俺の背後にある国家、王への敵意。
「あの男は、自分が思うほどに有能ではない。そして自分が思うほどに無感情ではない。……あの男との付き合いは私が生まれた時からだが、私があいつと話す機会は一切なかった。そして、会いに来ることもなかった。しかし、私が一定の成果を上げるようになってからというもの、私の行動をことごとく邪魔立てしてきた。いかにも自分の方こそが正しいと、そう言わんばかりに押さえつけてな」
「……ああ、なるほど」
俺はようやく理解して、その心を指摘してやった。
「嫉妬、してたのか。姫さんに」
有能すぎる人間は誰かしらに嫉妬という八つ当たりを受けるもんだが、実の親から嫉妬されるとは。姫さんが規格外過ぎたのか、それとも王が凡人過ぎたのか。
「愚かな男だ。あの男は、国益を蔑ろにする判断を成した。王としての立場ではなく、私という存在に取って代わられるという、ただただそれだけの浅い感情論で娘を謀殺しようとしている。では、その次は? 娘を殺した次は、いったい誰を殺すのだろうな?」
忌々しげな彼女は、心の底から父親を軽蔑している表情だった。親子仲が良くないとは聞いていたが、憎しみ合うほどに根が深い関係らしい。
そして、姫さんの言うことも理解できる。
嫉妬から実子を手に掛ければ、次に殺すのはきっと他人だ。冤罪を掛けて処刑へ至る倫理というハードルが下がった以上、もはや他人を殺すことに躊躇なんてしないだろう。
要は、俺の仕事が面倒くさいことになる。
「殺しも強盗も詐欺もしてない人間を殺しまくる日々かぁ。なにその地獄」
「現状の法規でも厳しすぎると見ているがな。まあ、それを撤廃するために必要なのは徹底された治安維持と、人民管理、そして法規の見直しだ。まだまだ、現状では程遠いだろう。全て、私の代で行ってみせるつもりだったが……」
いやはや、ただ倫理という綺麗事じゃない、それを成し遂げられるだけの頭脳と、力がある。
彼女が女王となったのならば、きっと更に良い国になっただろうに。
俺は、背後の相棒の気配を感じながら、酒杯に口をつける。
重い背中の鉄塊は、俺の判断を待つかのように、ただ静かに存在するだけだった。
◇ ◇ ◇
俺にとって、処刑とは人生そのものだ。
やりがいがある仕事なんかじゃない、誰かがやらされる不浄仕事を押し付けられるだけの仕事。
しかし、そんな俺でも一つだけ、誇りに思っていることがある。
ドレア家の当主は、国を守るために、刃を落とすのだ。
姫さんと面会した数日後、民衆の大歓声を耳にしながら、処刑場の控室に俺は居た。
自分の仕事、処刑という興行が始まるのだ。
「処刑人、時間だ」
呼ぶ声に目を開き、立ち上がった俺は道具の入った腰袋を確認し、背に負った相棒を支えるベルトを外し、
腰に、佩き直した。
自然、硬い表情になる兵士に着いていきながら、俺は腰の相棒の柄を撫でる。
今日もまた、相棒は静かにそこにある。
外に出れば、騒々しいまでの喧騒が耳を劈く。
誰も彼もが熱狂し、この大広場の中央で行われる処刑を、お祭り感覚で騒ぎ立てている。正確に言えば、兵士たちが騒ぐように声を張り上げているわけだが。
作られた熱狂は、いつものそれとは違って、どこか薄ら寒い。
処刑台の上に登りながら、いつも見ている周囲の光景を見る。
拳を振り上げて叫ぶ男、顔を覆って涙にくれる女性、広場に面した二階建ての店では、この光景を特等席で眺めている貴族淑女の皆さん方。
ああ、全くもって、人間とは血を好む生き物だ。
そして、当の処刑される少女は、質素な衣服を身にまとい、されど隠せない凛とした空気の中で、静かに膝をついていた。
「アレシア・ロア・ディートハイム。貴殿の罪状をこれより公表する」
法務官が連ねる罪状は、傍目から見てもささやかで下らないもの。唯一、婚約者に近づいた女性を夜会で階段から突き落とした、というのが一番罪が重そうだが、死に至っていないのならば処刑には足らない。実際、婚約者のいる公爵家の子息にべったりとくっついたのなら、批判されるべきは相手側だ。
愛人を婚約者に据えようとした公爵家の暴挙か、それを国王が利用しようとしたのか、そんなことは俺にはどうでもいい。
俺はただ、この国の処刑人としての仕事をするだけだ。
罪状を述べた後、法務官は一度だけ無念そうに天を見上げてから、俺へと声を張り上げた。
「処刑人、刑を執行せよ!」
いつもの言葉。
それに応じるように、俺は腰の相棒を抜き払った。
ふわり、と、空気が変わった気がした。
いつもより重い手の中の相棒が、俺の選択を後押ししているかのようだ。
「姫さん」
俺は小声で、眼下の姫さんへ呟く。
彼女は首を落とす姿勢で、わずかに俺を見上げた。
その瞳は、未だ燃え盛る炎のようで。
たとえ死したとしても、決して諦めない。
誇り高く死んでやる。
そう言わんばかりの、豪炎のような感情を秘めた赤だった。
ああ、いい女だ。お近づきにはなりたくはないが、遠目なら彼女を応援したい。
「姫さん、これから起こることに、声を出すなよ」
誰にも聞き取れない声のそれに、相手はしばし沈黙してから、一度だけ、目を瞬いた。
そして俺は両手で剣を振り上げ、祈るように言葉を口にした。
「これより、国の名に於いて、我が役目を果たす」
この宣誓の先の、アレシア姫を見据えて、俺は、
『――剣を、振り下ろした。
落ちた女の首を手に取り、彼は民衆へ見せつけるべく、掲げた。
それに民衆は感極まったかのような、慟哭するかのような騒音を上げ、
兵士の中には膝をついて泣き伏せる者すらいた。
その只中で、処刑人は落ちた頭へ布を巻き付け、大きな器に乗せて法務官へ渡す。
それを、一段と高い王城から、国王は無表情で眺めているだけだった』
…………なんて光景を、周囲の人間は見ているのだろう。
輝く魔剣を腰に戻しながら、俺は淡々と遺体の傍……否、遺体になっている筈の姫さんの傍へ、しゃがみ込む。
(何を、した?)
彼女の目線は、そう問いかけている。
それに答えることはなく、俺は腰から取り出した頭……墓守から貰ってきた身元不明の女の頭を器に乗せて、法務官へ差し出した。
当然、眼下には未だ、首が繋がったままのアレシア姫が居るが、誰もそれに気づかない。
俺は彼女を視線で制しながら、その美しい顔を隠すように別の布を巻き付け、遺体の胴体を抱える風情で戻っていく。
処刑場の喧騒は未だ、冷めやらぬものだった。
◇ ◇ ◇
魔剣には、特殊な力がある。
というか、実はドレア家の真の当主とは、この魔剣を指すのだな。
処刑場から脱出した俺は、姫さんに用意したボロいローブとフードを着てもらい、そのまま路地裏を足早に歩きながら説明する。
「この魔剣はな、ちょいと変な剣なんだ。必要な時に持ち手へ不思議な力、強力な魔法を使用する許可を出す。その許可に応じて、俺は魔法を使った。あの処刑場を見ている全員に、幻惑の魔法を」
魔剣が認めた時のみに使用できる、魔法。
それは時としてドレア家が振るうことを許される、異能の力だ。
段取りは、こうだ。
俺は剣を振り上げて魔法を使い、全ての人間に俺が姫さんを処刑する光景を見たと、思い込ませた。実際は全て偽りの幻だが、それを看破できる人間は絶対に現れない。
血の滴りも、それを掃除する感覚も、死臭すらも再現できる規格外な幻。
まあ、俺も自由に扱えるわけじゃないから、悪用はできないわけだが。
「なんなのだ、その規格外すぎる魔法は……その剣は、いったい何なのだ?」
「さてなぁ。この剣は意思を持ち、国のために刃を振るうことを良しとする。特別な剣なんだ」
「…………つまり、処刑を許可するのは、その魔剣か?」
「大当たり」
俺はにやりと笑う。
ドレア家という人間はカモフラージュで、実際のところ、処刑人とはこの剣そのものだ。
「一応は人間が処刑しないと、メンツってのが立たないだろ? だから人間が持ち手となり、剣を振るっている。俺等ドレア家ってのは、いわば擬態だ」
処刑でも、この魔剣は悪党を切る際は実に生き生きとする。もっと悪の血を吸わせろと、聞きたくもないのに語りかけてくるのに辟易すらするのだが。
しかし今回、魔剣は姫さんに反応しなかった。
最初は保留、そして姫さんとの会話で判断したのは、処刑拒否。
「姫さんはこの国にとって、凄まじい利益をもたらす存在だと判断した。あのバカ王に殺されるにゃもったいないにも程がある」
何事か考えていた姫さんは、俺が背中に戻した相棒を見つめているようだ。
「私を生かすべきだと、その剣が判断した、か。私に何を求めているのだ、その剣は」
「さあ? 俺も細部までは翻訳できねーし。ま、姫さんの好きなように生きろってことじゃねぇの?」
「なんとも、無責任な」
好きに生きても、きっと姫さんはこの国のために戻って来る、そう魔剣は判断した。
そして俺もまた、ドレア家の当主として直感した。
彼女はいい女だ。
ここで首を落とすのは、あまりにも惜しい。
「力も何もかもを失ったかもしれないが、アンタの前には自由がある。再起するもよし、どこかへ逃げて満喫するもよし。五歳で隣国へスカウトしに行ったアンタなら、この程度の障害、軽いだろ?」
あえて明るく言う俺へ、彼女は視線を俺へ向けてから、ふっと笑う気配がした。
「お前は面白い男だな。無責任の塊なのに、私に選択を与えるか」
「王になるんだったら、自分の意志が必要だろ? 選択っていう自由を前にどうするか、それはアンタが決めれば良い。もちろん、このまま処刑場に逆戻りでもいい」
「……ふっ、はっはっはっはっは!」
姫さんは笑い、おかしくて堪らないかのように体を折って笑い続けた。
そして、俺を見上げて、ニヤリと笑うのだ。
「気に入ったぞ、処刑人。お前の名前を聞いておこうか」
「名前なら、処刑人でいいぜ。ああ、【赤いの】とか【それ】とか、そういう風にも呼ばれてますが」
「ふん、話す気はないか。まあいい」
名前は、人間性の象徴だ。俺は名乗ることが好きではない。だから常に顔を隠して、名前を隠している。
しかし、このフードの下の顔を覗き込むような、赤い瞳で彼女は見つめてくるのだ。
「世話になったな、処刑人。この借りはいつか必ず返そう」
「その時は金貨の山でお願いしますよ、出世払いで結構なんで」
「そうか、ではその期待に答えねばな」
そう言っている間に、俺達の前に馬車が現れる。あらかじめ金を払っておいた馬車は、隣国行きの長距離馬車だ。
「中に適当に荷物とか積んであるんで、あとは着の身気ままな一人旅ですぜ。では、ご武運を」
「……ああ、しばし、さらばだ。ドレア男爵よ」
姫さんはひらりと飛び乗って、バタンとドアを閉めれば、あっという間に馬車が出発する。いやはや、思い切りの良いお姫様だ。
「……さあて、後は何が出るかねぇ」
幻惑は、あの首が埋葬されるまでは続くと思う。一般の魔法とは逸脱したそれは、人の世に知られればまさしく引っ張りだこになる。
まあ、剣に使われないと無理っていう欠点があるので、俺の首が落とされておしまいかね。
ともあれ、俺は変わらず日々を送るために、踵を返して家へと向かう。
今日は、祝杯でも上げようかねぇ。
◇ ◇ ◇
暫くはいつも通りの日常を送っていた俺だが、きな臭い噂を聞くと同時に確信し、相棒と共に裏社会の方に逃げ込むことにした。
理由は、死んだ筈のアレシア王女を筆頭とした、解放軍の宣戦布告だ。
彼女は無事に隣国へ辿り着き、あちらと交渉することで身柄を保護してもらったようだ。そこで遠縁である祖国の公爵と連絡を取り、彼らと合流、そのまま王都へ進軍した。
自らを処刑せしめた国王は狂い、既に何人かの邪魔な政敵への処刑判決を決してしまっている。これより先に待ち受けるのは、暴政による貴族への圧政、そして民の搾取。
狂った父に代わり、自分こそが正しき王として冠を頂く。
そう、宣戦布告を叩きつけたのだ。
噂で聞く限り、彼女率いる公爵軍は戦上手でもあったらしく、破竹の如き勢いで進軍を続けた。
結果、わずか半月で解放軍は王都を囲み、降伏勧告を成し遂げる。
敗戦必至の情勢、王都に立て籠もる国王派が見張る中で、民衆が戦々恐々と息を潜めている最中。
唐突に、まるで出迎えるかのように王都の門が開かれた。
アレシア達の前に現れたのは、王宮内に残っていた貴族の一派。王女派と呼ばれる者たちだった。
彼らは立てこもる国王を裏切り、解放軍を引き入れることに成功。これを皮切りにほとんどの戦力は降伏し、ほぼ無血開城という結果となった。
まあ、こうして王家は倒れ、アレシア姫が新王権を持つ新たなるトップとなった。
そしてもちろん、彼女が王冠を頂くのならば、王族の処刑が必須なわけで。
仕事が始まるということで、俺は裏から表へ堂々と姿を表して帰ってきた、というわけだ。
当然だが批判され、戦争に参加しなかったことで詰られることもあったが、俺としてはアッサリ言い返すだけだ。
「悪いね、ドレア家の仕事は処刑だけって決まってるんで。戦争は専門外なんだよなぁ。あ、それと次の処刑が決まったら見に来てくれよな、とびっきり高貴な御方の首が落ちる様、アンタ達は大好物だろ?」
ヘラヘラ笑って言えば、大体の相手は鼻白んで黙り込む。実際、見に来るだろうから図星なんだろう。それに、ドレア家は戦力を持つ貴族と違って、戦争免除されてるんでね。
ちなみに、俺がアレシア姫さんを逃がした件についても詰められたが、空惚けておいた。いや~不思議だねぇ~、きっと姫さんの魔道具の仕業に違いないぜぇ、って感じで。明らかに胡散臭い存在を見るような目を向けられたが、それが不可能ではないと思われている姫さんだからか、それ以上は突っ込まれなかった。
荒れ果てた幽霊屋敷に戻り、そこまで多くない手紙を読んでいれば、見慣れない印章の手紙に眉を上げる。仄かに香る薔薇、そして封蝋の王家の紋。
マジかよ。
封を開ければ、王宮への招待の手紙。
向かうべきか、それとも殺される可能性を考えて逃げるべきかを思案している最中、屋敷への来客者が。
「アレシア女王陛下より、貴方様のご案内を言い遣っております」
と、騎士たちの一団のご登場だった。逃げられねぇじゃん。
俺は冷めた目をしたまま、相棒を連れて行くことを条件に王家の馬車へと乗り込むことにした。
「よくぞ参ったな、処刑人」
クソ忙しいだろうに、こんな端役の役人を呼び出して挨拶とは、物好きな姫さん、いや、もう女王様だったか。
周囲の騎士が俺の相棒を預かろうとするが、それに女王さんが手を振る。
「その剣にも、礼を述べたいのでな」
「剣を相手にお礼とは、変わっておられますな」
「ああよい、ここは公的な場ではないからな、砕けて話せ。礼儀も必要ない」
はあ、そんじゃお言葉に甘えて、と、俺は目の前の高価そうなお茶菓子を摘み始める。うん、腹に溜まらないから市井の串焼きの方がうまいな。
そんな風に食べていれば、アレシア様は優雅な所作で茶を飲んでいる。流石は女王、雰囲気から何から何まで別格だ。
「改めて、礼を述べる。お前達のお陰で我が名誉は守られ、この国の害悪は処分される。敗北者としての道しか存在しなかった我が身を、お前だけは守ってくれた」
「いえいえ、これも貴族としての当然の行いですんで」
「褒美を与えたい。例えば」
赤い瞳が、俺を貫くようにギラリと瞬く。
それは、為政者としての、打算の眼差し。
「我が、伴侶などはどうだ?」
唐突かつトンデモナイ提案に、思わず遠い目をしてから、俺は慌てた感じで手を振る。
「いやいやいや! 俺なんかの下賤な、なんちゃって貴族が陛下の伴侶だなんて恐れ多いにも程がありますって!」
王側に立てば、俺が首を落とされる側になるじゃねぇか。嫌だぞ、そんな面倒な地位。
そう拒否すれば、相手はニンマリと笑みを深めた。
「ほう? 下賤か。だが、私はそうは思わん」
背筋にいやな汗が流れる。
「隣国へ落ち延びた折、私は祖国へ多数の部下を使って潜入させ、様々な情報を得た。しかし、その際にお前の家のことも調べさせた」
「い、いやぁ、貴族の末端に名を残しているだけの、歴史だけ古い家なんで……」
「そう、古い家系だ。その来歴は消された部分が多いが、しかし王家や、今は途絶えた前王家の家系図と共に遡れば、判明した」
女王の瞳は、こちらを見据えるような、鮮烈な赤。
「建国王と称されし我が祖先、偉大なるミトラ王には子供達が居た。かの王は、私と同じく女神に寵愛されし魔導の天才であったと言われる」
神の子であったという伝説すら残る、最初の王。不毛な土地であったこの国を豊穣の土地に変え、様々な遺産を作ったと言われているのは、俺もよく知っている。
「ミトラ王は、我が子らに幾つかの魔道具を残した。神器、と呼ばれている、ミトラ王謹製の秘宝。有名なのは、王を選定する女神像だな。どれも今の私ですら再現できぬ品物だ。……そして、ドレア家。この家はミトラ王に仕えていた建国時の臣下であったが、後に国の裏方業として様々な影として存在した。その影の家に王の子の一人が入ったのは、決して不思議ではあるまい? 事実、赤い瞳の来歴不明の人間が一人、嫁入りしている」
「……いやいや、高貴な方が何でまた、そんな薄汚れた家に?」
「簡単だ。その子供が譲り受けた遺産は、国のために刃を振るう聖剣であったからだ。それがどのような代物なのか、誰もわからなかったが……ここへ来て、ようやくわかった」
女王は、俺の背の相棒へ、見透かすように目を細めた。
実に寒気のする眼差しだ、ゾクゾクしちゃうね。
「はは、まさか。この赤錆が浮いていそうなボロい断頭剣が、聖剣だって?」
「お前が、剣に命じられて放った魔法は、実に素晴らしい代物だったそうだ。私の身代わりの首は、未だ私の面立ちを残したままだったという。ここまで長期間、効果を残し続ける魔法なぞ存在しない。魔道具ですら不可能だ。そして、如何様な魔法看破の道具を使っても、その効果を見通すことはできなかった」
ミトラ王が作った剣以外にはあり得ない。
そこまで言われて、俺は呆れたようなため息を吐いてしまう。眉をしかめるような所作だろうが、今だけは爆弾を暴かれて消沈気味なんだ、勘弁してほしい。
「参りました、その通り。確かにドレア家、その来歴は建国王の血筋だと言われてますぜ。しかし、それは遠い過去の話だ。既に他家の血が混じり合った現状、直系だなんて口が裂けても言えない」
「確かにな。しかし、そんなことは問題ではない。神器を持ち、私と同じ赤い瞳を持つ、ミトラの血筋の男。ならばそれは伴侶たりうる資質を持つ」
ああもう、どこまでも観察眼の優れたお嬢さんだ。
俺は観念したようにフードを少しだけ上げる……その、血の色にも見える赤い瞳が、日の下に晒される。
黒が混じった濃い色の赤は、女王さんの燃えるような瞳とは違うだろう。
しかし、赤い瞳はこの国ではほとんど存在しない。それこそ、王族でもなければ。
「俺は先祖返りって奴らしくてな。一族の中でも、稀にこんな目を持つ奴が生まれる。そういう奴は隠されるか、修道院にでも放り込まれるのが通例なんだが……俺が、最後の一人なんでね」
「ふむ、ミトラの血筋の証明か。思えば私も、この瞳のせいで我が父に疎まれたのであったな。色なぞ、さして意味のある存在ではなかろうに」
「天才の血が濃ければ、天才を再び生み出せるって盲信してる人間は多いんだろうよ。まあ、女王様に関しては的外れでもないんだろうが」
「馬鹿を言え、私が有能なのは私自身の素質と努力だ。我以外の家族はただの凡人だった、天才とはどこにでも現れるものだ」
そう思えれば、人間社会ももうちょっとシンプルだったのかもしれないがね。共通点を探して粗探しするのはどこも同じだ。
俺は背中の相棒を外して、テーブルの上に横たえる。
すると、相棒は反応するように、柄の宝石が静かな明滅を放った。
「こいつはドレアの血に反応し、魔法よりも強力な奇跡を時に使わせる。その判断基準はたった一つ、この国を存続し続けるためだけの、装置としての判断だ」
「国の存続。此度の私の行いは、それには該当しない、と?」
「……公的な場じゃないんだから、無礼な物言いは了承してくれよ? 神器にとっての国の定義は、おそらく王家ではなく、国という枠組みそのものだ。ミトラ王が作った、この王国という枠組みさえ存続し続けるのであれば、神器たちは力を貸し続ける。こいつらが守ると判断するのは、王じゃない。国ということだ」
「……なるほど、私でさえ処刑対象になりかねないということか」
俺としてはその不敬な内容に戦々恐々とするのだが。周囲はともかく、女王様は気にしていないようでホッとする。
「全ての神器には、おそらく意思がある、この剣然り、おそらく女神像とかもな」
「待て、なぜそれがわかる?」
「ドレアの血のせいか、剣の持ち主はこいつの言葉が微かにわかるんだ。件の大聖堂の女神像も、対面するとこいつが反応する。たぶん、会話してるんじゃないかな」
「剣と女神像の会話か、俄然、興味深いな。できれば鞘の装身具に至るまでバラバラにして解明したい気分だが」
「止めてやってくれ、嫌がっている」
抗議するようにピカピカする相棒を撫でてやる。
「国の存続を判断基準とする、か。私を助けるよう決定したのは、その剣の意思でもある。神器に選ばれるとは、誇らしいことではあるな」
「俺達ドレアの一族は、かつて暗部として前王家に仕えていたらしいな。国を守る刃を秘密裏に振るい、害敵となる存在を処刑して回っていた。そして時には、国にとって悪となる王家にすら、刃を向けることもあった。何を隠そう、前王家を滅ぼす判断をしたのはドレア家だったからな」
アレシア女王の治世でも国を脅かすことがあれば、俺はこの剣の判断のままに刃を向ける必要がある。
国を維持する処刑人、俺はどこまでも汚れ役の身なのだ。
女王は、静かな面持ちで俺と剣を見つめ、ふ、と息を吐くように笑った。
「面白い、王すら殺す国の刃か。お前たちという存在は、この国にとって無くてはならない存在のようだ」
「……俺を処分しようとは思わないんで?」
「合理的判断であれば、そうする。だが、お前達は私を選んだ。王に相応しいと、女神像の代わりに私を選定したのだ。ならばそれは、この国という意思が私を選んだに等しい。国の判断を、歪める気はない」
「自分こそが国そのものだ、とは言わないんだな」
「事実、この国を守り続けて来たのはお前達だった。では、国とは王一人の物ではなく、王を中心にした支える者たちによって、立ち続けているということだ。むしろ、個人の所有物だと思わなくてよいと言われたようで、安心したぞ」
女王さんなりのプレッシャーがあったのかね。まあ、この人が暴走すれば国が悲惨なことになるだろうし、それを止めてくれる抑止力があると知れれば、気は楽になるのか。
「しかし、ならば困ったな。ドレア家は存続してくれねば、私を殺す者がいなくなってしまう」
「いやいや、まだ殺すなんて決まってないんで」
「王配という存在は私に近いが、それ故にお前の判断にも陰りが生じるだろう。お前がただの剣の持ち手、道具だというのであれば問題はないが、おそらくお前自身の判断も加味された上で、私を救ったのであろう? ならば、お前を婿に取るのは諦めよう」
女王としての打算の天秤によって、俺は伴侶候補から弾かれたようだ。なんだか勝手に求婚されて勝手に振られた形になったんだが、急展開すぎてついていけねぇ。
疲れた俺を気にもせず、女王さんは紅茶を口にしながら楽しげに続けた。
「では、代わりの褒美は何が良い? 新しい領地か? それとも処刑人という嫌厭されるものではなく、適切な職でも用意しようか」
「――いや、どちらも不要だ。処刑業は、俺なりに性に合ってるんでね」
剣が躊躇しない相手は、文字通りの秩序を乱す化け物だ。そいつらを処分する俺という存在は、きっと悪党にとっても恐怖の象徴であり、俺は法規そのものとして存在できる。
国の為に、民の平和を守る為に、悪を処刑する。
それが、俺の天職なんだ。
そう言えば、相手は残念そうな、しかしやはり面白そうな顔でニヤリと上品に笑った。
「国の刃、我が処刑人。否、」
一拍置いて、彼女は告げた。
「ローヴァン・ドレア」
それは、誰も呼ばない、俺の名だ。
思わず目を見開く先では、アレシア女王陛下は神々しいまでの風情で、俺を真っ直ぐに見ていた。
「お前は我が治世に必要だ。引き続き、処刑人として、王家の監視役としての職務を全うしてほしい。そして、少しでも我が暴走を始めれば――
――躊躇無く、この首を落としてほしい」
…………、
……反則じゃねぇか。
美少女に名前まで呼ばれて、自分の首を差し出すようなことまで言われれば、これに応じない男なんざいねぇだろ。
自分を殺すかもしれない人間に、自分を殺す依頼をする。
どだい、正気とは思えない誓いだが、きっと天才である彼女には必要なことなんだ。
彼女を殺せる誰かが、この国に必要なんだろう。
俺は剣を手にして、それを両手で横向きに掲げ、赤の女王の前で跪いて忠誠を誓う。
「承りました、ドレアの名にかけて、我が職務を全う致しましょう。
……アレシア・ロア・ディートハイム女王陛下」
「……うむ、頼んだぞ。我が刃よ」
満足そうに頷く彼女は、今まで見た中でも一等、美しい微笑みを浮かべていた。
◇ ◇ ◇
新女王の戴冠が落ち着いた頃合い。
俺は久しぶりの仕事を命じられ、暗い赤の衣装を纏い、相棒を背にいつもの控室に居た。
耳を劈くような歓声を背にしながら、俺は出先でもらった手紙の封を切る。
内容は、在り来りな近況、下らない愚痴、そして新しい魔道具や政策のアイディア。あまり飾らない文章で書かれるそれは、どこまでも個人的で気楽な内容だ。
いつの間にか女王陛下とは個人的なペンフレンドみたいな関係になっているが、それ以外で俺の生活が変わることはない。
今まで通りに処刑をして、褒美という財産で少しお高い酒を飲む。それだけだ。
「へぇ~、陛下はもう結婚相手を決めたのかぁ。相変わらず判断が鬼早いな。……以前の婚約者も、今回の処刑リストに入ってるのを知ってて書いてるんだろうけどな」
つまり処刑直前の不誠実な不貞野郎を、絶望のどん底に落としてくれって注文なのだろう。いやはや、苛烈だなぁ。
「処刑人、仕事だ」
「おっと」
兵士の呼び声に、俺は手紙を懐に入れてから、相棒を腰に佩いた。
いつでも準備万端な相棒は、歓喜するように静かに震えているようだ。
処刑場は、相変わらずの熱気だ。今回は作られたものではなく、本来の、血を前に我慢できない人間たちの血腥い本能の高ぶり。
笑顔でこちらへ歓声を上げる民衆へ適当に手を振りながら、俺は処刑台の上に登る。
台の上に並べられた、高貴な方々。
その誰もが悲壮に、傷つき、死を前に光を失った目でこちらを見ている。
同情などはしない、こいつらは姫さんに同じことをした。そして彼女を守ることもしなかった。
何より、彼女の燃えるような眼差しとは違って、あっさりと死の恐怖に陥落している。
だから、同情も、救う価値もない。
「これより、罪人達の罪状を述べる!」
どこか生き生きとしている法務官が流す声を背景にあくびを噛み殺していれば、処刑リストトップの御仁がぶつぶつと何かを呟いている。
「何故だ、どうして、私は間違ってなどいないはずだ……感情など、家族など不要な存在でしかない……」
精彩を欠き、虚ろな顔で呟く様は、本当に実の親子かと疑う風体だな。
「処刑人、刑を執行せよ!」
冷徹な法務官の声に呼ばれ、処刑台の上で首を差し出す格好の元王を見下ろしながら、俺は腰の相棒を抜き払った。
いつもと同じく、軽い、歓喜の気配を漏らす。
そして俺は、喉が笑うように定型句を口にした。
「これより、国の名に於いて、我が役目を果たす!」
この宣誓は、我が女王陛下と、熱狂する民衆達へと捧げる言葉だ。
呟いていた元王は、ふとこちらを見上げ、最後に縋るような青い眼差しで尋ねてくる。
「教えてくれ、私は……間違っていたのだろうか」
その愚かな問いに、剣は笑うかのように微かに揺れ、
俺は歪んだ笑みを浮かべながら相棒を振り上げて、
「こんな事態になっちまってるのが、答えだろ」
刃を、無造作に振り下ろした――
軽い登場人物設定
ローヴァン:
国専属の処刑人、実態は王家にすら刃を向ける国の暗部の末裔。ドレア家の最後の一人であり、神器を扱える最後の一人でもあるので、彼がいなくなれば魔剣はナマクラな剣に成り果てる。
実は警戒高いワンコっぽい男で、常にヘラヘラしながら周囲を警戒している。フレンドとなったアレシア相手には尻尾を振ってゆっくり近づいている最中。でも女王様系よりも聖女系がタイプなので恋愛感情はない。
実は悪人を殺すのが大好き。
魔剣:
神器であり聖剣だったらしいのだが、血を吸いすぎて悪人=国の秩序を脅かす人間を殺すのが大好きになったという、性格破綻しているタイプの魔剣。持ち主とお似合いである。
神器ネットワーク的な意思疎通を他神器と行っており、魔剣の判断は神器の総意でもある。言葉は話せないが、最初の神器の持ち主の血を継ぐ者は薄っすらと意思を感じ取れる。性別は無いし、人間化することもない。
アレシア:
幼少期からチート主人公みたいな才能を発揮している女傑。転生者などではなく、純粋な知性の化け物。幼い頃から危険視され、王太子に任命されてからは他派閥より何度も暗殺されかけるなど波乱万丈な人生を歩んでおり、それ故に覚悟ガンギマリ王女様として成長した。粛清時には冤罪事件の関係者は一族郎党全員を処刑しているので、処刑人は後半はとても苦みの強い顔をしていた。
例えるなら毛足の長い美猫様、ツンと澄ましているが、仲良い相手にはゴロゴロと喉を鳴らすタイプ。ペンフレンドな処刑人を絆すのが最近の楽しみ。異性ではあるが特に恋愛感情はなく、友情を微かに感じているところ。
ミトラ王:
建国王であり、実はマジな神様の子。この王国で崇拝されている女神の息子で、気まぐれに人間になって国を興した。魔剣達が神器と呼ばれる由縁でもある。
女神像:
神器の一つで、王にふさわしい者を選定するとピカッと光る。元王に関しては候補の中で一番マシだったのがアレだったという。定期的に「悪人斬りてぇぇぇ!」と叫ぶ魔剣に「おい馬鹿落ち着け」と宥めては深〜いため息を吐いている苦労神器。




