僕の口笛が木枯らしになるまでに
なろうラジオ大賞7への投稿作品です。
第363回放送の冒頭で巽さんがお話になった巽さん作の小説をベースとして
お話を織らせていただきました。
走ってる走ってる。相変わらず速いな。二階の窓から僕は陸上部の練習を眺めていた。
教室でのもじもじした感じと、まるで別人なんだよなぁ。僕のアタランテは。
髪をきゅっと一つに結び、颯爽と走る彼女は凜々しい。
僕は生まれつき心臓に疾患があって、全力疾走したことがない。
そのせいか、楽しそうに走る彼女を羨ましく思う。
多分、勉強はあまり好きじゃない。特に英語は壊滅的。
走るのは速くても、英語の音読はずっこけるほどたどたどしい。
そんなところがちょっと可愛いよね。
さて、帰るか。バスの時間を見計らって立ち上がる。
お元気なアタランテを見た後の僕は機嫌がいい。口笛を吹くほどに。
「わ、うまっ。古賀くんて口笛上手いんだね。なんて曲?今度教えて。」
バタバタという足音と共に声が聞こえて振り返ると当のアタランテ。
「ショパンのノク…」
答えを全部聞く間もなく、バタバタと教室を去る彼女。
流石だよ。僕は思わず笑ってしまう。
あの放課後から何回か口笛を教えたけど、英語以上に壊滅的で
改めて彼女のギャップに驚いてしまう。音程がどうのとか言うレベルじゃない。
そもそも音が出ない。フュ~フュ~と空気の音だけ。なんで!?
でも、僕にとっては宝物みたいな時間。相変わらず彼女は部活に忙しいし、
(実は、次回県大会の短距離走優勝候補だってさ。)僕は病院通いで忙しくて、
ほとんど教える時間なんてなかったけれど。
超低空飛行ながら、僕は暑かった夏を何とか凌いだ。
夏休み中、大会を控えて頑張る彼女を見られなかったのは心残りだけど
まずは、生き延びないとね。
ところが、折角生き延びた僕は通学のバスに揺られているさなか
胸にビキッと息の詰まるような痛みが走って、その場に崩れ落ちた。
悲鳴が聞こえた気がしたけど、すぐに喧噪は遠のいていった。
目が覚めたのは、数日後、たくさんの管につながれたベッドの上だった。
「そっか、倒れたのか。今日は何月何日?」
かすれた声で途切れ途切れになりながら聞くと、奇しくも彼女の晴れの舞台
大会当日だった。
女神然として走る彼女と、口笛が吹けないで狼狽える彼女が頭に浮かぶ。
今日は堂々と走るはずだ、なんて言ったって優勝候補なんだから。
彼女、僕のこと心配してるだろうか。
「僕に万一のことがあっても、今日は学校に知らせないで。お願い…。」
残った力振り絞って僕は囁いた。
決勝戦、スタートラインについた。
吹き抜ける風に彼女はノクターンの口笛を聞いた気がした。




