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記憶がない僕には恋人がいるらしい  作者: 鳥魔莉沙


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9/10

本当の恋人

遠征4日目。

春先未白は、朝の光が差し込む宿舎で目を覚ました。昨日までの練習で疲れているはずなのに、心はどこか軽く、どこかそわそわしていた。

部員たちも、監督も、未白が記憶を取り戻したことに気づいているらしく、朝の挨拶や声かけには自然な笑顔が溢れていた。


「未白くん、昨日より動きがスムーズだね!」

「サインも覚えてるみたいだし!」


仲間たちの声に、未白は少し照れながらも嬉しくなった。午前の練習が終わると、午後にはバスが到着し、遠征先からの帰路につくことになった。


バスの中。窓の外に流れる景色を眺めながらも、未白の手は無意識に膝の上でそわそわと動く。記憶喪失の頃の自分のように、落ち着かない気持ちが胸の中でくすぶっていた。


「未白くん……また落ち着かない?」

隣に座る楓が、そっと未白の手を握る。温かい手の感触が、心に少し安らぎを与える。


「記憶がなかった頃の話、する?」

楓の声は優しく、包み込むようだった。


未白は顔を少し赤らめ、うつむきながらも小さな声で答える。

「……お願いします……」


楓は微笑み、静かに話を聞く体勢を作る。

未白はゆっくりと、忘れていた日々を語り始めた。

部員たちや監督のこと、部活のサイン、練習の流れ。そして楓自身のこと。すべて、記憶が欠けていた時間のことを。


楓はその話を聞きながら、時折手を握り直し、頷く。

「そう……そうだったんだね」

その声に、未白は少し安心した気持ちを覚えた。


そして楓は、少し真剣な顔で問いかける。

「ねぇ、なんで記憶喪失になったか覚えてる?」


未白はしばらく考え込み、やがて思い出す。

数週間前、部活の練習が終わった後、楓と一緒に帰宅したこと。

そして同居しているリオンに「リオンは未白のこと、好きなのに!」と押され、咄嗟に頭をぶつけたことを。


「……あの時、頭をぶつけて……」

未白は小さく頷く。


楓は少し微笑みながら言った。

「私は未白くんのこと、大切にしてるつもりだよ」


未白は勇気を振り絞るように、目を見開き言った。

「僕は……榎本先輩と付き合いたいです」


楓は少し驚いた顔をした後、くすっと笑った。

「君にはリオンがいるでしょ?」

未白は困惑し、言葉に詰まる。

「それは……」


楓は笑いをこらえつつ、低く囁くように言った。

「冗談だよ。付き合おっか」


未白はほっとした顔で頷き、二人は正式に付き合うことになった。


やがてバスは、未白と楓の家がある地区に到着する。

降りると、リオンが笑顔で待っていた。

楓は無意識に未白の前に立ち、軽く身を構える。


「未白、家に帰ろ?4日間、イチャイチャできなかった分、デートしよ?」

リオンの声はいつも通りの明るさだが、未白は何のことかわからなかった。


楓はリオンを睨みつつ、低い声で言った。

「未白くんは、もう記憶が戻ってるの。それにあんたの彼氏じゃない」


リオンは笑顔を崩さず、少し肩をすくめる。

「そうなんだぁ、まぁいいや。とりあえず未白、早く帰ろ?」

そして低く続けた。

「早く戻って、また上書きしてあげるから」


未白は戸惑いながらも、心の中で少し笑みを浮かべた。

楓と手を繋ぎ、家路に向かう。リオンの存在も、もう以前ほど不安に思わなかった。


遠征最終日。

心の中には、確かに自分を大切にしてくれる楓と、幼馴染のリオンという、二人の特別な存在がいることを感じながら、未白は静かに歩いた。

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