初デートの記録
金曜日の放課後。
教室の窓から差し込む夕方の光は、どこか眠たげで、時間の感覚を曖昧にしていた。
春先未白は机に突っ伏しながら、ぼんやりと天井を見つめていた。
(……今日は、家に帰ったら何するんだっけ)
考えようとして、やめる。
最近は、それが増えた。
「未白」
名前を呼ばれて顔を上げると、教室の入り口にリオンが立っていた。
いつもの笑顔。いつもの声。
「今日、一緒に帰ろ」
「うん」
即答だった。
校舎を出て、並んで歩く。
夕焼けが二人の影を長く伸ばしていた。
「ねぇ、明日さ」
「明日?」
リオンは少しだけ間を置いてから、楽しそうに言った。
「デートしよ」
「……デート?」
「うん。映画館行って、ご飯食べて、買い物して」
頭の中で予定を探る。
でも、引っかかるものは何もなかった。
「……いいよ」
「ほんと?」
リオンは嬉しそうに笑う。
家に着くと、リオンは机の上に置いてあった一枚の紙に視線を落とした。
未白は気づかない。
リオンはその紙を手に取り、くしゃりと丸める。
「なにしてるの?」
「ううん、なんでもない」
そのままゴミ箱へ。
紙は、音もなく沈んだ。
翌日。
映画館の中は暗く、スクリーンの光だけが顔を照らしていた。
未白は内容を追おうとしていたが、途中からよく分からなくなっていた。
その時。
指先に、温かい感触。
リオンの手だった。
そっと、指が絡む。
恋人繋ぎ。
「……」
未白は驚いたが、振りほどけなかった。
「前から、こうしてたでしょ?」
小さな声。
暗闇の中で、リオンは微笑んでいる。
「……たぶん」
「たぶん、じゃなくて本当なんですけど」
「……うん」
そう答えるしかなかった。
映画の後は、レストラン。
向かいに座るリオンは、楽しそうに料理を眺めていた。
「はい、未白」
差し出されたスプーン。
「え……?」
「あーん」
周りを見ると、誰も気にしていない。
それどころか、当たり前の光景みたいだった。
「……」
未白は口を開ける。
「ふふ」
リオンは満足そうに笑った。
「前もこうやって食べさせてたんだよ」
「……そうなんだ」
思い出せない。
でも、否定できなかった。
次はショッピングモール。
リオンは迷いなく店を回り、服を手に取っていく。
「これ、似合う」
「……そう?」
「未白はこういう服、着るもん」
断定的な声。
試着室から出ると、リオンはじっと見つめてから頷いた。
「うん、やっぱりこれ」
「……僕、似合ってる?」
「似合うよ。リオンが選んだもん」
その言葉に、なぜか安心してしまった。
帰り道。
夕方の空は、もう暗くなり始めていた。
「楽しかった?」
「……うん、たぶん」
本当は、少し疲れていた。
でも、それを言葉にする理由が見つからなかった。
家に帰り、夜。
布団に並んで横になる。
静かな部屋。
リオンが、未白の手を取った。
「ねぇ、未白」
「なに?」
リオンは笑って、指を絡めたまま言った。
「これが初デート……ってわけじゃないけどさ」
一拍。
「未白にとっては、初めてだよね?」
未白は答えられなかった。
「だから絶対、忘れないでよ?」
その声は、優しくて、強かった。
慣れない日常の中で、
今日という一日は、
確かに記録として残された。
誰のための記録なのかは、
まだわからないまま。




