知らない約束
春先未白は、そのど真ん中を歩いていた。
「未白くーん、帰り一緒でいい?」
声をかけてきたのは、野球部マネージャーの榎本楓先輩だった。
ジャージ姿で、肩には大きなバッグ。髪は少し跳ねている。
「はい、大丈夫です!」
即答すると、先輩は少しだけ驚いた顔をしてから笑った。
「相変わらず元気だね。疲れてないの?」
「全然!むしろ今からでも走れます!」
「バカだなぁ」
そう言いながらも、楓は楽しそうだった。
未白は野球部ではまだ1年。
ポジションも定まっていないし、正直、上手いとも言えない。
それでも楓は、部内で浮きがちだった未白によく声をかけてくれた。
だからだと思う。
こうして並んで歩くのが、少しだけ特別に感じるのは。
校門を出て、夕焼けに染まる道を歩く。
たわいない話。今日の練習、先輩の失敗談、監督の小言。
「未白ってさ」
「はい?」
「変なとこで素直だよね」
「え、それ褒めてます?」
「半分くらいはね」
そんな会話をしながら、二人は駅とは逆の道へ曲がった。
その時だった。
少し離れた電柱の影。
そこに立っていた少女が、2人をじっと見ていた。
松崎リオン《まつざきりおん》。
未白の幼馴染。
同じ学年で、同じ誕生日を祝ってきた存在。
リオンは何も言わなかった。
ただ、未白と楓が並んで歩く姿を見つめて、ゆっくりと目を細めた。
家に帰ると、リビングの電気がついていた。
「おかえり、未白」
にこっと笑うリオン。
その笑顔に、未白は少しだけ安心する。
「ただいま。今日さ……」
言いかけて、やめた。
でも、隠す理由も思いつかなくて、結局そのまま続ける。
「榎本先輩と一緒に帰ってきた」
一瞬。
リオンの表情が、止まった。
「……ふーん」
「なんで?」
「なんで、って」
リオンは一歩、未白に近づく。
「未白、リオンのこと好きじゃないの?」
「え?」
「リオンは未白のこと、好きなのに!」
声が震えていた。
未白が何か言う前に、リオンは胸を押すようにして前に出た。
「なんで先輩なの?」
「ちょ、リオン!」
バランスを崩した未白の視界が、ぐらりと揺れる。
次の瞬間、
強い衝撃と、白い音。
「……白?」
遠くで、誰かが呼んでいる。
「未白……ねぇ、起きて」
目を開けると、天井があった。
知らない匂い、知らない感覚。
横を見ると、リオンがいた。
目を真っ赤にして、涙をこぼしている。
「……誰?」
その一言で、空気が凍った。
「え……?」
リオンの涙が、一瞬止まる。
「未白……?」
「ごめん、君……誰?」
数秒の沈黙。
そして、リオンは
泣きながら、笑った。
「……よかった」
「え?」
「思い出せなくても、大丈夫だよ」
リオンは未白の手を、強く握る。
「だってリオンたち、恋人だから……リオンが思い出させるから……」
その言葉は、あまりにも自然で。
あまりにも必死で。
「約束したでしょ?ずっと一緒にいるって……」
未白は、なにも言えなかった。
リオンに握られた手は、
いつから繋いでいたのかさえ、思い出せないほど自然だった。




