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前書きの後書き

作者: こうき

 私は子供の頃からそれなりの数の小説を読んできた。

 自分で言うのも格好がつかないが、世間で言うところの読書家と呼ばれる程度には色々な作品を読了してきたと自負している。


 もちろん、面白かったものやそうでないもの、様々な尺度で評価しうる作品ばかりだが、その中でも楽しみにしているもののひとつが、後書きだ。


 後書きは作者の個性が出る。

 他愛のない話に終始したり、物語の裏話や苦労話、作者の近境から様々だが、作品というある種の檻から解き放たれた著者のキャンバスというか、子供に画用紙を与えて好きに書いてご覧と伝えて書かれた絵みたいなものだと捉えている。


 まあ、前置きが長くなってしまったが、特に印象に残っているものがある。

 どれほど印象に残ったかというと、作品の内容そのものは覚えているが、本文を読んだ記憶はない。その小説はいまだに手元にあるが、その単行本を開いた記憶がない。

 読了しているのは確かだ。ネタバレNGな私は、時々後書きで重大なネタバレが書かれているがあるということも知っているのだ。


 どれだけ時間が経とうと、その本についての記憶は後書きについてばかりだ。

 ちなみに映画化もされ、かなりのヒット作となった。映画は私も観たことがある。

 そちらはよく覚えている。エンドロールの記憶しかないなんてことはない。

 内容はラブロマンスだ。

 詳しい内容は今回の主題ではないので詳述しないが、人が人を愛するとはどういうことなのか、考えさせられる良作という評価をされているらしい。

 映画を観てから原作を読んだ人も相当数いるだろうし、きっと私のように後書きにすべての記憶を上書きされたという人も多いだろう。


 本来の順序ではないとはいえ、後書きを本番に先駆けて読むという趣向を持つ人は一定数いるらしいし、もしそのような人がいたら本文についてどのような印象を持ったか、ぜひ聞いてみたい。


 以降、その後書き。原文ままである。


 読んでくださってありがとうごさいました、でも映画のシーンを思い出しているでしょう?

 光が差して、Bが泣いて、Aが優しい顔をして躊躇いがちに自分の気持ちを伝える――あの有名な場面。

 でもね、そこには映っていない音があるんです。監督が削っちゃったのかな。まあ、配給会社の意向とかもあるでしょうね。

 たとえば、骨の軋む音。笑い声だけじゃなくて、割れる声。そして、疲れ果てた弱々しい叫び。

 あの場面の裏側で、AはBを押し潰しています。優しさの影で、彼女の首に手を掛けてるんです。

 人によって解釈の余地は残りますが、再起不能って、文字で書くと軽いけれど、ほんとに戻らないんです。そういう表現をしています。

 私はあの場面が一押しのシーンでもあります。

 あのシーンのためにこの作品を書いたと言っても過言ではないです。


 そして主人公の横にいたあの人。

 可愛い、好意、恋心……私も含めた観客はきっとそう思う。

 でも、唇の内側に黒い言葉を並べて、呪いを舌で転がしていた。映ってはいませんが、あの場面の彼女は呪詛を呟いています。それも何度も。心変わりをしたわけではありませんよ。

 ただ紙に書いた文は消されたけれど、口から出たものは残ってしまった。そういう具合に受け止めてください。

 ちなみに彼女は本作ラスト後に亡くなっています。役者さんの方じゃないですよ。たぶんまだ生きてるでしょ、知らんけど。


 映画ではそれを削った。

 編集ではそれを消した。

 撮影はしてたんですけどね、役者さんも楽しそうにしてました。とりあえず、私の前では。


 でもこの本にはまだ少しだけ感情、というか情念は残っている。

 あなたが読んだ文字、今はもう閉じたページの隙間から――じっと見ている。気をつけてください。


 だから、間違っても見上げてはいけませんよ。

 天井の角に張り付いているものは、映画では使われなかった役者です。

 まだ出番を待っているのです。順番待ちでしたからね。

 ただ、それらも含めて一つの作品ですから、あなたが喜んでくれていたら嬉しいです。


 末筆ながら、この本を手に取っていただいた、また、編集担当の坂下氏をはじめとする、あなたがこの本を手に取るまでに尽力していただいたすべての方に感謝申し上げます。


 以上、後書き。


 私なりの考察などを入れることは可能なのだろうが、この後書きはその領域を超えている。


 この後書きが書かれた本の版数は、


 初版である。

後書きを読むのが趣味って人は本当にいるらしいです

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