母のカレー
母が亡くなって五年が経った。
母がいなくなったとき高校三年生だった私は、それからすぐに大学に通うため実家を出た。そして卒業と同時に、大学のある町で就職した。
その町は実家から電車で二時間ほどだったので、父と妹に会いに頻繁に帰っていた。
妹は母が死んだとき、まだ中学に上がったばかりだった。それが来月には大学受験である。私と同じように受験する大学が離れているので、もし受かれば春には父を残して家を出ることになっている。
この日。
父と妹に亡き母特製のカレーを御馳走してあげようと思い立った私は、土日の休みを利用して実家に向かった。
カレーは母がよく作ってくれていた。
母の死後は妹にせがまれて、私が母に習ったカレーをよく作ったものだ。父も母さんの味だと言って、喜んで食べてくれた。
だからカレーは、我が家の母の思い出のひとつだった。
私は実家に着くとさっそく、帰りに近くのスーパーで買った食材の下ごしらえを終わらせた。あとはガスコンロに鍋を載せ、きざんだ野菜を炒め、ルーを入れて煮込むだけである。
父や妹の帰宅まで時間があった。
私はコンロに火をつける前、少しの間、居間のソファーで休むことにした。
疲れてひどく眠たかったのだ。
近ごろは仕事が忙しく、昨日も遅くまで残業をしていたうえ、今朝早く起きてこちらまで電車に乗ってきこともある。
ソファーに座って目を閉じていると、母のことを思い出した。
その母はあっけなく死んだ。
交通事故だった。
朝、行ってきますと笑顔で出ていき、そのまま帰らぬ人となった。
仕事に家事にと忙しかったのだろう、食卓にはよくカレーが出ていた。
父や私たち姉妹が好きでよく食べていたこともあろうが、忙しかった母には、手っ取り早く作れて、しかも作り置きができるカレーは勝手がよかったのだろう。
母がカレーを作る日。
幼い私は自分も手伝えると言って、母と並んで台所に立った。そしていつかしら、母と同じ味のカレーを作れるようになっていたのだった。
私はチャイムの音で目を覚ました。ソファーに座ったまま、いつの間にか眠っていたのだろう。
玄関から「ただいま」と声がして、カバンを下げた制服姿の妹が居間に入ってきた。
「お帰り」
「お姉ちゃんが来てると思った。玄関を開けたら、カレーの匂いがしたからね」
――ほんとだ。
カレーの匂いがする。
まだ火をつけていないのに……。
私はあわてて起き上がるとキッチンに行った。
カレーがグツグツと煮えている。
疲れて眠った私を見かね、母がかわって作ってくれたのだろう。
――お母さん……。
母の顔が思い浮かぶ。
私は妹に言ってやった。
「今日のカレー、特別おいしいからね」