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第9話:ユリシーズの沈黙

 ユリシーズが喋らなくなったのは、父の記憶映像を見た翌日だった。


 


 訓練中も、移動中も、どれだけ声をかけても――返事はない。


 


「……ユリシーズ、聞こえてる?」


 


 リタが静かに呼びかけても、手の中の銃は何の反応も示さなかった。


 


 だが、不思議なことがあった。


 レメゲトンは、沈黙はしていなかった。

 いつもの軽口もあるし、戦闘機能も正常。


 


 ――けれど、どこかおかしい。


 


「……最近、こっちの弟くん、熱持ちすぎじゃないか?」


 


 クロエが何気なく触れて、すぐに手を引っ込めた。

 確かにレメゲトンの銃身は、妙に熱を帯びていた。

 まるで、内側に“何か”を詰め込みすぎているかのように。


 


 リタは思う。

 もしかして、レメゲトンは“黙らない”ことで――黙っているのかもしれない。


 


「おいおい、あたしは元気だぜ?」


 


 そうは言うが、その声の奥には焦りにも似たひずみがあった。


 


 ユリシーズは、一切の反応を絶っている。

 銃声も、振動も、AI応答も沈黙していた。


 


 これは、機械的な故障ではない。

 明らかに――意図された“沈黙”だ。


 


 その夜。


 リタはひとり、ユリシーズを分解しながら語りかけていた。


 


「ずっと一緒だったのに、今になって黙るなんて……ずるいよ」


 


 沈黙は続く。


 ただ静かに、重く、冷たく。


 


「私、お父さんのこと、憎んだこともあった。勝手に死んだって……私を置いていったって」


 


 ネジを外す手が、震える。


 


「でも、あなたは……それでも私を守ってくれた。

 父の残した記憶は、あなたの中にも残ってたんでしょ?」


 


 そのとき――ユリシーズの中枢から、音が漏れた。


 


「……リタ」


 


 それは、弱く、遠い声だった。

 まるで、記憶の底から浮かび上がるかのように。


 


「私だよ。……戻ってきて、ユリシーズ」


 


 しばらくの沈黙ののち、静かに、銃が再起動する。


 


「リタ・ブレイズ。……私は、再び君と戦う。

 だが……これは私の意志だ。カイの命令ではない」


 


「……うん。それでいい。私も、もう父の影じゃない。

 “私の意志”で、引き金を引く」


 


 二丁の銃が、わずかに共鳴した。

 けれどその共鳴は、どこか不均衡だった。


 ユリシーズが戻ってきた今――レメゲトンの**“沈黙なき異変”**が、逆に胸に引っかかっていた。


 


 ひとつの記憶が終わり、そして新しい“今”が始まった。


 


(第9話・了)

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