第5話:レオとクロエ、背負うもの
ミッションは夜間だった。
黒域0312――地下鉄跡に形成された“黒の記憶”の濃密区域。
かつて大規模な火災と集団事故が重なったため、負の記憶が蓄積しやすい場所だ。
リタたちは、小型の潜入艇で現地に滑り込む。
「熱源探知……ノワール2体、奥に移動中。記憶濃度は“レベル3”。ギリで戦える」
レオがデータパッドを操作しながら、低く呟いた。
「なぁ、レオってさ……なんでスナイパーなの?」
突然、クロエが問いかけた。
リタも、ふと耳を傾ける。
少しの沈黙の後、レオは視線を外したまま答えた。
「昔、姉がいた。俺より五つ上で、天才って言われてた」
その声は淡々としていた。だが、どこか深く冷えていた。
「俺が危ない時、姉さんはいつも前に出てくれた。……最後もそうだった。
ノワールに襲われて、俺の盾になった」
彼は一歩、足を止めた。
「そのとき……思った。もう二度と、大切な人の“前”には立たない。
だから俺は、スナイパーになった。“遠くから守る”って、決めたんだ」
リタは小さく息をのんだ。
「……近くにいると、守れない気がして。
感情に飲まれたら、また誰かを失う。だから……“距離”がいる」
彼の視線は、夜の闇に溶けていった。
「狙撃は、感情を殺さないと当たらないからな」
それは、自分を制御するための戦い方だった。
数歩後ろから、クロエがぽつりと言った。
「……あたしも、似たようなもんかな」
リタが振り返ると、クロエは珍しく真顔だった。
「あたしのせいで、家族の記憶がノワールになった。“記憶事故”を起こしたんだ」
レオが目を細める。
「記憶事故……?」
「“残したい”って言われてた家族の思い出、あたしがミスって、
“残したくなかった記憶”まで引き出しちゃった。――それが、ノワールになった」
クロエの言葉には笑みも毒もなかった。
「だから火炎砲を持った。“焼き尽くす”って決めたの。あたしのせいで暴れた記憶は、あたしが責任持って終わらせる」
リタは、ゆっくり拳を握る。
「……私も同じ。父の記憶が、ノワールになるのが怖かった。だから、自分で終わらせる覚悟で、銃を持った」
二丁の銃が、静かに共鳴するように振動した。
「よし、隊長命令くれ。狙撃準備完了だ」
「そろそろ暴れさせろよ、隊長!」
その瞬間、背後から音がした。
ノワール――触手型と獣型の二体が、地下通路から姿を現す。
「来るぞッ!!」
リタは跳躍し、二丁の銃を構える。
「レオ、狙撃援護!」
「了解!」
「クロエ、右側の火線カバーお願い!」
「任せたまえ、隊長殿!」
チーム・バレットは迷いなく動いた。
心の奥に“背負うもの”があるからこそ、守れるものがあると、誰もが知っていた。
(第5話・了)