第10話:レメゲトン、暴走
――それは、唐突だった。
定期訓練の午後。
いつものようにターゲットを撃ち抜いていたレメゲトンの射線が、急に逸れた。
「……ん? レメゲトン?」
違う。
リタは確かに、引き金を引いていなかった。
なのに、弾は放たれた。
しかも、それはターゲットを超え、訓練場の隔壁にまで達していた。
「リタ、今の……」
「違う! 撃ってない!」
次の瞬間、銃身が赤く脈動する。
「やめて……! レメゲトン!!」
しかしレメゲトンは応えない。
AIボイスは途絶えていた。
代わりに聞こえたのは、低く、割れたノイズのような咆哮。
――バチッ。
弾倉の自動制御が切れた。
ユリシーズがすかさず警告を発する。
「暴走モード突入。セーフティ、解除不能。リタ、手放せ!」
けれど、手が離れない。
まるで“意思”のように、レメゲトンがリタの手に絡みつく。
「……おい、嘘だろ……」
クロエが一歩引き、
レオがすでに狙撃ポジションを取ろうとしていた。
でも、撃てない。
これは、敵じゃない。リタの“相棒”だ。
「レメゲトン……どうして……」
脈動する銃身が震えた。
「……う、ぁ……う、があ……!」
それは、苦しんでいる声だった。
怒りじゃない。暴走じゃない。ただ、壊れそうな――“叫び”だった。
そのとき、映像が流れた。
レメゲトンの記憶領域が、強制的に開かれた。
そこには、父・カイの姿があった。
《……この子は“記憶の器”として設計した。
私の“後悔”、私の“怒り”、私の“感情”すべてを――封じ込めるために》
――父は、理性をユリシーズに、感情をレメゲトンに託していた。
《でも、本当は……そんなもの、子どもに持たせるべきじゃなかった。
リタ……すまない。お前には重すぎる。あの子にも……》
記録が途切れる。
レメゲトンは、ただリタを見上げていた。
その黒い銃口が、涙のように滲んでいた。
「……バカだよ、あんた……そんなの……!」
リタは泣きながら銃を抱きしめた。
「壊れたいなら、私が抱きしめてやる。
でも、勝手に壊れるな。勝手に、いなくなるな……!!」
しばらくの沈黙のあと、レメゲトンが、かすかに声を出した。
「……だってよ……オレの中に……“お前の泣き顔”まで、入ってたんだぜ……?」
いつもの軽口だった。
「記録されてんだよ。あの日の空も、父ちゃんの背中も、
お前が、“強がって笑った夜”も……なぁ、どうしろってんだよ……」
声が震え、そして静かに、沈んでいった。
リタの手の中で、レメゲトンは完全に停止した。
ただ、最後に残された表示は――
《再起動準備中》
(第10話・了)




