第1話:喋る銃と赤い空
夕焼けじゃない。
空を染めているのは、あの日燃えた町の残像――いや、「記憶」だった。
「ねえリタ、そろそろ行こうぜ。おまえ、またボーッとしてんだろ」
腰にさげたホルスターの中から、男のような声が聞こえた。
リタ・ブレイズは眉をしかめると、手を伸ばして片方の銃を抜き上げた。
「うるさい、レメゲトン。今いいところなんだから」
「“いいところ”ってのは、屋上で一人たそがれてるだけだろ。マジ中二病」
手の中の銃――黒銀のボディに赤いラインの刻まれたそれは、軽く震えながら喋っていた。
AIを搭載した特殊武装、名を〈レメゲトン〉。
「……だったら、そっちのユリシーズはどうなの? もう黙っちゃってさ」
もう一丁の銃――蒼い紋章の入った〈ユリシーズ〉は、まるで眠っているかのように沈黙している。
ふぅ、とリタは息をついた。
あれから五年。
父が命を落としたあの日から、彼女はこの町に取り残された。
けれど今日――ようやく、始まるのだ。
「おいリタ! 連絡きたぞ。入隊許可、出たって!」
ドアが乱暴に開かれ、少年が駆け込んできた。
背が高く、真面目そうな顔立ちの少年――幼なじみのジュンだ。
「やったじゃん! これであんた、正式に“ヴァルハラ・ライン”の一員だ!」
リタは銃を回しながら、空を見上げた。
赤い空はもう消えて、薄青の未来が広がっていた。
「……行くよ、ユリシーズ、レメゲトン」
世界を壊す“黒の記憶”。
それを撃ち抜くために。
父の遺志を継ぐために。
二丁の銃が、かすかに光る。
――リタ・ブレイズ、戦場へ。
(第1話・了)