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朋美さん

朋美さんの彼氏は家族との関係も良好で、友人も多いらしく、毎日のように誰かがお見舞いに来る。


そんな様子を見ていると、どうしても嫉妬心が抑えられないんだそうだ。


「私は、あんまりそういうのがなかったから」


朋美さんは、子供の頃に両親を事故で亡くしていた。


育ててくれた親戚は決して悪い人ではなかったけど、やはり遠慮をせずにはいられなかったようだ。

そうして朋美さんは高校を卒業させてもらってから働き始め、それからその親戚とも疎遠になっていったらしい。



いや、多分言葉よりも辛い日々だったと思う。


朋美さんの言葉からは育ててもらった恩義は感じるけれど、温かみや親愛の情は感じられなかった。


年下の私に気を使わせないよう、そして育ててくれた人を悪く言わないよう気を付けているんじゃないだろうか。

数日話しただけだけど、朋美さんは楽しいことは本当に楽しそうに話すんだ。それなのに――


朋美さんは、それでも私に言いたくなったのだろう。今の自分の心の動きを。

朋美さんは、どうしても昭雄さんに対する嫉妬を抑えられなくなっているらしい。


そして、やっぱり自分のものにしたい、連れて行きたいと……


それはつまり、昭雄さんの死を願うということだ。


まだ目を覚まさない昭雄さんをこのまま……だから、自分のことを悪霊だと。


そして朋美さんは、自嘲気味に笑いながら言った。


「昭雄を抱き締めていると、どんどん容態が悪くなっていく気がするの」

「もしかすると、私たちは生きている人の生命力を奪っているのかもしれない」


朋美さんは、こっちを見ずにそういった。


じゃあ私が希に抱き着いたら? 死んでから今まで私はいっぱい希に触れてきたのに、それも全部……? 嘘でしょ?


呆然としている私に気づいたのか、朋美さんは「ごめんなさい! 私の思い過ごしかもしれないから」と言って去って行った。


朋美さんはすごく大人で気を使える人なのに、それでもつい言ってしまうほど今の自分に悩んでいるのだろう。


昭雄さんを連れて行きたいと思う自分が嫌で、それでも抑え切れないんだろう。


だけど、私の方も頭がごちゃごちゃになってしまった。

今まで希にしてきたことは、全部希にとって良くないことだったのだろうか――

私も、悪霊……?


それから、朋美さんは会いに来てくれなくなった。


希に触れることが怖くなった私は、朋美さんが来なくても待ち合わせの場所に行く。


元からないよりも、失う方がダメージが大きい。

朋美さんと過ごした楽しい時間を思うと、出会わなければよかったとまで思ってしまう。


失恋した時ってこんな感じだろうか。

私の胸の苦しみは、今まで感じたことのないものだった。


希に近づくこともできず、朋美さんにも会えない私は、生まれて一番の孤独を感じていた。


そうして以前よりも大きな寂しさに押し潰されそうになっていた時、朋美さんがスーッと現れた。


「お久しぶり」


朋美さんは、そう言って私に笑いかける。


「この間は変な別れ方をしてしまってごめんなさい。私の方が年上なのに、みっともないところ見せちゃったね。それに、汚いところも。私のこと、嫌いになっちゃった?」


私は、慌てて首を横に振る。

そんなこと、考えもしなかった。


でも私が朋美さんに会いたかったのは1人が寂しかったから? 他に誰もいないから?

そんなことを考えていると、朋美さんが話し始めた。


「あの後ね、昭雄が目を覚ましたの」


私は何と声をかけていいのかわからない。


「丁度看護師さんがいる時でね、すぐに私のことを聞いてたわ。そして私が死んだって知った時、あの人は絶望的な顔をしてた」


「その場では穏便な受け答えをして、1人になった時に首を吊ろうとしたのよ」


「そこで私は大声を出したわ。『死なないで!』って。そうしたら、昭雄がこっちを見たの」


「それから必死で伝えたわ。『私が死んでも泣いてくれる人はいないの。あなた以外、泣いてくれないの。ねえ、私が存在していた証になって。他の女の人と結婚して子供を作って幸せな家庭を築いて、それでもたまに私のことも思い出して』」


「『心の中で“僕は元気だよ”って話しかけて。それ以上何もしなくていい。それでもあなたが生きていないと、私の存在が終わっちゃう。お願いだから、生きていて。思い出してくれる人がいないと、私が成仏できないよ』って」


「そこで昭雄が息を吹き返したことを知った家族が入ってきたわ。泣いて喜んでた」


「それを見た時、『この人は幸せにならなくちゃいけない』と思ったの」


それから朋美さんは外に出ていったらしい。自分の人生を思い返しながら。



そして、次の日には昭雄さんに声は届かなくなっていた。


その後昭雄さんは順調に回復に向かっていき……


「昭雄が1人でいる時につぶやいていたわ。『朋美のことをずっと忘れない。朋美の存在を終わらせたりしないから』って。私とは全然違う方向に向かってだけどね」


一度は連れて行きたいと思った朋美さんは、目を覚ました昭雄さんを見て「生きていて欲しい」と思ったそうだ。

昭雄さんに幸せになって欲しいと。


これが愛なんだろうか。


「そんなこともあって、会いに来れなかったんだ。ごめんね」


そして朋美さんは続ける。


「もう会いに来れないと思う。そんな感じがするんだ。心残りがなくなったっていうか、心がすごくすっきりしたっていうか」


え……


「それって成仏するってことですか?」


「そうだと思う。初めてのことだから断言はできないけど、何か胸が温かいんだ」


「どうしたら私もそうなれるのかな」


「何か心残りがあるんじゃないかな。幽霊としては私の方が後輩だから何とも言えないけど」


「後輩が先輩を追い越して卒業しないで下さい。私が留年してるみたいじゃないですか」


私は置いて行かれる寂しさを押し殺しておどけてみせた。


そんな気持ちを察したのか、朋美さんは私を抱き締めてくれた。


「あなたも、満たされた気持ちで成仏できることを祈ってるわ」


私は、しばらく朋美さんを離そうとしなかった。

もう朋美さんとは会えないんだ。そう思うと離れたくなかった。


でも、朋美さんは行ってしまう。

私は私の進み方を探さなくてはいけない。


「朋美さん、今どんな感じですか」


「胸が温かくて、希望に溢れてる感じかな? これから生まれ変わるんだ、みたいな。学校を卒業する時の感じに近いかもしれない」


「中学から高校に行く時みたいな?」


「もっと劇的に変化するような、学生から社会人になる時のもっともっとスケールの大きい感じ」


「それじゃ私にはわからないよ」


「そうだね。でもきっとあなたにもわかる時が来るよ」


それから、私はまた朋美さんに抱きついた。

朋美さんは優しく抱き締め返してくれる。


「朋美さん、ありがとう」


「こちらこそ、あなたがいてくれて良かったわ。1人にしてごめんね」


「幸せな来世を迎えてね」


「あなたもね」



こうして、私と朋美さんは別れた。


私の初めての幽霊友達の朋美さんは、私に進むべき道を教えてくれたんだと思う。

幽霊である以上、やはり成仏を目指すのが正しいのだろう。

どうすれば成仏できるのか、それはまだわからない。


それでも私は、21グラムの魂としてここに存在している。

1人でいるのは寂しいけれど、まだ成仏をすることはできないんだろう。


成仏して生まれ変わり、新しい人生を手に入れることも魅力的だ。


でも、まだ希のことを見ていたい。


私の心残りは、希だろう。


私と同じ顔の、私と違う性格の妹。


私の大好きな希。


本当なら、もっと一緒にいたかった。

こんな体にしたあの運転手には恨みの気持ちもある。

それでも私にできることは何もない。

だから、これからも希の幸せを願いながら成仏できる日を待ち続けよう。


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