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友達

「あなたも幽霊?」


予想もしていないことに鳥肌が立つ。


何、今の声は?

私に話しかけてるの?

でもこんな空中に人がいるわけないし。

それに幽霊って……。


私は、なかなか振り向くことができなかった。

そんな私にもう一度「ねえ、幽霊なの?」と声がかかる。


私は、恐る恐る振り向いた。

そこには、TシャツにGパン姿の女の人が浮かんでいた。


「…あ…なた…は」

私は何とかかすれた声を出す。


「私も幽霊だよ」

あっけらかんとその女の人が言う。


え、何が起こってるの?

本当に、この人は私が見えているの?

でも今猫は死んでしまったの。

私が見える生き物は、いなくなってしまったの。


あ、この人ももう生き物じゃないのか。

本当に、本当に?

私に話しかけているの?

名前も付けてあげられなかったあの子は?

私は何なの?

頭が混乱している。


ずっと待ち望んでいた声を、私は怖く感じた。

だけど、私は、話す相手が、欲しくて、

う、あ、ああ、あああ!


私は、その女の人に抱きついた。

そして、大声を上げた。

全然知らない人なのに。


その人は、全然知らない私を抱き締めてくれた。

優しく頭を撫でながら、私が落ち着くのを待っていてくれた。


そうしてしばらくその人に抱き締められていると、

ようやく何が起こっているのか理解できるようになった。

そして、何をしなければいけないのかも。


「取り乱してごめんなさい。初めまして。私は宇佐美真です。今年の4月8日にこの道に入りました。」


と私は挨拶をした。


話せる相手が現れたとしたら、まずお互いのことを知らなくてはいけない。

そのためには自己紹介をしなければいけないのだ。


「私は高崎朋美。幽霊になったのはつい昨日なんだ。だから、あなたの方が先輩だね。」


とその女の人は言った。

でもその人の方が私より年上に見える。


「失礼ですけどおいくつですか?」


何となく女性に年齢を聞くのは憚られるので丁寧に聞いてみる。


「私は25歳だよ。社会人だった。あなたは制服から見て高校生?」


「はい、そうです。それに私もまだ幽霊になって1か月程度なので先輩とか言わないで下さい。」


そう言うと、その人は軽く笑いながら


「そうだね。じゃあざっくばらんでいこう。あなたも好きなように話せばいいよ。年齢が離れてるのは確かだから、いきなりため口を強要されても困るでしょ?」


私は、久しぶりの会話に少し興奮していた。

だが、なかなか明るい気持ちにはなれなかった。


なぜなら、まずは自分がどうやって死んだかを話すことになるからだ。


2人の共通点は幽霊であるということなので、

それが会話の導入としては一番適切だろう。

ただ話題が話題なだけに、暗くなるのは仕方がない。


明るく話しかけてくれた朋美さんも、

その話をする時はやはり辛そうだった。


朋美さんは、恋人との結婚を反対されて心中をしたんだそうだ。

でも死んでしまったのは朋美さんだけで、

彼氏の方は一命を取り留めて今入院している。


どう考えても明るく話せる内容ではないし、

私も深く入り込むことはできなかった。


そこで私は努めて明るく


「私はただの交通事故です。朋美さんみたいなドラマがなくてすみません」


と言った。


だからこそだろうか、朋美さんの方は私にいろいろと質問をしてきた。


だけど私には、

入学式に行く途中で交通事故に遭ったことや、

相手の車のスピード違反だろうということくらいしか話すことがない。


そこからとめどもなく希の話をしそうになって、

少し泣きそうになった私を(泣くことはできないけれど)

朋美さんは抱きしめてくれた。


「ごめん、突っ込んで聞き過ぎたね」


と朋美さんは謝ってくれた。


朋美さんに抱きしめられていると温かさを感じる気がして、

何となく「この人は優しい人なんだろうな」と思った。


それから私は、話したいことがあるのに気づいた。

話したいというより話し合いたいの方が正確だろうか。

私たちという存在についてである。


私は希から一定の距離以上は離れることができない。

壁を通り抜けることもできないし、泣くこともできない。

重いものを持つことも。


そういったことについて、朋美さんは何か別のことを知らないかと思ったのだ。


「う~ん、私はまだ昨日幽霊になったばかりだからなあ」


と朋美さんは言った。

それもそうか。


私も幽霊になった翌日は葬式に出ていただけで、

まだそれほど自分について考えることはできていなかった。


……昨日亡くなったのなら、朋美さんのお葬式は?

それも、私には聞く勇気がなかった。


彼氏と心中をしたという朋美さんの事情を聞くのは、

野次馬根性だと思われそうで気が引けるのだ。


そんな私に朋美さんは


「もしかしたら私も昭雄…あ、彼氏の名前ね。昭雄から一定の距離以上離れられないのかもしれないね。今度試してみるよ」


と言って笑った。


私はもっと話していたかったが、朋美さんは


「ね、明日も会える?」


と聞いてきた。


「はい」


と私が答えると、


朋美さんは


「じゃあ明日もこの時間にここで集合ね」


と言って手を振った。


私は何も言えずに手を振り返した。


心中したばかりだからまだ彼氏の隣にいたいのかな。

私も幽霊になってすぐはずっと希の側にいたもんな。


そう思って私は家に向かった。


名残惜しさは感じたけれど、私の心はうきうきしていた。


友達ができた、これからは孤独じゃない、

一緒におしゃべりをする人がいる。


猫のことは悲しいけれど、朋美さんと猫と3人で戯れられれば良かったけれど、

それでも私は嬉しいと感じてしまう。


ごめんね、猫。

人が聞いたら、いや生前の私だって今のわたしを酷いと思うだろう。


猫が死んだのに嬉しいだなんて。

それでも私は、この1か月すごく寂しかったんだ。


猫に会えなくなったのは悲しいけれど、

明日から話す相手がいると思うと

どうしても嬉しく思ってしまうのを止めることができない。


その日の私は、希が帰って来てからは話したくて仕方ない時のように

ずっとまとわりついていた。


次の日、私は嬉々として朋美さんに会いに行った。

人と話せるというのがこんなに嬉しいなんて。


私は堰を切ったように話し続けた。

朋美さんも、それを笑顔で聞いてくれる。


朋美さんはまだ幽霊になって日が浅いからか、

あまり孤独の寂しさは感じていないようだ。


それに、ずっと彼氏のところにいるらしい。

試してみるとは言っていたけど、

幽霊の生態について調べたりはしていないみたいだ。


心中するほど好きだったなら、それが自然なんだろうな。

私も恋をしてみたかったな。


それから、私と朋美さんは毎日会って話をした。


朋美さんは昭雄さんのことが気になっているみたいだから

あまり長い間引き止めることはできなかったけど、

毎日会ってくれた。


私の寂しさも理解してくれているのだろう。


私は、朋美さんと会える時間を楽しみにしていた。


でも、少しずつ朋美さんの表情が暗くなっていくのがわかった。


私なんかといるよりもっと彼氏のところにいたいんだろうか?

そりゃあそうだよね。年齢も離れてるし、何より知り合ったばかりだし。


そう考えて私も寂しさを感じながら、

もうそろそろ潮時だろうか、なんて思っていたある日、

朋美さんは私に言った。


「私は、悪霊なのかな」



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