猫
希が学校に行き始めてから2週間が経った。
希はすっかりクラスに溶け込んでいる。
友利さんのおかげで友達もすぐにできたようで、休憩時間に一人ぼっちということもない。
部活動も決めなくてはいけないが、また吹奏楽部に入ったようだ。
友達と話したり練習をしたりしながら、時々桜井君の方に目を向ける。
そして、桜井君も時々希の方を見ている。
たまに視線が合うと、2人は頬を赤らめて顔を背ける。
――何だこいつら可愛いじゃねえかこの野郎!
私が汗まみれで走ってる間、こいつらはこんな楽しいことしてたのか。
希への好感度が少し下がった。
それにしても、傍から見ているとお互いを意識しているのが丸わかりなんだけど、本人たちにはわからないんだろうなあ。
最初のうちはそんな初々しい2人を見ているのも楽しかったけれど、2週間も経つと飽きてくる。
毎週日常回の恋愛ドラマや恋愛アニメが面白い訳がない。
「何かイベント起きろよ」と思っても、現実は私を楽しませるためにあるのではないのだ。
そうして、私はため息をつく。
さすがに寂しくなってきた。
誰にも声をかけられないどころか、誰にも認識してもらえない。
私は独りぼっちだ。
生前はクラスでも部活でも友達はいたし、家に帰ると希がいた。
両親は帰りが遅くなることもあったけど、一人きりになることってあまりなかったんだ。
「幽霊」になってからは、その一人きりの感覚が珍しくて少し楽しい気もした。
でも、このままずっと独りなのかと思うと寂しくなる。
希を見守りたいという気持ちはあるけど、何かができるわけでもない。
どうして私はここにいるんだろう。他の幽霊とかいないんだろうか。
私は通りを歩いてみた。
そして、誰彼構わず声をかける。
誰かに私がいることを知って欲しい!
独りぼっちにしないで!
私はここにいるの!
それでも誰も私の方を振り向いてくれず、寂しい思いを抱えていると――
「ニャー」という声が聴こえた。
ふと下を向くと、猫が私を見上げて鳴いている。
え、後ろの何かを見ているの?と思って後ろを見ても何もない。
私はしゃがんで猫と目線を合わせる。
すると、その猫も私の目を見て「ニャー」と鳴く。
「お前には私が見えるの?」
震える声で猫に話しかける。
意味が通じたかどうかはわからないが、猫はその問いにも「ニャー」と答えてくれる。
私は、胸が熱くなるような気がしながら猫を抱き締めようとした。
21g(?)の魂の私に猫を持ち上げることはできないから、上から覆い被さるようにしかならなかったけれど、私はその子を愛おしく思った。
もし私が泣けるなら、号泣していただろう。
この子は私の存在を認めてくれている。
そう思えるだけで私は、嬉しくて胸が震えるのを感じた。
もちろん猫なんて気まぐれなもので、ずっと私と一緒にいてくれるわけではない。
21gの魂に過ぎない私が撫でてあげても、気持ち良くなんかないだろう。
それでもその子は、しばらく私に向かって話しかけるように鳴き声を聞かせてくれた。
私の目を見て、私の存在を認めてくれた。
そうして、その子はどこかに行ってしまった。
でも、その日の私は少し晴れやかな気分だった。
家に帰ってから、少し下がっていた希への好感度を戻しておいた。
次の日、私は猫と出会った場所に向かっていた。
自分の存在を認めてくれるあの子に、もう一度会いたかったのだ。
猫は散策ルートが決まっていると聞いたことがある。
だからここで待っていたらまた会えるんじゃないか、と私は思ったんだ。
そうしてしばらく待っていると――
また「ニャー」という声が聴こえた。昨日の猫だ。
私は、しゃがみこんでその子と目を合わせた。
そういえば、猫は幽霊が見えると聞いたことがある。
ただその話を聞いた時は「猫は激しく威嚇をする」と聞いたような。
あれ、その話って確か怪談話だったかな。
うわー怖いからそれ以上思い出さないようにしよう。
それにこの子は私に優しく鳴きかけてくれる(本当は話しかけて欲しいけど)。
私が良い幽霊(?)だとわかってくれているんだろうか。
その子を撫でると、その子は目を細めそうになった後に不思議そうにこっちを見つめてくる。
期待していたような感触ではなかったんだろう。
「撫でられた時はもっと気持ち良いはずなのに」といった顔でその子は私を見上げてくる。
でも21gの私にはこれが精一杯だよ。
もちろんその子にそんな事情が分かるはずもなく、
もっと頑張って撫でろと言わんばかりに頭を突き出してくる。
……猫ってこんなにかわいいのか。
ああ、この子とずっと一緒にいたいなあ。
そう思って、その日私はその子にずっとついて歩いて行った。
その子の興味は他に移っていたのか、あまり振り向いてもくれなかったけれど、
私はその時間が楽しかった。
そうして次の日も、私はその子に会いに行った。
私にとって、その子は唯一の友達だった。
でも、その子はなかなか現れなかった。
猫なんて気まぐれなものだし、と思いながらも心配になってきた。
そこで私は、昨日その子と一緒に歩いた道を辿ってみることにした。
そして私は――
車に轢かれたらしい猫の死体を見つけた。
私は、頭が真っ白になった。
そりゃあ、この子が飛び出したんだろう。
車を運転していた人も、わざと轢こうとしたわけじゃないだろう。
いじめられて殺されたというわけではない。
憎むべき人などいないんだ。
でも。
私だけでなく、私の唯一の友達も、車に殺された。
私は泣けない。涙は出ない。
でも、叫ばずにいられなかった。
こんなに悲しい思いをしたのは、初めてだった。
私は、もう鳴きかけてくれないその子を見ていられなかった。
叫びながら飛び上がる。
高く、高く。
泣けないことを恨めしく思いながら、空中でわめき続ける。
――そんな私に、背後から声がかけられた。
「あなたも幽霊?」
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