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別れ

あの男の部屋にいた時、私の心は氷のように冷たかった。

だけど、そこを出て家に戻る時の私は泣きそうになっていた。


「希は大丈夫だろうか?」


中学の時から好きだった人とやっと付き合えたのに、別れることになるなんて。

昨日までの希に変わった様子はなかったから、別れを告げたのは今日だろう。


怒りや焦りや後悔や申し訳なさに包まれながら、私は家に帰った。


そこには、ベッドに突っ伏しながら泣いている希がいた。

制服を着替えもせず、声を殺しながら泣いている。


これは、私のせいだ。

私が調子に乗って希の彼氏の家に入り浸ったりしたから。

私は、希に迷惑ばかりかけている。

私がいなかったら、希を悲しませることなんてなかった。


私が幽霊になんかなっていなかったら。


希が泣いている姿を見ているのは、とても辛かった。

でも、これは私のせいなんだ。

私が目を背けてはいけないんだ。


今の私には、希を抱きしめる資格なんてない。

消えてなくなりたいと思いながらも、私は希の姿を見つめ続けた。

何もできない自分のことを恨めしく思った。


いや、できないことがないわけではないのかもしれない。

あの男のところに行って考え直すように説得すれば。


でも、それは希のためになるのだろうか。

それに、会うこと自体にも抵抗がある。


こうして私は、悶々として数日を過ごした。

その間も、希はずっと元気がない。


「このままではいけない」と私は思った。

自分にできるかもしれないことがあるなら、行動したほうが良い。

ずっとうじうじ悩んでいるだけなんて宇佐美真らしくない。


私は、あの男に会いに行こうと思った。

せめて希とあの男が以前のような友人関係に戻れたら、多少は元気になれるかもしれない。


そうして、私は放課後を待った。


学校に行くのはやはり気が引けた。

学校で話すわけにもいかないし、気まずい空気になったら言いたいことも言えなくなってしまう。


希が帰ってきたら、桜井君の家に行ってみよう。


そうして帰ってきた希は、あの時のような呆然とした顔をしていた。


それから私は予定を実行しようとしたが、彼の家の窓は開いていなかった。

窓から中を覗き込んでみたが、中にいないようだった。


しばらく待ってみたが、まったく戻ってくる気配がない。

というか、家全体が静かだった。


私は、諦めて家に戻った。


次の日は土曜日だった。


でも、希は呆然とした表情のまま制服に着替える。

部活の休日練習だろうか。


何となく気になった私は、希と一緒に家を出た。

希が呆然としていると、心配になって放っておけない。


そうして希について歩いていると、学校とは違う方向に進み始めた。


どこに行くんだろう?

と思っていると、看板が見えた。


「桜井家式場」


……え、お葬式? 誰の?

桜井君の家で不幸があったのだろうか。

でも、そこに希が出席するのはなぜ? 家族ぐるみの付き合いだったの?


などと考えていると、希のクラスメイトもやってきた。


そう、亡くなったのは桜井君だったのだ。


「……嘘」


私は、笑っている桜井君の写真に近づく。

そうして、まじまじと見つめてみる。


「こんな顔だったんだ……」


希の好きな人で希の彼氏だった桜井君のことを、私は好感を持って見ていた。

でもそれは希を通してのものであって、私は桜井君を直接見ていなかったんだ。


だから、桜井君の気持ちにも全然気づくことができなかった。


私と会わなかったテスト期間中、桜井君はずっと悩んでいたんだろう。

自分の心変わりに、桜井君自身も戸惑っていたに違いない。


もう少し話を聞いてあげても良かったのかもしれない。


でも、いきなり押し倒されたんだ。


さらに思考は飛んでいく。


「桜井君は、自分が死ぬことを知っていたのだろうか」


だから、幽霊の私に?


そう思った私は、周りの会話に耳を澄ます。


さすがにそんなに詳しいことはわからないが、どうも心臓の病気らしい。


だが、死が予想されるほどのものなら入院するんじゃないだろうか。

私にはわからない。


私が一番気になっているのは、希のことだ。


失恋したすぐ後に好きな人が亡くなったのだ。

その衝撃はどれほどのものだろう。


希が呆然としていたのも当然だ。

この短期間のうちに姉と恋人を亡くしてしまったのだし。


希は、また泣けずにいるようだった。

クラスメイトに話しかけられても心ここにあらずといった感じで、機械的に頷いているに過ぎない。


そうして、お葬式が終わった。


自分の葬式は客観的に眺めていられたのに、知り合いのお葬式となると冷静ではいられない。


最後にこじれたとはいえ希の彼氏だし、私の唯一の友達だったのだ。


私は何もかもを間違ってしまったのではないか、と思う。


だが、何を思っても後の祭りだ。


お葬式が終わった後、希は家に向かう。

私は、その後を歩いていく。


希の顔を見るのも痛ましい。

だから私は、自分の思考に入り込む。


今まで自分に起こったことを考える。


これまでのことを考えると、私という存在を見ることができるのは死に近づいているからなのかもしれない。


猫もすぐに死んでしまった。

そして桜井君も。


朋美さんの彼氏の昭雄さんも、自分だけが生き残ったと知って後を追おうとしている間は朋美さんのことが見えていたようだ。


そして、生きていくことを決めてからは見えなくなった。


ここで出てくる死の定義がどのようなものかはわからない。


猫は病気で体が弱っていたから轢かれてしまったのか。

それとも運命で死が近づいているものには私が見えるのか。


いや、それだと昭雄さんに朋美さんが見えたことに説明がつかない。


昭雄さんが自分の意志で死に近づいた時は朋美さんが見え、

自分の意志で遠ざかった時に見えなくなった。


生か死が運命で決まっていたなら、そんなことにはならないはずだ。


だとするとやっぱりあの猫も病気だったのだろうか。


そんなことを考えている時、私の耳にずっと聞きたかった言葉、

そして聞いてはいけない言葉が飛び込んできた。


「お姉ちゃん?」


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