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崩壊

それから私は、頻繁に桜井君の家に行くようになった。

そこには誰かと話せるという嬉しさがあった。幽霊になってから初めて同年代の人と話しているのだ。楽しくないわけがない。


そして、一生懸命私の妹に恋をしてくれている桜井君を応援したいと純粋に思った。

それが希のためになることでもあるし、幽霊になった私にできることだと思った。

これをするために幽霊になったのではないか、とも思ったんだ。


もちろんずっと2人で話していたら、希以外のことも話題になる。

部活のことや好きな本のこと、親のことや勉強のことなど話題は尽きない。


桜井君は、私のことは希には言っていない。

「僕は君のお姉さんと仲良くしてるんだよ」とは言えないそうだ。

まあ確かに言われても困るし、焼きもちなんてことになったら大変だ。

むしろ私が口止めをしておかなかったことが迂闊だった。


だから、今後も言わないように頼んでおいた。

希が好きになるだけあって、何でもかんでも話すようなデリカシーのない人ではないのだ。


そうして私は楽しい時間を過ごしていたが、ある時「テスト期間は勉強に集中したいから」としばらく来ないように言われてしまった。

私は少し寂しい気持ちになったが、家で希の勉強を応援することにした。


出来ることは何もないけれど、一緒になって教科書を読んでみる。

やっぱりもう全然わからない。


こうなると勉強が恋しくもあるけれど、私は1人では教科書のページをめくることもできないのだ(正確には教科書の両端が固定してあればめくることだけはできるが、本を支えておくことができない)。


私はすぐにつまらなくなって、希の顔に息を吹きかけたりして遊んでみる。

「早くキスしちゃえばいいのに」なんて思いながら。


そうしてテスト期間が終わった日、私は嬉々として桜井君の家に向かった。

希にまとわりついているのも悪くはないが、やはり反応がないのは寂しい。


以前桜井君から「あまり希さんと2人でいるところを覗かないでください」と言われてしまったので、それからは2人が公園でいちゃついているのを見るのは止め、桜井君が家に帰る頃に部屋の窓から覗き込むようにしている。

桜井君が私に気づくと、窓を開けて入れてくれるのだ。


その日もいつものように桜井君の部屋に入り込む。

だが、桜井君の様子がおかしい。沈み込んでいるような、思いつめたような顔をしている。


いつもなら笑顔で話しかけてくるのに、今日はこっちを見ようともしない。

希と喧嘩でもしたのだろうか、と思って私が「何かあったの?」と声をかけると、桜井君はいきなり私を抱き締めてきた。


「!?」


突然の出来事に、私はパニックになる。

一応スポーツをやっていた私は普通の女子よりは力があった。

でも、今の私には桜井君を払いのけることはできない。


両端が固定されていなければ教科書のページもめくれないのだ。

桜井君にとっては、私を押さえつけることはまさに赤子の手をひねるよりも簡単なことだろう。


そして桜井君は私に言う。


「お姉さんのことが好きです!」


私は、何を言われたのか理解できなかった。

確かに私も桜井君との時間を楽しんでいた。桜井君と会えなかったテスト期間はつまらなかった。


でも、それは他に話せる人がいなかったから。希と話せていたら、それでよかった。

桜井君から希のことを聞くより、希から桜井君のことを聞きたかった。

希のためになればと思って、希の良いところを桜井君にいっぱい話した。


私は、桜井君を通してずっと希を見ていたんだ。

だけど、桜井君は違った。


でも、それは言ってみれば私を一人の人間として見てくれていたということでもある。

私が望んでいないことでも、桜井君を責める資格は私にはない。


毎日のように自分の部屋にやってくる女の子。

それを意識するのは男の子として当然の心理なのだろう。


私が迂闊だったのだ。

私が幽霊だから、私が希のことしか見ていなかったから、こんなことになる可能性を考えられなかった。


最初に思っていたことだ。私が生きていたら、希の彼氏とその部屋で2人きりになることなんてない。


「あなたは希の彼氏でしょ!」


敵わないと知りながらも何とかもがきながら私は言った。

そんな私に、あいつはこう言った。


「希さんとは別れました」


その言葉を聞いた瞬間、背骨に冷たい針を突き刺されたような感覚に襲われた。

そして、私は動きを止める。私は、自分の身体から力が抜けるのを感じた。


怒りをまとった悲しみが私の内面を塗りつぶす。


「……離せ」


自分でも聞いたことのない、氷のような声が口から漏れる。

その声に、私を抑え込んでいた力が怯む。


「離せ!」


私はもう一度その言葉を告げる。

そうして自由になると、私は窓から出て行った。


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