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恋愛

「あ、そこに座ってください」


桜井君は少し緊張した様子で、テーブルの前を指差した。


男の子の部屋に入るなんて、いつぶりだろう。

子供の頃は男女関係なく遊んでいたから、男の子の家に行くこともあった。

でも、思春期に入ると少しずつ「照れ」が芽生えてくる。学校ではざっくばらんに接していたし、部活もあったから、わざわざからかわれるようなことをしようとも思わなかった。


だからこそ今、こうして希の彼氏の部屋に来ているのが、なんとも言えない不思議な気分だ。


桜井君も戸惑っているのが伝わってくる。

どう接していいのか分からず、探り探りなのだろう。


私が生きていたら、こんなことにはならなかった。私が来ることもなかった。

妹の彼氏の部屋で2人きりなんて、私にとっても、希にとっても、気まずいに決まっている。


でも、私はもう幽霊だ。

浮気なんてことにはならないし、桜井君も、だからこそ私をここに呼んだのだろう。


「話したいことがある」


——彼がそう言ったとき、すぐに希のことだと分かった。

私があの場所にいたことを見られたということは、キス未遂のあの瞬間を見ていたのも、気づかれてしまっているのだろう。


「見ました……よね?」


う、いきなり核心を突かれた。


「あ、うん。たまたま……ね」


私は曖昧に答える。

そこで一瞬の沈黙。


いや、これは気まずい。

だから、つい言い訳が口をついて出てしまった。


「いや、あの、覗いてたってわけじゃなくて……私、なぜか希からあまり離れられないの。近距離ってほどでもないんだけど、だいたい一駅分くらい。それ以上離れちゃうと、苦しくてどうにかなりそうになるのよ。だから希の近くにいなきゃならなくて、ほんとはもっと遠くに行けるならアメリカとかイギリスとか行ってみたいし、そうしたら退屈もしないで済むと思うし、一駅分くらいじゃ行きたいところもないし、希から目を離したすきに電車にでも乗られたら、距離が離れてまた苦しくなっちゃって……」


自分でも、話がどんどん収拾つかなくなってるのを感じる。


でも、止まらない。

必死に自己弁護しようとしてる私の様子を見て、桜井君はふっと微笑んだ。


「幽霊と言っても、結構普通なんですね」


いや、希から離れられないのは普通じゃないし、壁を通り抜けられないのも、幽霊としては普通じゃない気がするし……とか思っていると、


「希さんと外見は似てるけど、性格は違うんですね」


と言って、少し笑った。


「希はいい子でしょ?」


「はい、大好きです」


うわあ、そんな真っすぐに言われると照れる。


でも、私の大好きな希をそんなふうに言ってもらえるのは、やっぱり嬉しい。


それからしばらく、2人で希の良いところを語り合った。

まあ、私のほうが家での希を知ってるぶん有利なんだけどね。


夢中になって話していると、「ご飯よ」という声が階下から聞こえてきた。

結局この日は、希を褒め合うだけで終わってしまった。


桜井君に窓を開けてもらって、私はそこから外に出る。

久しぶりに同年代の子と話したのが楽しかった。

しかも話題が希のことだから、なおさらだ。


私はウキウキしながら帰路についた。

そして、希の顔をにやけながら覗き込む。


「桜井君は希のことをとっても愛しているよ。早くキスくらい許してあげなよ」


——伝わらないと知りながら、そう言葉を贈っておいた。



希と桜井君は、交際をしている。

でも、なんだか子供のようだ。


付き合っていると言っても、部活から一緒に帰るくらいで、晩御飯の時間になったらそれぞれ自分の家に帰る。

結局のところ、公園でしゃべっているだけなのだ。


希の性格上、「彼氏できたから晩御飯いらな~い」などと言って夜まで遊ぶようなことは、なかなかできないだろう。

桜井君はそれを物足りなく思っているようだけれど、うまく誘うことができない。


私には希のことが大好きと真っすぐ言えるのに、本人を前にすると不器用になってしまう。

特に昨日キスに失敗したところだから、今日の2人には少しぎこちなさも感じられる。


そして、帰る時間。

2人は「また明日ね」と言い合って別れる。

その姿は微笑ましくも、もどかしい。


そこで私は茂みから姿を現す。


「何だ何だぎこちないぞ?」


そう言って私は桜井君をからかう。


「昨日の今日ですから仕方ないでしょ……ってまた覗いてたんですか!?」


「いや、ちゃんとそういう雰囲気になったら目を逸らそうと思ってたよ?


さすがにそういったところは覗いちゃいけないと思うから。

でもそんな雰囲気じゃなかったし、2人のことが心配だし」

そして私は言葉を続ける。


「私は2人のことを応援したいんだ」


希は中学生の時から桜井君が好きだった。

そのことを希がもう本人に言ったかどうかはわからないけど、私から伝えるべきではないと思う。

でも私はそれを知っている。

私は、大好きな希に幸せになって欲しいんだ。


「昨日の希の言葉は全部本心だよ」


私には恋愛経験はない。

でも、希のことはよく知っているつもりだ。

本当に昨日はびっくりしただけなのだ。


だからと言って、いつキスを受け入れる心の準備ができるかまではわからないけど、

私は桜井君を応援したい。


そして、私はその日も桜井君の部屋にお邪魔した。


その日、私はずっと桜井君の恋愛相談を受けていた。

恋をすると人は余計なことを考え過ぎてしまうらしい。


他の男と楽しそうにしゃべっていた、

自分が話しかけた時に素っ気ない態度だった、

あまり視線が合わなかった、など……


「そんなこと普通にあるじゃん!」ということで、桜井君はくよくよしている。


昨日キスを断られたのが、よほどショックだったらしい。

私には希の気持ちがよくわかるけど、桜井君からしてもかなり勇気を出しての行動だったのだ。


それを断られたことで、桜井君は自信を失っている。


そして、少しのことでも「嫌われたのではないか」と考えてしまうのだ。


恋愛というものは厄介だな、と思う。


恋愛経験のない私でさえ「考え過ぎ」だとわかるのに、本人は本気でくよくよしているのだ。


もちろん、それは愛情が深いからこそなのだろうが


そんなにネガティブだと本来の魅力まで薄れてしまう。


そういったことを、私は桜井君にアドバイスした。

私が男子の恋愛相談に乗っているなんて、自分でも信じられない。


でも私は、真剣に桜井君の悩みを聞き、アドバイスをした。


「たかがそんなことで」と言いたいところもあったが、

桜井君が本気なのはよくわかる。


私も恋愛をしていたら、こんな風になっていたのだろうか。


そして、私が生きていたら希は私にこうやって恋愛相談をしてくれていたのだろうか。



取り敢えず完結です。もし気に入っていただけたら

下の☆から評価していただけると嬉しいです。

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もし真が成仏するところまで読みたいと思っていただけたならブックマークもしていただけると嬉しいです。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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