邂逅
次の日の希と桜井君は妙に距離があり、今までのような気さくな雰囲気はなかった。
でもそこには疎遠になったのとは決定的に違う、赤い糸で結ばれた視線があった。
視線が合うとお互いに目を逸らす。
でもまたしばらくすると相手を見てしまう。
ああ、なんて初々しいんだろう。
これでキスなんかしてたら、お姉さんぶったまげるわよ。
お姉さんは確かにあなた達よりも恋愛経験がないけれど、それでも大人の恋人たちを知っている(昭雄さんとは会っていないけれど)。
今の希と比べると、朋美さんはさすがに百戦錬磨顔だ。
希と桜井君は、そんな初々しい感じのまま部活に行く。
そして、また2人きりで帰る。
2人きりになると、少しいつもどおりに戻れるようだった。
どちらからともなく手を繋ぐ。
少し俯く2人。
それからまた言葉を紡ぎ始め、希と桜井君はどんどん笑顔になっていく。
なんだか見ているだけで幸せな気分。
こんなに良さそうなものなら、やっぱり私も恋をしてみたかったなあ。
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それから二週間、2人は何事もなく一緒に帰っていた。
幸せそうに、嬉しそうに。
そして、桜井君は希を公園に誘う。
まだ明るい夏の夕方、2人はベンチに座る。
桜井君が希の手を握る。
希も握り返す。
え、まさかこれは。
私は少し離れたところから目を皿のようにして見つめてしまう。
うわうわうわうわ、見ちゃっていいのか?
そもそもそんなことしていいのか?
いやキスくらい高校生なら普通か。
私が遅いだけか。
でも希だってそんな私の妹なんだから、まだ早いんじゃないか?
私が生きていたとしても、絶対1年の夏にこんなことになるはずがない。
希!お姉ちゃんより先にそんなふしだらなことを!
お姉ちゃんは許しませんよ!
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混乱しながら開いた手を目に当てて、中指と薬指の間から覗いていた私は、次の瞬間安堵することになる。
キスをしようと顔を近づけた桜井君を、希が拒否したのだ。
「もう少し待って」
そう言って希は桜井君から離れる。
「ごめん、ちょっとびっくりしちゃって。でも桜井君が嫌なんじゃないの。もう少し心の準備をさせてもらえる?」
そう言って希は駆け去っていった。
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あ〜あ、かわいそうに。
さっきまでの混乱を過去のものとして、私は桜井君に同情の目を向けた。
でも、よく頑張ったぞ。
そして、無理矢理続けようとしなかったのも良かった。
希のことだから、あの言葉は本心をそのまま誠実に伝えたのだろう。
だからこのことでぎくしゃくしたりするんじゃないぞ。
そう思って桜井君の肩でも叩いてあげようかと思ったその時、私はすさまじい違和感を覚えた。
桜井君がこっちを見ている?
私はきょろきょろと辺りを見回す。
何か見るようなものがあるだろうか?
でも、桜井君はこっちをじっと凝視している。
明らかに見ているものがある時の視線。
でも私の後ろには何の変哲もない木しかない。
植物マニアか?などと思っていると——
「宇佐美?」と桜井君が声を掛けてきた。
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あまり2人の会話をしっかり聞かないようにはしていたけれど、お前らまだ名字で呼び合ってたのか。
まあいきなり名前呼びにして、みんなの前でついうっかり、なんてことになったら大変だしな。
なんてことを考えてる場合じゃない。
桜井君は、ハッキリとこっちを見て名前を呼んだ。
希は家の方に駆け去っている。
桜井君もそれを見ていた。
それなのに、後ろに私がいる。
桜井君は、驚いただろう。
そして私も。
私は今見ていたものからさえまだ立ち直ってはいない。
キスをしようとして拒まれるところを見てしまった私は、気まずさも感じている。
覗いていたわけじゃないのよ、という言い訳も頭に浮かんでくる。
そう、私は根本的なことを考えようとしなかった。
それを後回しにしていた。
でも、その思考はあっという間に頭の中を埋め尽くした。
――私が、見えている?
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私は、咄嗟にどうやって誤魔化すかを考える。
誤魔化せるはずだ、同じ顔だし制服も同じ。
だが、髪型が違う。
陸上をやっていた私はショートカットだが(くせっ毛だから伸ばすとまとまらないし)、希はセミロング。
それに希が駆けていくのを桜井君は見ていた。
何なら希の後ろ姿と私の両方を見ていたかもしれない。
ここで私が「希で〜す」なんて言っても信用されるわけがない。
それに、私も希のふりができるほど器用でもない。
人間ではなくなった今だって、不器用なまんまだ。
何よりこういう時に下手に誤魔化すと余計にややこしくなることが多いのは、漫画やアニメで知っている。
漫画やアニメだとそれで話が動くんだが、私にはそんなストーリーの都合を考える必要なんかない。
多くの場合において、正直に生きるのが最も失敗が少ないのだ。
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私がそんなことを考えている間も、桜井君は混乱している。
「え、宇佐美は……でも、あっちに、え?」
そこで私は自己紹介をする。
初めて顔を合わせるわけではない。
中学の頃から希の片想いの相手として、私はこの人を知っている。
私と希が一緒にいるのを桜井君も見たことがあるだろう。
だから普通に名乗ることにする。
私にはやましいことなどない。
いやさっきの場面を覗いてしまったのは申し訳ないが、あれは不可抗力だ。
「こんにちは。私は宇佐美真です」
「宇佐美真って……え、宇佐美のお姉さん!?」
「ええ、あなたは桜井君よね?」
「え、でも宇佐美のお姉さんって……」
「そうよ、私は交通事故で死んだわ。だから、私は幽霊ってことになるわね」
「え、そんなことって」
「でも、私と希の顔は同じでしょ? 私だって理屈はわからないし、幽霊なんて信じてなかったけど、こうして私はここにいるんだもん。それを否定されてもどうしようもないよ」
「じゃ、じゃあ本当にゆう……」
「あ、それと私は他の人には見えてないと思うわよ。だから、今のあなたは独り言を言ってる変な人に見られてるわ」
「え?」
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そこで桜井君は周りを見渡す。
他の人が桜井君を遠巻きにして近寄らないようにしているのに気づいて顔を赤くする。
「と、とりあえず家に来てくれませんか。話したいこともあるんで」
おや大胆。
希も入ったことのない桜井君の部屋に私が行っていいのだろうか、とも思ったが、やはり好奇心には勝てない。
それにさっきのを見てしまった今、私は桜井君を応援したくなっている。
もちろん希にその気がないのなら応援したりしないが、希だって中学の時から桜井君が好きだったのだ。
なら、行って話を聞いた方が良いだろう。
「わかった」
そう答えると、私は桜井君の後を歩き始めた。
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