第67話 剣の谷へ9
浮かぶ黒い影。その瞳は深い闇を湛え、まるでこちらの心の奥底を覗き込むかのようだった。
「お兄ちゃん……あれ……ひとじゃない……!」
凛花が不安げに呟く。俺は彼女を後ろにかばいながら、慎重に構えを取った。
「試練って言ったな。俺たちがこの剣に近づくには、お前を倒さなきゃならないのか」
影はゆっくりと頷いた。
「この剣は“均衡”を象徴する。力に溺れる者には握る資格はない。だが――」
突然、影が地を滑るように前進し、俺の眼前に迫る。
「――心を燃やす者には、試す価値がある」
「お兄ちゃん、くるっ!」
凛花の叫びと同時に、俺は剣を引き抜き、影の一撃を受け止めた。
重い。実体を持たぬ影のくせに、信じられないほどの衝撃だった。
「っ……くそっ!」
俺は一歩も退かず、逆に前へ踏み込む。
記憶の中に焼きついていた、剣士ヴァイスの構え。
その一手を――再現する!
「剣閃・残影――!」
斬撃が二重に重なり、影の体を裂く。しかし――
「浅いな、小僧」
影は再び形を整え、両の腕を伸ばすように揺らした。
「では、こちらも“本気”で応えよう」
一瞬、空間が歪んだ。
次の瞬間、俺は三つの影に囲まれていた。すべてが同じ強さを放っている。
(幻影……! いや、全部本体と同じだけの攻撃をしてくる……!)
「お兄ちゃん!」
凛花が後ろから俺に魔力を流す。彼女の能力――魔力の増幅と安定。
その力が、俺の体に走る痛みを鎮め、感覚を研ぎ澄ませる。
「ありがとな、凛花。――ここからは、二人で行くぞ」
「うん、お兄ちゃん!」
俺は一歩踏み出し、体の奥から、今まで得た技術を重ねる。
基礎剣術、記憶の中の技、ヴァイスに教わった“重心操作”。
すべてを組み合わせ――今、俺は一つの技を生み出す!
「凛花、今だ、魔力を最大まで――!」
「うん……っ、いくよ――!」
彼女の魔力が爆発的に高まり、俺の剣が蒼白く光を帯びる。
「連閃・月光追影――!」
瞬間、俺は三体の影に向かって、光の矢のように突き進む。
斬撃が、稲妻のように次々と繰り出され、すべての影を断ち斬った。
静寂が訪れた。
やがて、ただ一体、最初の影だけが残り、ゆっくりと膝をついた。
「……見事だ。お前たちの絆、その力、しかと見届けた」
影の声は穏やかで、どこか寂しげだった。
「剣は、お前のものだ……蒼真。そして……凛花」
影は風のように消え、遺跡の中央に浮かんでいた剣が、音もなく俺の前に降りてくる。
蒼銀の刀身に、天秤の意匠。剣の名は『秤剣レグルス』――均衡を保つ力を宿す古の魔剣。
「これが……“試練の剣”」
俺は剣を手にし、その重みと温もりを確かめた。
「お兄ちゃん……すごい。剣も、ちゃんと応えてくれてる」
「……ああ。でも、これは終わりじゃない。まだ、旅は続く。凛花、これからも一緒に……」
「うん。ずっと、いっしょ」
俺たちは再び歩き出す。
試練を越え、絆を強め、そして――世界の命運を背負う兄妹として。
読んで頂きありがとうございます。
『星の守り人 〜妹と歩む異世界の旅〜』は別の小説投稿サイトにて初めて投稿したものです。
ぜひ感想や応援などもらえるととてもうれしいです!
これからもよろしくお願いします!




