第62話 剣の谷へ4
冷たい風が、谷の外れに吹きつける。
剣の谷から東へ数リーグ――人の気配すらない断崖を進む一団がいた。
「痕跡は間違いない。奴ら、ここを通った」
低い声でそう言ったのは、黒衣に身を包んだ男。鋭い目つきと、腰に帯びた銀の双剣。その姿は、帝国直属の追跡部隊“漆黒の牙”の隊長、ガルザーク。
「この先にあるのは……廃村と、古の修行場だったな。ひとまず、包囲を整えろ。逃げ道をすべて塞ぐ」
部下たちは無言で頷き、岩陰や森に散っていく。
その頃、剣の谷では――
「……やっぱりね、嫌な気配を感じる」
メリアが、火の前で鍋をかき混ぜながら呟いた。
「気配?」
蒼真が問い返すと、メリアは真剣な顔で鍋を置いた。
「谷に流れる魔力の流れが歪んでる。誰かが、強い意志を持ってこの地を踏みしめたような……そんな感じ。しかも、ただの通行人じゃない。敵意があるわ」
蒼真はすぐさま腰の木剣に手をかける。
「帝国……!」
「たぶん、正解。凛花ちゃんは?」
「メリアと一緒にいたはず――」
だがそのとき、谷の外れから狼煙が上がる。
一瞬の静寂のあと、地響きのような衝撃が谷全体を包んだ。
「来たな……!」
ヴァイスが屋根の上から跳び降りる。背中には鋼の剣を背負っていた。
「蒼真、メリア。凛花を探し出せ。奴らが何人であろうと、俺が時間を稼ぐ。剣の谷に入ってくるには、一本道しかない。そこで迎え撃つ」
「でも、師匠ひとりじゃ――!」
「俺を誰だと思ってる“鬼哭のヴァイス”の名は伊達じゃない。お前らは、今やるべきことをやれ」
ヴァイスはニッと笑い、崖道へと駆けていった。
蒼真は凛花の名を呼びながら谷を走る。
「凛花ーっ!!返事してくれ!!」
すると、森の奥から微かな声が返る。
「おにいちゃ……!」
「凛花っ!」
蒼真が木々の間を飛び越えるように走り、ようやく凛花の姿を見つける。彼女は小さな手で杖を握りしめながら、怯えたように立っていた。
「ごめんなさい……お花を摘んでて……遠くに行っちゃって……」
「いいんだ。よく無事でいてくれた。それで十分だ」
蒼真は凛花を抱き上げ、その場を離れようとするが――突如、茂みの中から黒影が現れた。
「逃げられると思うなよ、小僧」
銀の双剣が、月光のように閃く。
「……ガルザーク……!」
かつてクロエとともに蒼真たちを追い詰めた刺客が、ついに目の前に姿を現した。
「妹を差し出せば、お前の命だけは……とはもう言わん。今度は“証”として、お前たちを連れて帰る。力ずくでな」
「……なら、俺たちも全力で抗う」
蒼真は凛花を背後にかばい、剣を構える。
「凛花、下がってて。今度こそ――絶対に守る!」
彼の手の中で、剣の記憶が再び目を覚ます。
かつての技と、訓練で磨いた新たな力。
今、彼の中に“蒼の剣”が形を取り始めていた。
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『星の守り人 〜妹と歩む異世界の旅〜』は別の小説投稿サイトにて初めて投稿したものです。
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