第5話 逃避行の始まり4
―旅立ちの朝、風はざわめく―
街の朝は、昨日の喧騒とは打って変わって、静かな陽射しに包まれていた。
宿の窓を開けると、遠くの山が金色に染まり、鳥たちがまだ寝ぼけたように囀っている。
蒼真は深く息を吸い込み、背を伸ばした。
「……出発、か」
昨夜の間に準備はすべて整えた。街に潜む帝国の監視者はまだ動いていない――けれど、それは“まだ”というだけのこと。長居はできない。
「お兄ちゃん、これ着て!風が冷たいから!」
凛花が、肩にマントをかけてくれた。淡い赤茶の布地には、小さな刺繍が並んでいる。
昨夜、市場の片隅で見つけたものだ。
「……あったかいな。お前こそ、風邪ひくなよ」
「うんっ!」
背負う荷物は重い。けれど、妹の手の温もりがその重さを消してくれる気がした。
一階のロビーには、既にルディアが待っていた。いつもの飄々とした態度ながら、その眼差しはどこか寂しげだった。
「出発の朝って、どうしてこんなに胸がそわそわするのかしらね。……まるで、舞台に立つ前の気分だわ」
「……ここで、お別れですか」
「そうね。私はもう少し別ルートで動くわ。君たちが目立ちすぎないように、帝国側に“偽情報”を流しておく」
「そんなこと、危なくないんですか……?」
凛花が心配そうに声を上げる。
ルディアはその頭に手を置いて、ふわりと笑った。
「危ないかもしれないけど――楽しいわよ?それにね、凛花ちゃん。私は逃げるのが得意なの」
「逃げるの、得意……?」
「そう。だけど、君たちが“進む”ことを選んだから、私は“影になる”。それだけのことよ」
蒼真は、手を差し出した。
ルディアはそれをしっかり握り返す。
「ありがとう、ルディアさん。俺たちのために……いろいろしてくれて」
「礼には及ばないわ。……でも、君たちが無事に旅を続けてくれること、それが一番のお返しよ」
最後に、凛花をぎゅっと抱きしめてから、ルディアは去っていった。
その背中は、誰よりも静かに、強かった。
街を出て、森の縁に差し掛かった頃だった。
「……っ、待ってお兄ちゃん。あれ……あそこ、誰かいる……!」
凛花が足を止め、小さく指さす。
街道の先――石橋の手前に、黒いローブを纏った男たちが立っていた。
五人。どれもただ者ではない気配を放っている。
蒼真は即座に凛花の前に立つと、腰の剣に手をかけた。
「……帝国の追手か。それとも、別の連中か……」
一人、中央にいた男が一歩前に出る。
蒼白の肌と金属のような瞳――人ではない、異質な存在。
「黄昏の星。星詠みの少女を、引き渡してもらおう」
その声は、冷たく、空気を裂いた。
蒼真は剣を抜いた。凛花が、震えながらもその背中に寄り添う。
「お兄ちゃん……」
「……大丈夫。お前には、絶対に指一本触れさせない」
剣に力が宿る。
蒼い光が、蒼真の手元から波打つように広がる。
――“星剣”、再び。
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『星の守り人 〜妹と歩む異世界の旅〜』は別の小説投稿サイトにて初めて投稿したものです。
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