第48話 風を越えた約束10
霧の谷に一歩踏み入れた瞬間、世界が静まり返った。
木々はどこまでも白く霞み、周囲の音すら吸い込まれるようだった。
「……空気が違う」
蒼真が剣の柄に自然と手を添える。
緊張に満ちた静寂の中で、凛花の手がそっと彼の袖を掴んだ。
「お兄ちゃん、なんだか……記憶の中にいるみたい」
その言葉の通りだった。
森の奥に進むにつれ、視界に映る風景が微かに揺らぎ始める。
どこか懐かしく、しかし確かに“今ではない”もの――
「……凛花。あれ、見えるか?」
霧の奥、白い枝葉の向こうに、ぼんやりと輝く石造りの遺跡が姿を現す。
中央に鎮座する扉には、見覚えのある文様が刻まれていた。
「これは……凛花の“記憶の力”と同じ紋章だ」
近づいた瞬間、扉が淡く光り始める。
だが、次の瞬間――!
――ズゴゴォォン!!
地響きと共に、足元から黒い影がせり上がった。
影は凝縮し、四足の魔物へと姿を変える。
「幻獣……! 記憶が呼び起こした“守り手”か!」
その身体は黒い瘴気に覆われ、瞳は深紅に光っていた。
「凛花、下がってろ!」
蒼真が腰の剣を引き抜き、駆け出す。
魔物は咆哮とともに飛びかかる。鋭い爪が振り下ろされるが――
「《斬風・返し》!」
蒼真はかつて獣人族の戦士との鍛錬で学んだ技を思い出し、
足元の力を抜いて滑り込み、勢いを利用して斬撃を返した。
「甘いか……ッ!」
だが魔物はひるまず、尾をしならせて反撃する。
蒼真は咄嗟に《断界・重剣》の構えをとり、衝撃を受け止める。
「この程度……!」
だが、次の瞬間、魔物の身体に淡い光が走った。
(これは……《記憶干渉》!?)
蒼真の頭に、鮮明な幻が流れ込んできた。
それは――凛花がひとり泣いていた夜の記憶だった。
(やめろ、こんなもの見せるな!)
魔物は、記憶を読み取り、精神を揺さぶってくる。
その目論見に気づいた蒼真は、必死に意識を保ちながら、新たな構えを取る。
「なら――お前にも、俺の記憶を刻んでやる!」
剣を両手で構え、蒼真は深く息を吸い込んだ。
「《斬風陣》――《記憶封刃》ッ!」
彼の周囲に風が渦巻く。
過去に凛花を守るために使った技――《斬風陣》。
そこに、リュカから学んだ記憶の力を重ね合わせ、刀身を光で包んだ。
その刃が、魔物の胸元を貫いた瞬間――
――パァン!
魔物は光に溶け、霧の中へと消えていった。
静寂が戻る。
「……お兄ちゃん……」
凛花が近づいてきて、そっと蒼真の袖を掴んだ。
「だいじょうぶだよ。わたし、見てた。お兄ちゃんが……戦ってくれてたの、ちゃんと」
蒼真は、微かに笑った。
「じゃあ、俺も。次は……凛花が開く番だな」
扉の前に立つ凛花。
彼女の手が、淡く光る文様の中心に触れると――
扉が音もなく開き、奥から優しい風が吹き抜けた。
記憶を映す遺跡の中へ。
それは、兄妹の過去と、未来へ続く新たな道の入り口だった。
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『星の守り人 〜妹と歩む異世界の旅〜』は別の小説投稿サイトにて初めて投稿したものです。
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