閑話 市場の一日
「わあっ……!すごい、ひとがいっぱい!」
朝の陽光が石畳を照らし、行き交う人々の声が賑やかに響く。
兄妹とルディアが訪れたのは、【セランの市】と呼ばれる中規模の交易都市だった。
蒼真は周囲を警戒しながらも、凛花がはしゃぐ姿を見て少しだけ緩む。
昨日までの逃避行が嘘のように、この街は穏やかで、どこか懐かしい空気に満ちていた。
「お兄ちゃん、見てっ!おっきなパンが空飛んでるよ!」
「……それは風精の魔術で浮かせてるだけだ。浮いてるけど、パンはパンだぞ」
「えーっ、でも食べられたら楽しいよね、空とぶパン!」
「胃袋に入ればみんな地面だよ」
「現実的~!」
蒼真の冷静すぎる返答に、ルディアが思わず吹き出す。
「ふふっ、ほんと君たち、いいコンビね。……ねえ、今日はあたしがお金出すから、好きなもの買っていいわよ」
「えっ、でもそれって――」
「一時の同行者からのお礼よ。楽しい思い出のひとつぐらい、持っておかないとね?」
そう言ってルディアが差し出した銀貨に、凛花はぱあっと目を輝かせた。
「すごいっ、これ本物!?お兄ちゃん、これでお菓子買ってもいい!?」
「いいけど……ちゃんとお礼言えよ」
「うんっ!ルディアさん、ありがとうー!」
凛花は手を握りしめると、跳ねるように市場の通りを駆けていく。
「待て、あんまり離れるな!」
蒼真もすぐに追いかけ、気がつけば三人は市場を歩きながら、小さな冒険を楽しんでいた。
果物屋では、見たこともない七色の実をかじり――
「すっぱい!けど……なんかクセになる……!」
香草の店では、香りを嗅いだ瞬間にくしゃみが止まらなくなり――
「っくしゅっ!くしゅっ!……ぐぅっ、く、くせ者だ……っ!」
武具屋では、蒼真が試しに持った短剣を見て凛花が言う。
「お兄ちゃん、それちょっと格好つけすぎじゃない?『影の刃』って書いてあるし」
「名前の厨二感がすごいわね……」
「い、いいだろ名前ぐらい……!」
にぎやかなひとときに、戦いの緊張はどこかに消えていた。
やがて、小さな広場の噴水のそばで、三人は少し遅めの昼食を広げる。
凛花はチーズ入りの焼きパイを頬張りながら、満足げに笑った。
「ん~っ、おいしい……こんなに食べたの久しぶりかも」
蒼真もパンを口に運びながら、小さく笑う。
「……おまえが笑ってると、こっちまで嬉しくなるな」
「えへへ……お兄ちゃんも、ちゃんと食べてね。いっぱい歩いたし!」
ルディアは、そんなふたりを見守るように視線を落とした。
ふと、静かに呟く。
「……ああ、やっぱりいいわね。家族って」
「ん? ルディアさん、何か言った?」
「ううん、なんでもない」
笑顔を浮かべたその瞳の奥に、どこか影があったことに、蒼真はまだ気づかなかった。
その夜。宿に戻った兄妹は、ベッドの上で並んでごろごろしていた。
「お兄ちゃん、今日たのしかったね!」
「ああ、なんか普通に旅してる感じだったな……いつもが慌ただしすぎて」
「また、行こうね。別の街でも。ね、お兄ちゃん」
「……ああ、行こう。もっと、いろんなとこ」
たとえこの旅がどんなに困難でも。
この笑顔のために、俺は何度だって踏み出す。
そう誓う夜だった。
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『星の守り人 〜妹と歩む異世界の旅〜』は別の小説投稿サイトにて初めて投稿したものです。
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