第38話 記録の守人たち7
石門の奥に広がっていたのは、光と風の神殿――天空に浮かぶ回廊のような構造を持ち、浮遊する階段と歪んだ重力空間が絡み合う、常識では測れぬ世界だった。
「わぁ……これ、空を歩いてるみたい」
凛花が目を輝かせるも、蒼真は警戒を緩めなかった。
「どこか、おかしい。空間が……時間と重力が歪んでる。これは、ただの神殿じゃない」
その言葉通り、次の瞬間、通路が“逆さま”にひっくり返った。兄妹は咄嗟に踏ん張り、落下を防ぐ。
「……なるほど。“風の記録”とは、“風が記録した世界の移ろい”そのもの。つまり、この神殿自体が“記録”であり、“試練”だというわけね」
後方から歩いてきたクロエが、懐から風の石片を取り出し、光にかざした。
「この空間には三つの試練があると言われてる。“心”“知”“力”――先ほどは“心”だった。次は、“知”よ」
進んだ先には、巨大な石碑と無数の浮遊する光球が漂っていた。
石碑には、こう刻まれている。
【風は記録する。姿なきものを。音なき声を。真実を告げる“音”を見つけよ】
「音を……見る?」
凛花が戸惑う中、蒼真が周囲を見渡し、目を細めた。
「……あれ。あの光球、揺れ方が他と違う。一定のリズムで、何か言葉を刻んでる」
兄妹は力を合わせ、いくつかの光球を特定し、“音の記録”を再構築していく。
やがて凛花が小さく叫んだ。
「わかった! 『風の記録は、選ばれし者に託される』……!」
直後、石碑が音もなく崩れ落ち、奥の扉が開かれた。
しかし――その先に待っていたのは、“試練”などという甘いものではなかった。
「――まさか、ここで“記録の番人”が出るなんて……っ!」
クロエの声が震えていた。
扉の向こうにいたのは、人型でありながら明らかに“人間ではない”存在。
禍々しい魔力に満ちた仮面の男。
風を纏い、神殿の空間を自在に操るその者の名は――
「“リグナス”……。失われた時代の魔導戦士。記録によれば、かつて神の軍勢に属していた存在よ……!」
リグナスは無言で手をかざすと、神殿の床を反転させ、重力を操作し始める。
蒼真は必死に影を使って体を支えるも、その力は異常だった。
「ぐっ……! 動けない……!」
「お兄ちゃんっ!」
凛花が咄嗟に魔力を練るが、リグナスの指先がひと振りされるだけで、その魔法陣ごと空間が砕け散る。
「強すぎる……!」
その時だった。
クロエが前に出た。
「今は、逃げなさい……! この空間の転移記録を、私が使う……! でも一度きり。私は……ここまで」
「やめろ! 一緒に逃げるんだ!」
蒼真が叫ぶが、クロエは微笑んだ。
「……あなたたちはまだ終わらない。
希望を繋ぐなら、誰かが“ここ”に残らないといけないのよ」
風が唸りを上げ、空間が揺れる。
クロエが石片を掲げ、詠唱を始めた――
「“記録転写・風渡の導路”――!」
蒼真と凛花の体が、風の渦に包まれる。
最後に見たクロエの笑顔は、どこか満足げで、そして切なかった。
「ありがとう。クロエさん……!」
二人が目を覚ましたのは、山岳地帯の静かな谷だった。
周囲に神殿はなく、魔力の気配も微か。
「ここは……?」
「わからない。でも、逃げられたんだ。クロエさんが……!」
蒼真は拳を握った。
今のままでは、到底リグナスに太刀打ちできない。
けれど、それを受け入れるには、あまりにも悔しい。
「強くなる。俺たちで、あの神殿に戻る。そして、クロエさんの記録を……未来を、絶対に無駄にしない」
凛花も頷いた。
その目には、もう迷いはなかった。
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『星の守り人 〜妹と歩む異世界の旅〜』は別の小説投稿サイトにて初めて投稿したものです。
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