第33話 記録の守人たち2
森を抜け、渓谷の道へ出る頃には、日がすっかり昇っていた。
蒼真は背中に剣を背負い直しながら、背後を振り返る。
凛花は疲れた表情ながらも、足を止めなかった。
「ちょっと休憩しようか。水場も近いし」
「うん……そうだね」
二人は川辺に腰を下ろし、水筒を満たす。
水は澄んでいて、冷たく喉にしみた。
だがその静けさの中で、凛花がふと顔を上げる。
「……ねえ、お兄ちゃん。あれ……見て」
彼女の指差す先、木々の間。
黒く焦げたような跡が、地面と木の幹に広がっていた。
まるで何かが“這い回りながら焼いた”かのように、ねっとりと、異様な痕跡が。
「何が……あった?」
蒼真が警戒を強め、剣に手をかけたその時。
――ピシ……
どこからか、木の枝が折れる微かな音。
そして。
「……カエシテ……オクレ……」
まるで人のような、でも人ではない囁きが、川の向こうから聞こえた。
視線を向けた先に、それはいた。
黒く膨張した皮膚。歪んだ人型。
だがその体には、“古代文字のような文様”が浮かび上がり、ゆらゆらと揺れている。
目は虚ろで、だが確かに、凛花を見ていた。
「……あれは……魔物じゃ、ない……」
蒼真が低くつぶやく。
まるで、記録そのものを“喰って肥えた”ような、禍々しい存在。
それは“記録喰い(アーカイブ・イーター)”。
「リ……ンカ……カエセ……」
次の瞬間、地面が炸裂する。
アーカイブ・イーターが地を這うように跳躍し、蒼真へと迫る。
「くっ――!」
蒼真は咄嗟に剣を振るい、魔力を込める。
《焔刃・断空!》
火花と共に剣が魔物を斬り裂いたが、切られた部分がすぐに再生していく。
まるで“記録の再生”のように――
「再生してる……?」
「ちがう……記録を喰って、自分の体を“書き換えてる”!」
凛花が蒼真の背後で声を張り上げた。
彼女の目には、魔物の皮膚に現れる古代の文が見えていた。
「この魔物、失われた記録を集めて、自分の形を保ってるんだ……!
火の記録を継いだ私を“奪えば”、もっと完全になる……!」
「そんなの、させるかよ!」
蒼真は息を整え、再び構えを取り直す。
「凛花、俺が足止めする。君は“記録”の力で、あいつの記録を――壊せるか?」
凛花は一瞬戸惑いながらも、深く頷いた。
「やってみる!」
彼女が胸に手を当て、記録に語りかける。
「火の巫女たちの記憶――“記録の秩序”よ、あの偽りを焼き払って……!」
蒼真が突撃する。
アーカイブ・イーターが咆哮を上げ、闇の手を振り下ろす――
「今だ、凛花ッ!」
凛花が両手を掲げ、詠唱の最後の言葉を叫ぶ。
「《秩序開示・灼封》!!」
彼女の手から放たれた炎が、魔物の文様へと飛び込む。
次の瞬間――
“記録”が、燃えた。
それは単なる火ではない。
“偽りの記録”を上書きする、秩序の炎。
アーカイブ・イーターが悲鳴を上げる。
その体が崩れ、虚空へと消えていく。
やがて、森に静寂が戻った。
「……はあ……はあ……」
蒼真は剣を下ろし、凛花が駆け寄ってくる。
「大丈夫?」
「……ああ。君のおかげで、助かったよ」
凛花は嬉しそうに笑ったが、その目はどこか複雑だった。
「……あの声、最後に“ありがとう”って聞こえた気がしたの」
蒼真は黙って空を見上げる。
記録を喰い、記録として滅びた者。
その存在もまた、記録の一部だったのかもしれない。
「行こう、凛花。まだ旅は……始まったばかりだ」
兄妹は再び歩き出す。
だがその背を、遠くの岩陰から誰かが見つめていた。
今度は、人の形をした“確かな意志”をもって――
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『星の守り人 〜妹と歩む異世界の旅〜』は別の小説投稿サイトにて初めて投稿したものです。
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