第29話 星の巫女と炎の記録8
村の朝は、静かな風の音とともに始まった。
だがその日は、いつもと何かが違っていた。
「……風が、重い」
ナイルが風読具を見つめながら、ぽつりと呟いた。
凛花も、何かを感じていた。
空は晴れているのに、空気の奥底で“ざわつき”が渦巻いている。
「ねえ、お兄ちゃん。風が、ちょっと……怖い」
蒼真は妹の言葉に表情を引き締めた。
「何かあるな。村の周りを見てみよう」
ふたりとナイルは、村の外れ――谷を見渡せる崖の上に向かった。
そこから見える地平線の向こう、森の奥に、奇妙な靄が漂っている。
「これは……魔獣の瘴気だ」
蒼真が唸るように言った。
ナイルも真剣な顔で頷く。
「最近、東の廃鉱跡で何かが蠢いてるって噂があったんだ。村の外に出たら、獣の痕跡も増えてて……でも、ここまで早く来るなんて!」
凛花は一歩前に出た。
「村の人たち、危ないかもしれない……」
「……だったら、迎え撃つしかない」
蒼真は腰の短剣に手を当てる。
「お前らを守るためなら、どんな相手だって――」
だがその時、風の音が変わった。
村の風読具が一斉に鳴り響く。
ゴォォオオオオ――――ン……
それは、警告の音。
百年に一度しか鳴らないといわれる、風の鐘の音だった。
村が騒然となる中、長老マーヤが広場に立ち、村人たちに告げる。
「皆、落ち着きなさい。この風の音は“訪れの風”。
かつて、封印された獣が目覚める時にだけ吹く風です……!」
その言葉に、村人の間に動揺が走る。
「ま、まさか――また、あの災厄が……!?」「逃げなきゃ!」
「待って!」ナイルが叫ぶ。
「ここには巫女がいる! 凛花ちゃんが、きっと風の記録で導いてくれる!」
凛花はびっくりした顔でナイルを見た。
「わたし……そんなに、何かできるわけじゃ……」
「でも、キミは塔で“記録”を受け取ったんでしょ? それは、この世界がキミに託した“風”だよ。オレたち、信じるから」
凛花は不安げに蒼真を見上げる。
蒼真は、しっかりと頷いた。
「やれることをやろう、凛花。俺たち兄妹で乗り越えてきたじゃないか。
今回も……お前がいれば、大丈夫だ」
凛花はぎゅっと胸元の“風の記録”を抱きしめた。
「……うん。分かった。
わたし……風を、読んでみる」
その夜、風がさらに強くなる中、凛花は村の中央に座り、風読具の前で目を閉じる。
記録の力が、胸の奥から静かに呼応する。
「……来る……黒い風が、南東から……三つの足音……」
次の瞬間、村の森の奥から――
「グゥゥウオオオオ……!」
異形の魔獣が姿を現した。獣とも虫ともつかぬ、濁った赤い目をした魔物が、村に向かって突進してくる。
「来たぞ! 全員、守りの体制を取れ!」
蒼真が叫び、先頭に立つ。
ナイルも槍を構えて横に並ぶ。
「巫女の記録がある限り、俺たちは負けない! 凛花、指示を!」
凛花は風の流れを読む。
「右! 一番大きいのが右から来る! お兄ちゃん、風の盾を!」
「了解!」
蒼真が風の魔法陣を起動し、風を巻き起こす。
ナイルもその風に乗って前線を守り、他の村人たちも援護に回った。
激しい戦いの末、三体の魔物は、兄妹と村人の連携によって討たれた。
風が静まり、月明かりが村を包む。
村人たちは歓声を上げる。
凛花はその輪の中で、ほっと息を吐いた。
「お兄ちゃん……わたし、ちゃんと風を読めたよ」
「……ああ。お前、すごかったよ。俺が見た中で一番かっこいい巫女だ」
凛花は笑い、風に髪をなびかせる。
その姿を見て、ナイルも静かに頷いた。
「伝説ってのは……こうして、今を生きる人が作っていくんだな」
風は今夜、彼らの勇気と絆を運んでいった。
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『星の守り人 〜妹と歩む異世界の旅〜』は別の小説投稿サイトにて初めて投稿したものです。
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