第23話 星の巫女と炎の記録2
夜が訪れた。
火山都市イグラノは、昼間の灼熱とは打って変わって冷え込みが厳しい。
宿の窓から、赤黒い地平線の向こうに微かに揺れる星々が見えた。
「……ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
「“消える”って、どういうことなんだろうね。……忘れられるだけじゃなくて、本当に、この世界から、消えちゃうような気がする」
蒼真は一瞬、言葉に詰まった。
けれど、すぐに凛花の頭を軽く撫でながら、ゆっくりと言った。
「たとえ世界が忘れても、俺が覚えてる。そうすれば、凛花は消えない。少なくとも、俺の中ではな」
凛花は小さく笑って、毛布をきゅっと握った。
「……うん。ありがと」
そのころ――
遺跡から少し離れた断崖の上、ひとりの男が赤き谷を見下ろしていた。
灰色の仮面。黒ずくめの衣服。風の音に紛れるように、彼は静かに独り言を漏らす。
「記録の宿主は、あの娘……凛花。
ならば、記憶消去術式の試運転にはちょうど良い」
彼――**記録狩り《ヴァール》**は、かつて帝国の極秘研究機関で生まれた術式兵士。
“存在そのものを忘れさせる魔術”を操り、対象の痕跡を世界から消す異能を持つ。
記録の保管者である巫女たちにとって、それは最も相性の悪い“天敵”とも言えた。
ヴァールの目的はただ一つ――
「記憶を奪い、真理へと近づく」こと。
翌朝。
蒼真と凛花はイグラノを発とうとしていた。
遺跡探索の後、結晶は砕け、記録の力は凛花に刻まれた。
けれど、明確な次の目的地は見えない。そんな時――
「……待って!」
聞き覚えのある声が、宿の前で響いた。
振り向くと、そこには昨日出会った少年――ラグの姿があった。
「俺も……一緒に行っちゃダメか?」
蒼真は少しだけ考えてから、言った。
「旅は危険だぞ。俺たちは“狙われてる”。お前まで巻き込むわけにはいかない」
「知ってる。でも……昨日、炎の遺跡で……何かが起こったんだろ? 俺の兄貴も、そこに消えた。何があったのか、知りたいんだ」
凛花が蒼真の袖を軽く引っ張る。
「一緒に来なくても、少し話すくらいならいいよね? ラグくん、きっと何か知ってることもあるかもしれないし」
「……わかった。じゃあ、一緒に市場で朝飯でも食おう。話はそのあとだ」
三人は焼き魚と粥を食べながら、谷のこと、遺跡のこと、ラグの兄について話した。
その短いひととき。
蒼真はふと、穏やかな風のようなものを感じていた。
“こういう時間が続けばいいのに”
――そう、思った瞬間だった。
ズゥン……!
突然、空気が重く揺れる。
地響きのような不快な波動が街を覆い、人々が次々に足を止めた。
「……何だ!?」
蒼真が立ち上がると、空間の一部が歪んだ。
まるで世界の“記録”が、塗り替えられていくような感覚。
その中心から、ヴァールが現れる。
「……挨拶が遅れたな、巫女の兄よ。俺の名は《ヴァール》。“記憶を消す者”だ」
「凛花、後ろに!」
蒼真が凛花を庇うように立つ。
ヴァールの足元から、黒い煙のような魔力が地面を蝕み始めた。
「さあ、始めよう。“忘却”という名の実験を――君たちの記憶から、互いの存在を消し去る儀式だ」
その瞬間、蒼真と凛花の視界が暗転する。
“存在の境界”が揺らぐ中、ふたりはそれぞれ、最も恐れていた記憶の中へと引きずり込まれていく――。
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『星の守り人 〜妹と歩む異世界の旅〜』は別の小説投稿サイトにて初めて投稿したものです。
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