第20話 追手の影と凍れる谷9
アステリアの地下には、都市の繁栄とは裏腹に、忘れ去られた路地が迷路のように広がっていた。
人の記憶すら売り買いされる“黒市”――そこには、記録図書館の管理下を逃れた「闇の記録」が集まっていた。
その市場にひとりの男が現れる。
漆黒の外套に銀の縁取り。顔の下半分を覆う仮面――
“記録狩り”の異名をもつ、“鏡の協会”の一人、ヴァール。
「……星の巫女が目覚めた、というのが事実なら、対となる“守護の記憶”も近くにあるはず。すなわち、兄の記憶だ」
ヴァールは黒市の一角にある、記憶蒐集屋へと足を踏み入れた。
「“蒼真”という名の少年。彼の記憶を、探してほしい。できるだけ幼少期の深い記録を」
カウンターの奥で笑ったのは、爬虫類のような眼をした老婆だった。
「フフ……あいよ。“強い想い”のある記憶は高く売れる。なにせ、奪えば心そのものが揺らぐからねぇ」
一方その頃――
蒼真と凛花は、記憶図書館の一室に泊まっていた。
長旅の疲れが少しずつ癒え、二人でようやく落ち着いて過ごせる時間。
「お兄ちゃん、これ。図書館の人がくれた“記憶石の手帳”だって」
「記憶石……ってことは、思い出を記録できるってやつか?」
「うん。書いたことを、声で思い出すこともできるみたい」
蒼真は手帳を受け取ると、少し考えたあと、短く書きつけた。
――妹を守る。それが、俺のすべてだ。
「……へへっ。かっこつけてる」
「やかましい。お前も書いてみろよ」
凛花は少し悩んでから、震えるような文字で一行、記した。
――わたしが大事なのは、お兄ちゃんだけ。
そうして微笑み合った時間――それこそが、記憶狩りにとって“狙うべき輝き”だった。
その夜、静かに記憶図書館に侵入した影がひとつ。
彼は封印結界の隙をつき、凛花ではなく“蒼真の記憶石の手帳”を盗み出す。
「大切なものを少しずつ剥がせば、人は簡単に揺らぐ……兄の記憶が揺らげば、巫女も傾く」
仮面の男――ヴァールは、手帳を開き、記憶石に記された文字を読み上げる。
だがその瞬間、光が弾けた。
「……これは、封印文字か」
手帳には、凛花が書き加えていた“もう一文”があった。
――兄の記憶に触れる者、ここに“星の加護”を受けし封を授ける。
ヴァールは一歩下がり、目を細めた。
「なるほど……巫女の力で“記憶を護る結界”を貼ったのか。やるじゃないか、妹のくせに」
彼は舌打ちし、姿を闇へと消した。
翌朝――
図書館の守り人・カストルが、蒼真にそっと告げた。
「昨夜、記憶を狙う影が現れた。記録は守られたが……“敵はすでに近くにいる”」
蒼真は凛花の手をしっかりと握る。
「もう、ここも安全じゃないな……」
「次は、どうするの?」
「移動する。もっと先へ――“星を巡る六つの遺跡”のうち、次の“炎の地”に向かう。そこに、またひとつの記録があるはずだ」
そして兄妹は、再び旅支度を整える。
――黒市の闇が迫り来るなか、蒼真の記憶は一度守られた。
だが、鏡の協会の狙いはまだ終わらない。
兄妹を揺さぶるのは、記憶そのもの。
“奪われた時、心はどうなるのか”――その問いは、確かにこの先に待っている。
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『星の守り人 〜妹と歩む異世界の旅〜』は別の小説投稿サイトにて初めて投稿したものです。
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