1次面接編
唐突に思いついたものを勢いで書いただけです。
内容を深く考えないほうがいいです。
――コンコンコン
ドアを三回ノックする音が部屋に響く。
「どうぞー」
「失礼します」
部屋に入ってきた青年は綺麗な一礼をし、音をたてないように扉を閉める。
青年はスーツに身を包んでいる。しかし、その恰好はほんの少し幼げだ。
スーツを着ているというよりも、スーツに着られているといった印象が大きい。
そんな青年は入出直後、少しあたりを見渡した。
簡素な部屋だ。
装飾はほぼなく、あっても観葉植物が部屋の隅に置いてある程度。
部屋の中心付近にパイプ椅子があり、その目の前は長テーブルが置いてある。
そして、そのテーブルにパソコンを置き、入ってきた青年を朗らかな笑顔で出迎えてくれた男がいた。
キチッっとした髪型に、皴一つなくまるで社会人の模範となるような着こなしのスーツ姿。
年齢はおよそ30といったところか。
青年はそんな男と目が合った瞬間にわずかに心臓の鼓動が早くなる。
だが、こんなところで怖気づいてしまってはこれから始まる試練に勝てるはずがない。
男に気づかれないようにそっと息を吐いた青年。
彼はわずかな動作で心を落ち着かせ、椅子のすぐ横に起立した。
「どうぞ」
男は手を椅子に差し伸べ、青年に座ることを促した。
「ありがとうございます、失礼します」
青年は男の気遣いに感謝しながら、軽い一礼を済ませ椅子に座った。
「――――ッ!?」
彼が椅子に座った瞬間、目の前の男の雰囲気が変わる。
いや、目の前の男の雰囲気だけではない、この部屋の空気そのものに緊張が漂った。
(始まる……!)
青年はごくりと唾を飲み込んだ。
これから始まるのは、人生をかけた大勝負。
先に歩む道が天国か地獄かを決める瀬戸際。
緊張せずにはいられない。
そんな青年の様子を汲み取りながら、男は口角を上げ、こう問いかけた。
「では、あなたの名前を教えてください」
右手を青年に差し出しながら男は最初の設問を口にした。
この勝負、一声目が肝心だ。
相手に緊張を悟られないようにしろ。
相手に自分は有能だと示せ。
覚悟を決めた青年は、自分の名を口にした。
「私は――――就活太郎です!」
ここから先は、大学生、新卒採用の就活生がが送る、将来をかけた戦いである。
***
荒れ果てる荒野。
草木は何もなく、広がる一面の景色は赤茶色の砂地と岩盤。
砂埃を巻き上げながら強い風が体を打ち付ける。
太郎は風に押されそうになりながらも必死に歩き、荒野に佇む丘を登っていく。
「いい面構えだ」
不意に、頂上付近から声が聞こえ太郎は見上げる。
「しかし、惜しいなぁ」
「……何がだ」
「スーツの着こなし方、少しネクタイの結び目が緩い。しかも、就活生であろうものがネクタイの結び目が綺麗な逆三角にならないプレーンノットとは」
「くっ! 言わせておけば!」
頂上から見下ろす男は形も結び方もお手本のようなきれいなネクタイを太郎に見せつけるように締め直す。
「そのネクタイだって、アンタが結んだとは限らないでしょう? 例えば、自分じゃできないから奥さんか彼女に結んでもらったんじゃ?」
「ははっ! 馬鹿なことを。社会人たるものネクタイの一つや二つ結べなくてどうする」
「……まぁ、今はそういうことにしておきますよ」
挑発地味た男の言動に太郎は鼻で笑いながら受け流す。
「まぁいい。雑談はこの程度にしておいて、そろそろ本番を始めようとするか」
「そうですね。俺の体も早くしたいとうずうずしていますよ」
「粋がいい学生は嫌いじゃない。存分に楽しませてくれよ、就活太郎君」
不敵な笑みを浮かべた男はゆっくりと丘を降り始める。
少しづつ太郎との距離が近くなるにつれ、太郎は腰を低く落としいかなる攻撃にも対応できるように神経を研ぎ澄ます。
「では、私の自己紹介からしよう。今回、株式会社○○の1次面接を担当する人事部所属、社畜一郎だ。まずは、ここを受けてくれてありがとうとでも言っておこうか」
不敵に笑う一郎は太郎のことを睨みつける。
流石に太郎も一郎の纏う空気が変わったことを肌で感じた。
もうすぐ始まる。
緊張からか、太郎の頬を汗が伝い、顎に溜まって下に落ちる。
そして、その雫とともに開戦の火ぶたが切って落とされた。
【では、簡単な自己紹介からお願いします】
一郎は走りながら両手を突き出すと、突き出した手の中から剣が顕現する。
「まずは小手調べといこうか!」
顕現した二本の剣を構え、脇目も寄らずに太郎のもとに駆ける一郎。
「その程度の質問、もちろん対策済みだ! 来い!」
天高く手を掲げた太郎。
一郎は何か攻撃が来るかと警戒するが、彼に肉薄することはやめない。
この程度で斬られるのであれば底が知れるからだ。
だが、一郎は確信していた。
こいつは、この程度で斬られるような柔な学生ではないと。
「私は! ○○大学経済学部経済学科に所属する就活太郎と申します! 大学では経済の中でも統計学を専門に学んできました!」
自己紹介を羅列する中、太郎の前に空から一本の剣が降り地面に突き刺さった。
美しいほどの白銀の剣身、鍔には赤い宝石が埋め込まれている。
一目でわかる。
その剣は洗礼されており、いかなるものを寄せ付けないことを。
太郎はその白銀の剣を地面から抜き、一郎の剣と相まみえる。
「統計学は膨大なデータから導き出される規則を明らかにする分野です! その膨大なデータから答え探し出すことは根気のいる作業です!」
一郎は2本の剣を、太郎は一本の洗礼された剣。
二つが交錯した時、
「やっぱいいな! お前!」
「その答えを探す中で培った粘り強さを御社で活かしたいと考えておりますッ!!!」
太郎が言い終わると同時、一郎の二つの剣は太郎の一本の剣によって粉々に砕かれた。
しかし、太郎の攻撃はそこで終わることはない。
足を切り返し、神速の二撃目を一郎の首めがけて繰り出す。
「じゃあ、次は」
邪悪な笑みが一郎から零れた。
太郎に悪寒が走る。
何か、悪い予感が太郎の体を駆け巡る。
それでも、太郎は剣を止めない。
ここで仕留める覚悟をもった剣をそうやすやすと止めることはできない。
【学校生活で頑張ったことを教えてください】
2つ目の設問が一郎の口から放たれる。
瞬間、一郎は驚愕の行動に出た。
「一撃目はそりゃ簡単だろうな。誰でも予習復習するところだ。でも、ここからは人によって答えが変わる。ネットの情報を鵜吞みにすればすぐにふるいにかけられる。お前はどっちだろうな?」
迫る太郎の剣を、一郎は右手一つで受け止めたのだった。
「クソ!? なんで2問目でそれなんだよ!?」
「クク……もしや、大学の先輩が残してくれた情報の順番を覚えていたのか?」
虚を突かれた太郎はコンマ数秒反応が遅れる。
その隙を逃すほど一郎は甘くない。
すかさず太郎から剣を奪い、そのままどてっぱらに豪快に拳を一つお見舞いした。
「ガハァァ!?」
「いい声で鳴くな! だが、この程度でくたばるんじゃねぇぞ!」
体中の空気が口から吐き出た太郎は跪きそうになる。
しかし、ここで倒れるわけにはいかない。
落ちそうな体を強引に止め、次の攻撃に備えるために一郎の姿を視界にとらえる。
「さぁ、次はどうする?」
新たな剣を手にしている一郎は今まさに太郎の首めがけて剣を振り下ろしていた。
面接において、答えるまでの間が長いとそれだけでマイナス対象になってしまう。
しかも、この【学校生活で頑張ったこと】など超頻出質問の一つだ。これをスムーズに答えることができなければ、明らかな準備不足と判断されるのは当然の理。
(終わりか? 案外あっけなかったな)
剣を振り下ろすさなか、一郎は心の中でそう呟いた。
いくら順番が変わろうと、練習していればこの程度答えられるはず。
少し期待していただけ、彼は太郎に対して落胆を感じてしまった。
「ここだ!」
しかし、人生をかけた戦いをここで終わらせるほど太郎は甘くはない。
太郎が欲しいのは時間。冷静になる時間さえあれば練習した言葉を紡ぐことができる。
ならば、学生側が持つ数少ない能力をここで使うしかない。
「スキル発動【冒頭復唱】! 私が学校生活で頑張ったことは!」
この言葉を紡いだ瞬間、コンマ数秒が一秒に。
彼の世界の数瞬が引き延ばされる。
就活生側にできる小技はそう多くはない。
そもそも、日本の面接の形態上ただ受け答えをするだけの場になるため、これは避けることができない。
だが、この【冒頭詠唱】はあらゆる就活生を救った奥義の一つだ。
与えられるのはたかが一秒程度。だが、その一秒が就活生に猶予を与え、冷静になる時間をもたらしてくれる。
しかも、文章の構成的にもほぼ問題がないと来た。
誰にが使えて、絶大な効果をもたらすこの能力。
「就活太郎ッ!!」
抗う太郎に一郎は嬉しそうに笑う。
太郎は奥義によって引き延ばされた時間を利用して剣を一郎の剣戟を躱しながら剣を奪い返し、追撃を試みる。
「居酒屋のアルバイトです! 人生で初めてのアルバイトで仕事を覚えたり、お客様への対応の仕方に苦労したりしました!」
鋭い剣筋が一郎の喉めがけて飛んでいく。
緊迫、覚悟。そんな思いを乗せた一撃。
だが、相手は社会人として圧倒的に上の立場。
時間を引き延ばした太郎の高速の攻撃を一郎は必要最低限の動きだけで回避する。
「中でも、私のミスが原因でお客様に不快な思いをさせてしまったことがありました。その時、私は同じ間違いを犯さないように先輩や社員の方々に対処法を聞きました!」
一郎は攻撃を止めることはない。
止めしまえば隙が生まれる。
そんな隙を逃すほど一郎が甘くないことは分かっている。
だからこそ、彼は攻撃を続けるしかなかった。
「そして、様々なことを覚えて接客ができるようになった時、一度不快な思いをさせてしまったお客様から『いい仕事するようになった』と言ってくれました!」
「ぐっ……」
畳みかけ攻撃のさなか、太郎の一つの剣戟が一郎に届く。
「この経験から、私はできなことでも根気よく立ち向かい解決する大切さを学びました! この経験を御社で活かしたいと考えていますッ!!」
一撃が入ったことを機に、太郎の剣戟がさらに激しく舞う。
しかし、一郎は一撃を許したものの、すぐに態勢を立て直し一郎の攻撃を全ていなし、受け止めた。
それから二人は一度距離を置いた。
「一撃、入れましたよ」
にやっと笑った太郎は一郎の傷ついた服を見つめる。
「もしや感銘でも受けてしまいましたか?」
「ふっ、馬鹿なことを。まぁでも、ネットの文章をパクったような言い回しではなかったことは褒めるべき点ではあるな。客からの激励もあったというオリジナル性もある。悪くない」
「そりゃどうも」
顎に手を当てながら太郎と向かい合う一郎の表情はどこか楽しげだ。
「でも、これで終わりじゃないだろ?」
「当たり前だ。ここからどんどん深堀をしてやる」
言い放った一郎は飛び上がり太郎のはるか頭上で停止する。
「せいぜい、内容に矛盾がないように必死に頭と口を動かして対応することだな!」
一郎は勢いよく両腕を広げる。
すると、彼の背後に無数の魔方陣が展開された。
数多の魔方陣は一郎の腕の振りに合わせ太郎に照準を合わせる。
「受け切れよ」
「言われるまでもなく」
たった一言、一郎の放った言葉に太郎は静かに答えた。
その瞬間、魔方陣は高速回転を始め、激しく光りだす。
【その取り組みの中で、最も困難だったことは何ですか?】
質問文を読み終えると同時、魔方陣から超高速の光弾が太郎のいる地上めがけて放たれた。
「ちっ! そっちで来たか! 今回はことごとく予想が外れて嫌になるぜ」
悪態をつきながらも、迫る光弾を太郎は躱していく。
身のこなしで避け、崖の下に潜り込んでやり過ごし、時にはぶった斬る。
「にしてもいいのか! 面接官が矛盾がないように頑張れなんて言って! まるで嘘を黙認してるみたいだぜ!」
縦横無尽に荒野を駆けまわる太郎は、少しの隙を作ろうと一郎に言葉を飛ばす。
「確かになぁ、就活において嘘をつくことはご法度だろう」
「ならどうして?」
「簡単だ、俺は就活で嘘をついてもいいと思っている。上層部が許してくれるとは思わんがな」
鼻で笑った一郎は逃げ回る太郎を目で追いかける。
「就活は化かし合いだ。どれだけ上手く相手を騙すか。そのためにはしっかりとした理論や喋り方、何よりも嘘をつくという覚悟が必要だ」
一郎が手を天に掲げるとさらに魔方陣の数が増える。
その数はざっと百を超え、太郎も流石に躱しきることができなくなってきた。
直撃は何とか避けてはいるが、光弾が引き起こす爆発に身を焼きスーツは部分部分が焼け焦げ、身体には火傷ができる。
「嘘をつく。言葉では簡単だが、それを成しえるにはそれ相応の能力が必要だ。つまるところ、優秀な学生は嘘をつくのが上手いって話だ」
「なるほど、つまり嘘をついてもその話の整合性がとれていればアンタには関係ないってことか?」
「ご名答」
「よくできました」と言わんばかりの表情で彼は太郎のことを睨みつける。
「さぁ、雑談はこの程度でいいだろう! 答えられなければお前はここで落ちることになる!」
一郎が語気を強めると同時、背後にあった魔方陣が集まり一つの巨大な魔方陣に形を変える。
天を覆い隠すほどの魔方陣は回転し、エネルギーを充填させる。
「アンタの言い分はよく分かった。嘘をつけるのは優秀な奴っていうのも納得できる」
一通りの話を聞き終えた太郎は一つの崖めがけて地を駆ける。
しかし、これほどの巨大な魔方陣から放たれる光弾から逃げ切れるすべはない。
「でも」
一郎には聞こえないであろう声で、彼は否定する。
その刹那、エネルギーが溜まった魔方陣からはこの荒野全てを覆い尽くすのではないかというほどの光弾が姿を現した。
それはもはや隕石と形容するにふさわしい。
「終わりだ」
一郎が腕を振り下げると光弾は地上めがけて射出される。
台風のような風と激しい轟音をまき散らしながら迫る。
太郎は走ることをやめない。
振り返ることもなくただ一点を目指して走り続ける。
しかし、太郎が光弾に対して何かする素振りは一切ない。
ただ、光弾から少しでも離れようとしているだけだった。
そして、光弾は見る見るうちに地上に近づき、大爆発を起こす。
地獄絵図や天変地異、といった言葉が正しい光景を一郎は天空から見下ろしていた。
「……無理だったか」
多少の抗いこそしたものの、太郎はここで散ってしまった。
面接の猛者ではないことを一郎は一目見た瞬間に分かっていた。
むしろ、面接は初めてなのだろうと思っていた。
「……次に行くか」
一郎は巨大なクレーターができた地上に背を向け、次の面接に向かおうとした。
「俺は!」
背後から声が聞こえる。
「それでも――真実で戦いたい!」
一郎が振り返ると、そこには服をボロボロにしながらはるか天空まで飛んできた太郎の姿があった。
「私がこの経験で一番困難だったことは、お客様に合わせて柔軟に対応を変えることです! お客様が今何を望んでいるのか! 何をしたら気持ちがよい食事をしてくれるか! それを見極めることが最も難しく、何度も何度も間違った対応をしてしまいお客様を困らせたことがありました!」
「お前! どうしてここに!」
あまりの出来事に一郎の反応速度はゼロと化す。
「そこで、私は様々なお客様を見てどのような行動をするお客様が何を欲することが多いかを分類しました! これは私が大学で学んでいる統計学の分野に非常によく似ていており、大学で学んだことを活かせました! ほかにも、積極的に先輩にアドバイスをもらいました!」
太郎は一気に一郎に肉薄する。
そして、剣を振り上げ――
「その結果、私はお客様に心地の良い接客をできるようになりました!」
「ぐあぁぁ!?」
一郎に袈裟斬りを放つ。
右肩から長い一本の傷口を負った一郎は空中に身をとどめることができなくなり、落下する。
だが、それは太郎も同じことだった。
「まさか、お前、爆風と一緒に!」
「そうだ! お前の放った光弾の爆風に乗ってここまで飛んできたんだ!」
落ち行く中、二人は睨みあう。
太郎は飛ぶことはできない。
だからこそ、一瞬の機転で爆風を利用して飛び上がることを思いついた。
とはいえ、タイミングがコンマ数秒でも遅れれば死んでしまう自殺行為。
それを彼はやってのけたのだ。
「……素晴らしいッ!」
終わると思っていた奴が生きていた。
これでまだ面接を続けられる。
面接官である一郎にとってこれほど嬉しいことはなかった。
「今日は有象無象としか面接をしてこなくて退屈だったが、今日はいい日になった!」
一郎は無邪気に笑う。まるで、子供がおもちゃを見つけた時のように。
「今の回答は実にいい! 過去の失敗を話しながらその改善策を盛り込み、なおかつ自身の専門分野を活かした問題解決! しかも、一人ではなく先輩にも話を聞いたというところがまたいい! 学んだことの応用力を示しながらさらっとチームの経験を入れるのは相当ポイントが高い」
べた褒めを始めた一郎は空中で態勢を立て直す。
「もう少し、もう少しお前のことが知りたくなってきた」
「でも、今日は1次面接。そう時間は長くとれないと聞きましたが?」
「だからこそ、ここからは少し手短に終わらせようか」
一郎は指笛を吹く。
甲高い音がこの世界に木霊する。
すると、
『ギャアアアオオオスッ!!!』
どこからともなくけたたましく、低い鳴き声が聞こえてくる。
その鳴き声の持ち主は一気に一郎に近づく。
「けッ! この世界は何でもありだな!」
太郎は近づいてくる何者かの正体が分かった。
全身が黒い鱗に覆われ、瞳は黄色くその中で黒い瞳孔が縦に割れて眼力を凶悪なものに変貌させている。
その姿はまさに伝説上の生き物『ドラゴン』そのものだった。
一郎は近づいてきたドラゴンの背中に乗り空を滑空する。
「じゃあ、そろそろ本題に入ろうか」
「今までも本題だっただろ」
落下を止める術がない太郎はバサバサと力強い羽ばたく音を奏でるドラゴンを見据える。
「受け止めて見せろ!」
一郎はドラゴンを操り、一気に降下を始める。
ドラゴンが持つ飛行能力と重力による落下速度が合わさり、凄まじい速度で太郎に接近する。
【あなたが弊社を志望する動機を教えてください】
その質問は形を変え、一郎に1メートルほどの斧を与える。
「やっぱり聞くよな、1次面接は」
就活頻出質問どころではない。
志望動機など、1次2次最終問わずイレギュラーがない限り必ず聞かれる質問だ。
故に就活生はここから突破口を開く人も多い。
だが、一見簡単そうに見えるこの設問こそ、一番深みが出る質問であることは間違いない。
しかし、世の中で志望動機に深みを出せる学生がどれだけいるか。
(今や、ネットで様々な情報を調べられるこの世の中。素晴らしい世界ではあるが、反面就活生に固定概念を植え付ける要因にもなっている)
斧を構えた一郎は現代社会の弊害を憂う。
(やれ面接はこう言え、これを言ってはいけない。そんな情報が就活生を雁字搦めにしている。だからこそ、会社説明をコピーするような学生、具体的な内容を言わず説得力のない上っ面だけの就活生が多発する)
面接官からしたら、自社の会社の説明など聞きたくもないし、見え見えの嘘など時間の無駄だ。
(結局、就活生なんざ二つに分かれる。側だけ取り繕う上っ面だけの人間か、真実か嘘どちらであれ時間をかけて中身を詰めた芯のある学生――)
「お前は、いったいどっちなんだろうなァ!!」
怒りにも似た感情を表に出す一郎。
人事として、彼は素晴らしい学生を通すことは本望。
だが、優秀な学生などほとんどいない。
だからこそ、少し変わった受け答えをした太郎に一郎は期待している。
「この程度で終わるなよ」
彼の怒りにはこんな思いが込められているのかもしれない。
「終わらねぇよ」
太郎は目を瞑り、声を零した。
「この程度で、終わるわけにはいかねぇんだよッ!! まだ1次面接だぞ! お前を倒せねぇでこれから先の敵にどう立ち向かうていうんだよッ!」
声を荒げた直後、太郎の首に白銀の笛が現れる。
彼はその笛を勢い良く吹く。
一郎の攻撃が届きそうな時、その笛の効果が現れる。
「何ッ!?」
突如、光の筋が太郎を掻っ攫い窮地から脱出した。
光は徐々に収まると、そこにはドラゴンと同じ架空の存在として知られるものがいた。
見た目は馬だ。白い体を持ち、毛並みは遠目から見ても最高のものだと一目でわかる。
そして、何よりもその背中からは何色にも染まっていない一対の純白の翼を生やしていた。
間違いない。
太郎が呼び寄せた存在。それは『ペガサス』だった。
「その対策を俺がしていないとでも?」
当たり前のように軽く笑った太郎は、ペガサスを操りドラゴンと相まみえる。
片や力強く飛び続け、片や優雅にその場にとどまる。
「では、聞かせてもらおうか。お前のその対策とやらを!」
一郎の乗るドラゴンの翼が鳴動し、一直線に太郎に肉薄する。
爆速で進む速度は太郎の反応のはるか外。
だが、今は相棒がいる。
「あぶねッ!?」
ペガサスは主人を護るために己で行動を開始する。
ドラゴンの強勢なものとは異なり、優雅にも見える動きでドラゴンの攻撃を掻い潜る。
『ブルルルゥ!』
ペガサスは主人に対に発破をかけるように嘶く。
まるで「しっかりしてよご主人様!」と言っているようだった。
「そうだな、多分これが最後の攻防だ」
太郎は大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。
1次面接の時間はそう長くはない。
おそらく、この質問とその関連質問で幕綴じだろう。
ならば、今こそ全身全霊を持って一郎を討つべきだ。
「変化せよ! 我が聖剣! 打ち倒さんがためにッ!」
太郎は剣を横に振ると、剣筋が空中に残る。
剣筋の中に剣が吸い込まれると、その姿を見る見るうちに変えていく。
先端に刃が取り付けられ白銀の穂ができる。
穂の付け根には剣に取り付けられていた赤い宝玉が埋め込まれており、神秘的な雰囲気を放つ。
剣は槍に姿を変えた。
これで、神話に登場するような騎手の武器を手に入れた。
まぁ、汚れたスーツ姿というかなり特殊な姿をしているが。
「さぁ、踊るぜ!」
太郎を乗せたペガサスは一郎のドラゴンめがけて空を駆ける。
「最後の駆け引きだ! 思う存分楽しみやがれ!」
対する一郎もまた、太郎の全力の攻撃を向かい討つ。
小手先など何もなし。
力と力、技と技のぶつかり合いが今、幕を開ける。
「私が御社を志望する理由は! 御社の企業理念である【お客様のためなら何をやってもいい】に強く惹かれたからです!」
――二つの相反する存在が、空中で交錯する。
「私はアルバイトの中で接客業ではお客様のことを思って行動することこそが長期的にもプラスになることを知りました! 何より、お客様により良いサービスを提供することこそが接客業の本質であることに気が付けました!」
――一郎の振るう斧は全てを切り裂かんほどの威力を持ち。
「そして、御社では企業理念の通り社員一人一人がお客様を思ってその場で行動ができる! これは、他の会社にはない強みです!」
――太郎の槍は相手の呼吸の隙をつくような的確で。
「そして、私は御社でなら多くのお客様を楽しんでもらえると思い御社を志望いたしましたぁぁあ!!!」
飛び交う攻撃たちが甲高い音を奏でる。
ほぼ互角の戦いだ。
膠着状態に移行しようとしたその時、一郎が次の動きを見せる。
【では、どうやって楽しませたいですか?】
一郎の問いは形を変え、周りの空間を歪ませる。
歪んだ空間は徐々に形を変え、いくつもの手斧をそこに出現させた。
「次だ」
短い言葉を零した一郎が手を太郎にかざすと、手斧が勢いよく射出させる。
「数が多いな……でも、問題ない! なぁ相棒!」
迫り来る攻撃を見据える太郎はペガサスを軽く撫でる。
すると、ペガサスは軽く嘶き彼に答える。
軽く目を閉じ息を吐いた太郎。
集中力を極限まで高めた彼は、カッと目を見開きついに攻撃と相対する。
「私は! アルバイトの経験で培ったお客様にそったニーズにお応えして楽しませたいと考えております!」
一直線に迫り来る2本の手斧。
その隙間はペガサスの胴体が通れるかどうかのわずかな隙間。
しかし、他の手斧が四方八方から飛んできており太郎たちの退路を塞いでいる。
「平凡すぎる受け答えだな! 万策尽きたか!」
「まだまだこっからだ!」
太郎はペガサスの手綱を引くと、目の前の二本の手斧に突っ込んでいく。
わずかでも操作がずれればペガサスに手痛い傷を合わせてしまう。
それでも、彼と彼を信じる相棒は臆することなくその間を通り抜ける。
「しかし、それだけでは御社でお客様に楽しんでもらうことはできません! そこで、様々なお客様のお話を聞いて、どうしたら喜んでもらえるかを試行錯誤したいと思っています!」
以心伝心。
互いの想い、思考が伝わっていなければできない芸当。
それを彼らは成し遂げたのだ。
「それを避けるか」
感心したような声を漏らす一郎は、右手で虚空を掴むという奇妙な行動に出た。
しかし、止まらぬ追撃を掻い潜る太郎にその仕草は見えていない。
「その際も、大学で学んだ統計学を参考にお客様の傾向を探し、様々なお客様に対応できるようにしたいです!」
やる気の炎を瞳に宿す太郎。
避け、受け流し、迎撃し、軌道を逸らし、撃ち落とす。
全て上手くいくわけではない。
掠った腕からは血が吹き出し、美しかった穂が刃こぼれをする。
でも、彼の瞳に迷いはない。
彼の信念は誰にも砕くことはできない。
「そうして、私はお客様に喜んでもらえるようにしたいと思っていますゥ!!!」
太郎は最後の手斧を渾身の力で叩き落とす。
ありとあらゆる方法を使い、猛攻撃をやり過ごした。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
太郎は息を荒げ落ちていく手斧を見下す。
「どうだ……捌き切ってやったぞ!」
やり切った太郎は見上げて一郎のことを一瞥する。
だが、太郎の視界に映った彼は――嗤っていた。
【弊社は接客業ではありますが居酒屋とは全く違います。それでも、経験を活かせると思う根拠はありますか?】
虚空を掴んでいた右手を思いっきり引く。
「悪いな……もう一つ試させてもらう」
太郎にその言葉は聞こえなかったが、それに変わる情報を彼は捉えた。
キラリと光る一筋の線が空中に描かれいる。
太郎はそれがワイヤーであると直感で理解する。
そして、そのワイヤーの先端を彼の右手が握っていた。
では、その線はどこに繋がっているのか。
「まさかッ!?」
再び落下していく手斧を見る。
手斧は物理法則に沿って落下していた。
――たった一つを除いては。
一つだけワイヤーと繋がれていた手斧があった。
そして、その手斧は一郎が引っ張った力と共に三度上空へと舞う。
「よけ――ッ!?」
一郎と太郎と手斧の位置関係は最悪の一直線。
予測不能の攻撃に太郎は反応が遅れ、ペガサスに指示が出せなかった。
『ヒヒーーン!?』
ペガサスの右翼を大きく切り裂いた手斧は赤い鮮血を撒き散らしながら上昇する。
当然、翼を大きく損傷したペガサスにもう飛翔することは許されない。
バランスを崩したペガサスは太郎のことを空中に落とし、一緒に地上に落下する。
「クソッ! そこを深掘りしてくるのは想定外だッ!?」
様々な面接対策を用意していた太郎だが、深掘り系の質問はその日の面接官にやって全て変わってくる。
何もかも対策することは不可能だ。
(捻り出せ、この場を打開する方法を! こんなところで落ちるわけにはいかねぇんだよ!)
高速落下の中、太郎はこの状況を挽回する策を探す。
(居酒屋とは違う! でも、関連性はあるはずだ! 考えろ! 考えろ俺! 何かあるはずだ!)
目まぐるしく回る脳内。
一つの答えを導くために脳が焼き切らんばかりの回転を見せる。
――だが。
(……駄目だ、なにも、思いつかない)
面接は終盤。
これまでは対応策でなんとか乗り越えてきた。
でも、もう手札も集中力も底をついた。
万策尽きた。
「終わったか……他の就活生と比べれば、楽しませてもらったぞ」
落下する太郎を見下ろしながら、一郎は少し残念そうに呟く。
(クソ……本当に、もうないのか……?)
諦める姿勢は見せない。
それで答えが見つかるかどうかはまた別だ。
太郎は目を閉じ、この見たくない光景から目を離す。
その瞬間、瞼の裏にある光景が焼きついた。
『いいかい就活くん? 確かに君のやってることはいろんな客に対応できるよ。でもね、接客の本質ってのは変わらないんだ』
(これは……店長? 確か、俺がバイトで色々試行錯誤し始めた時の話か?)
『いかに客を一番に考えられるか。それが、接客の本質さ。まぁ、うざい客とか二度と見たくない客とかもいるけどな。それは例外だ、放っておけ』
(店長がそれ言っていいのかよ)
『何が言いたいかって、君の今のやってることはいつか花開く。それは、ここだけじゃ終わらない。接客ってのは客のためにどれだけ行動できるかが一番大事だ! 違う接客しても、君はやり方を変えればきっと大丈夫! さ、真面目な話は終わりで仕事戻るよ!』
(店長……)
自分のやり方に迷っていた時の記憶だ。
なぜ今思い出すか。
そんなもの、簡単な話だ。
「接客の本質は変わらない、か。あの人、チャランポランのくせにたまにいいこと言うんだよな」
クスクスと、思い出し笑いをする太郎から緊張感が消える。
「そうだよな……やることが変わっても、目的は変わらない。大切なことを忘れるところだったぜ」
太郎は店長からもらった言葉を心で盛大に燃やし、最後の気合の火を灯らせる。
「相棒ッ!!!!」
『ヒヒーーンッ!!!』
心に業火が灯ったと同時、一心同体であるペガサスにも気合いが入った。
太郎とペガサスは目を合わせると、太郎が上にペガサスが下に移動して互いの足の裏を合わせる。
そして、ペガサスの持つ全ての膂力を使い太郎のことを蹴り上げる。
「なんだと!?」
強靭な脚力に打ち上げられた太郎は見る見るうちに天へと昇る。
そして、遂には一郎と同じ高度に飛び上がる。
「さぁ! これで終わらせるぜ!」
ボロボロの槍の構えた太郎は思いっきり体を捻る。
「来い! この逆境に打ち勝って見せろ! 就活太郎ッ!!」
どれだけ終わったと思って喰らい付いてくる。
これほどの就活生の面接をすることができた一郎は笑うしかなかった。
「確かに! 居酒屋と御社とでは仕事内容は全く異なります! しかし、お客様を楽しませるという接客業の目的は変わらないと考えています! そのため! お客様を楽しませるために試行錯誤した経験は例え業者が違えど活かせると考えます!
太郎は言い切った。
絶体絶命から答えを導き出したのだ。
「これで、終わりダァァァァァ!!!」
太郎は咆哮と共に体の捻りを解放する。
腰から肩に、腕に、手に、そして槍に力を伝え、全身全霊の投擲を一郎に――ではなく、彼の乗るドラゴンの左翼に向けた。
一郎に攻撃しても百戦錬磨の彼には寸前で躱される。
ならば、意識の外。
ドラゴンを攻撃すればわずかに反応が遅れるはずだと太郎は考えた。
その考えは的中し、一郎は回避行動が遅れ白銀の槍がドラゴンの翼を穿つ。
飛行能力を奪われたドラゴンは一郎を手放しながら落下し、太郎も自然落下を始める。
凄まじい速度で落下する。
お互いにそれを阻止する術はもうない。
そして、わずか数秒後に轟音と瓦礫を撒き散らしながら地面と再開した。
――ガラガラガラ。
瓦礫をかき分けながら、先に地上に出てきたのは一郎の方だった。
体は見ていられないほどボロボロだ。
仕立てのいいスーツはもう見る影もない。
身体中からは大きな傷小さな傷が無数にあり、立っているのすらやっとだった。
「……さっさと出てこい。もう終わりだ」
「バレてんのかよ」
「人生の厚みが違うんだよ。お前程度の人生の気配、感じ取れないわけがない」
「八年ぐらいしか変わらねぇくせに」
一郎の背後の岩陰から右腕をダランとした太郎が現れる。
「八年もあれば時代は変わる。ゲームのグラフィックなんて見れば分かるだろ?」
「ゲームなんてするなんて意外だな?」
「社会人の嗜みだ。お前も趣味を持っていた方がいい」
「余計なお世話だ」
鼻で笑った太郎は、もう一郎に戦意がないことを察しふらつく足取りで近づいた。
【最後に、何か質問はありますか?】
近づく最中、面接定番の逆質問を太郎に投げかける一郎。
「疲れてるところ悪いが既定でな」
「必要なことだろ? 俺も準備してたから問題ねぇよ。それに、逆質問は攻撃するところじゃねぇ」
それから、太郎はいくつかの逆質問をする。
とはいえ、もはやここは擦り合わせの段階だ。
入社してからのギャップがないかどうか、実際の仕事場の環境はどうかなど、そういうことを聞く場だ。
さっきのようなバチバチにやり合う瞬間ではない。
「他には?」
「いや、もうない。聞きたいことは聞けた」
「そいつはよかった」
質問が終わると同時、太郎は一郎の元に辿り着く。
それから、お互い軽く笑い合い一郎は手を差し伸べる。
「いい面接だった。身だしなみは少し直した方がいいが、受け答えは矛盾もなく就活軸も見えていい感じだった。まぁ、総評で言うならまぁまぁってとこだな」
「素直に褒めるってことをしらねぇのか?」
「お前みたいなちんちくりんにはまだ早い」
不服そうに顔を顰める太郎に一郎は少し呆れる。
「だが、楽しかった。お前みたいな就活生に会えたこと、感謝する」
「お世辞じゃないと信じますよ」
「そうしてくれ。決めるのはお前次第だ」
「捻くれてるなぁ」
「社畜になるってのはこういうことだ」
「なりたくねぇ」
社会人の闇を垣間見た太郎は苦笑いを浮かべる。
「じゃあ、これで面接を終える」
「まぁ、今日はありがとな。正直、俺も楽しかった」
差し出されていた手を握り返した太郎。
その瞬間、この世界が崩壊を始める。
もう、数える間に現実世界に戻ることになるだろう。
そして現実世界に戻る直前、一郎は朗らかに笑う。
「頑張れよ若人! 応援してるからな!」
そうして、彼らの戦いは幕を閉じたのだった。
***
「では、本日の面接はここまでです。今日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました!」
面接が終わった太郎は最後まで気を抜かず、礼儀よく退室し会社を出る。
「……はぁぁぁ! 緊張したぁ! よかった最後の質問答えられて、あざっす店長! 今度お礼言っとこ」
そう言いながら彼は慣れない革靴を踏み潰しながら帰路に着く。
「なんか……右腕痛ぇ……なんで?」
なんだこれ?
続けるとは思いません。
ただ、もしも2次面接編とか最終面接編とか読んでみたいという方がいたら、コメント欄に気軽に書いてください。
もしかしたら書くかもしれません。