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9.捨てられる運命

この騒動の中心人物であるはずのサリエラだったが、結局、一言も言葉を発することなく話し合いは終わってしまった。


誰もいなくなった部屋でぽつねんと座っていると廊下からメイドたちの話し声が聞こえてくる。


「ライオット様はルシア様とご結婚なさるのかしら」


「そうなったらユシベル領は他家に移るでしょうね、ユシベル領主になりたい方々は多いもの」


「ライオット様はどうしてルシア様をお選びになったの?ユシベル夫人としての教育を受けてきたのはサリエラ様なのに」


「優秀な殿方でも恋心は思うようにならないってことね」


ふたりはケラケラと笑って応接室の扉を開け、まだサリエラが残っていることにひどく驚いた。


「申し訳ございません、皆様、お帰りになられたと思って」


謝罪をするメイドにサリエラは言う。


「片づけたいわよね、ごめんなさい。もう帰ります」


サリエラはそう言って立ち上がろうとしたが、テーブルの上に並べられた誰も手を付けなかった紅茶たちがひどくみじめに見えて座りなおすと、


「これを飲んだら帰るわ」


と言った。


「新しいものを淹れなおします」


メイドはそう言ったがサリエラは、

「これでいいわ」

と首を振り、ソーサーを手に取った。


それはすっかり冷たくなっていてちっとも美味しくはなかったのだが、ただ捨てられるだけの紅茶が我が身に重なるようで哀れに思えたのだ。



メイドの言うようにルシアがライオットと婚約をすれば、ユシベル領地を管理する権利は他家に奪われるだろう。

領地を治めるだけの力量がない者にその権限を与えておくほどユシベルを取り巻く環境は優しくはない。


領地の一部を残してもらえれば御の字、ともすれば他家に仕える立場に落とされる可能性すらある。



ユシベルは元々、地方を治める一族が集まってできた集団でしかなく、そこに血縁関係は存在しない。

強者が弱者を飲み込むのは当たり前のことで、彼らがこの騒動をかぎつけたのなら黙っていないだろう。


それくらいのことはライオットにも充分に分かっているはずなのに、なぜ彼はルシアを選んだのだろう。


どうしてもルシアを妻にしたかったというのだとしても、先ほど彼は否定の言葉を口にしており、ルシアへの情熱ゆえの行動とも思えない。


しかし、サリエラが知る彼は間違いなくルシアに思慕を抱いており、カガル子爵が表現したようにふたりはまるで恋人同士のようだった。


ルシアにとろけるような甘い顔を見せていたライオットと、今日のライオットは明らかに違ったが、それももはやどうでもいいことだ。


サリエラとライオットの婚約は間もなく解消されるだろうが、ユシベル領のために学んだ知識は他でも活かせる。


妹に婚約者を奪われたサリエラに良縁が来るとは思えないが、領地経営ができる夫人を必要とする家は一定数はあるはず。

そういった家ならば自分を引き取ってもらえるかもしれない。




サリエラは冷たくなった紅茶を飲み干してから応接室を出て、エントランスへと向かった。


そこには執事長が待っており、まっすぐにサリエラを見つめている。


彼は、あからさまな態度にこそ出さなかったが、子爵令嬢のサリエラが侯爵夫人になることをあまりよく思っていないように見えた。

値踏みするかのように遠くから、サリエラの一挙手一投足を監視していたのをよく覚えている。


しかしそれも今日までだ。サリエラはもう二度とこのユシベル邸を訪問することはないだろう。


「ごきげんよう」


サリエラは美しいお辞儀(カーテシー)で執事長に挨拶をし、馬車へと乗り込んだのであった。





しかし現実は非情なものである。サリエラには引き続き、次期侯爵夫人としての教育が課せられた。


「お言葉ですがルシアがライオット様の子を身ごもった以上、彼女が婚約者になるべきです」


さすがのサリエラも子爵に抗議をしたのだが、彼は怒りを押し殺した声で言った。


「そうできないことはお前が一番よくわかっているだろう」


ライオットがルシアと婚約を結んだ時点でユシベル領主の座を欲する者たちは嵩に懸かって押し寄せるだろう。


ユシベル当主になりたければ、優秀な伴侶を得ることが条件である。

ルシアがどれほど優れていたとしても今から教育をしたのでは間に合うはずもなく、ライオットの次期当主落選は確定だ。


ライオットがユシベル領主となることを前提に子爵が他家と交わした大金が絡む契約は複数ある。

そのすべてを白紙にするというのはカガル子爵としても容認はできないのだろう。


「ですが、それではルシアとお腹の子はどうなるのですか?」

「それはお前が考えることではない」



「まさか、ルシアが生んだ子をわたくしの子として育てよと命ずるおつもりですか?」



サリエラは自身が驚くほどの低い声でそう言った。



自分を欠片も愛していない男の妻になるというだけでも屈辱なのに、その男が愛する女、それも実の妹が生んだ子をわが子としてこの手に抱くなど、絶対にできない。


そこでふとサリエラの脳裏に最悪の未来が思い浮かぶ。


ルシアがユシベル侯爵夫人となり、ライオットと仲睦まじい夫婦となる。


自分は、表向きは妹を補佐する心優しい姉として、実際は執務のできないルシアに代わってそのすべてを押し付けられ、ただ飼い殺しにされる日々。


その光景が目に見えるようでサリエラは目をつぶり、必死で首を振ってそれを打ち消した。


と同時に両脇をメイドたちにつかまれた。


「なにをするの?!」


戸惑うサリエラに子爵は命じる。


「ユシベル家の従者が来ている、サリエラを引き渡せ」


「お父様?!なにを」


サリエラは必至で抵抗をするも、誰もがそれを押さえつけ、ついに彼女は馬車へと押し込まれてしまった。


「待って、お願い!」


抗議の声もむなしく、サリエラを乗せた馬車は出発してしまう。


その瞬間、サリエラは見たのだ。



「ごめんね、お姉様」



ほくそ笑むルシアの姿を。

お読みいただきありがとうございます

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