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8.ルシアの懐妊

ヘレネー夫人とのお茶会以降、サリエラはユシベル侯爵夫人と共に、あるいはその名代としてひとりで社交場へと参加することが多くなった。


名代出席したときは必ず、その集まりでの出来事を報告する為、侯爵家に立ち寄ってからカガル邸に帰宅することになっている。


いつもと様子が違うとサリエラが気づいたのは、ユシベル邸で自身を出迎えたのが執事長だったからだ。


大抵は御者の手を借りて馬車を降りてサロンへと向かい、侯爵夫人に報告を、夫人が不在であれば執事長に報告をしてきた。



報告相手の執事長自らが馬車から降りる為のエスコートをするなど今までになかったことで、それだけで勘のいいサリエラにはなにかが起こったのだと気づいた。


「主人と奥様がお待ちでございます、応接室へご案内いたします」


多忙な侯爵とその夫人がそろって在宅など珍しいことだ。

その上、サリエラを待っているという。一体なにが起こったのか。


「なにかあったのですか?」


サリエラはわざと立ち止まり執事長に質問した。

もちろん答えを得られるとは思っていない。


彼は侯爵家の執事長というだけあって、すこぶる優秀であり、私情をはさんだりはしない。


「応接室でみなさまがお待ちでございます、お急ぎください」


一瞬だけ、どこか悲しそうな顔を見せた彼はそう言い、サリエラを強引に応接室へと向かわせた。


しかしサリエラにはそれで充分だった。

彼は、みなさまがお待ちだ、と言った、そして急ぐように、とも。


つまり待っているのは侯爵夫妻だけではないのだ、そしてサリエラが急がねばならないということは彼女より目上の人物ということ。


侯爵邸の応接室という空間でこの屋敷に住まう夫妻と共にサリエラを待ち、サリエラより目上の人物など限られている。



「サリエラ様をお連れしました」


執事長はノックのあとそう言い、中から侯爵の入室を許可する声がかかった。


「入りなさい」


「お待たせして申し訳ございません、サリエラが参りました」


そう言ってお辞儀(カーテシー)をし、顔を上げたサリエラの目に飛び込んできたのは彼女の両親であるカガル子爵夫妻であった。


予想外だったのはその隣に座るルシアの存在だろうか。


彼女は目を真っ赤にし、涙に濡れた顔をしている。


「お姉様、わたし」

「黙りなさい」


なにか言いかけたルシアを止めたのはカガル子爵であった。


確かに、この部屋で最も位が高いのはユシベル侯爵であり、なにか発言したいのであればまず彼に許可を得なければならない。


ちらりと侯爵に目を向ければ彼も、彼の隣に座る夫人も険しい顔をしており、さらにその隣には顔を青ざめさせたライオットが座っていた。


カガル子爵とその夫人は憔悴しきっており、ルシアは淑女らしからぬ泣きはらした顔をしている。



この様子を見ただけでサリエラにはこれからなにが起こるのか、わかるような気がした。少なくとも愉快な話し合いにはならないだろう。


サリエラは執事長の勧めに従い、それぞれの家族が座る向かい合ったソファの真ん中に位置するひとり掛けのソファに腰かけた。


それと同時に紅茶が給仕され、執事長と給仕のメイドが部屋を出たところで侯爵が口を開いた。


「全員がそろったところで、先ほどの話をもう一度お聞かせ願えますかな?」



それは高位貴族らしい凄みを含んだ物言いで、サリエラを含む子爵家の人々は皆、一様に委縮してしまったのだが、カガル子爵はなんとか言葉をふり絞った。


「ルシアが懐妊しました、お相手はライオット様だと申しております」


「そんなはずはありません!」


子爵の発言にライオットは悲鳴のような声をあげて否定したが、それを侯爵が窘める。


「ライオット、お前の発言は許可していない。今は子爵の話を聞きなさい」

「しかし父上」

「二度目はない、部屋を出されたいのか」


そう言われたライオットは渋々というようにソファに座り、侯爵はそれを確認してから先を続けるよう子爵に視線を送った。


子爵は否定を口にしたライオットに顔を向けて言った。


「失礼ながら、ライオット様はルシアと非常に親しくしておられたと、我が家の家令より報告を受けております。

その様子はまるで愛し合う恋人同士のようだった、と」


子爵の詰問に反論したのはルシアだった。


「わたしがいけないんです!

ライオット様はお姉様の婚約者だって分かっていたのに、お慕いする気持ちを押されられなくて」


そう言って激しく泣きじゃくるルシアに侯爵は頷いた。


「そうだ、ライオットと婚約しているのはルシア嬢ではなくサリエラ嬢。

そしてライオットとルシアが適切でない関係であるとわかっていてそれを止めなかったのはカガル子爵家だ」


「侯爵は我が家の責任だとおっしゃるのですか?!

ルシアの腹にはご子息の子がいるのですよ!」


「それは本当だろうか」


「な?!ルシアが複数の男性を相手にするような娘だと言うのですか!」


「違う、本当に妊娠しているのかと言っている」


侯爵の言葉にカガル子爵は絶句し、代わりにその夫人がおずおずと答えた。


「ですが、我が家の主治医に診ていただいて」


子爵夫人の発言に続いて言葉を発したのはユシベル侯爵夫人だった。


「あなた、そんな言い方はよくないわ」


侯爵夫人は夫をたしなめてから、


「けれども念のため、ユシベルの医師にも診せましょう。お腹の子になにかあってはいけませんからね」


と提案し、それには子爵が賛成した。


「お疑いでしたらどうぞ、うちは構いません。

ただし、妊娠がはっきりしたのなら今後どうするのかを明確に示して頂きたい」


いうが早いがカガル子爵は立ち上がり、


「後日、そちらの医師を我が家によこしてください。今日のところは失礼させていただきます」


と言い、夫人を促し、茫然としているルシアの手をひっぱるとそのまま部屋を出て行った。



残された侯爵のほうも立ち上がり、


「ライオット、執務室に来なさい。それから、ルシア嬢の診察にはおまえも立ち会ってくれ」


と夫人に言った。


侯爵夫人は、やれやれという顔をしながらも夫のエスコートで立ち上がり、


「なんだかおかしなことになったわねぇ」


とぼやきながら夫と息子と共に部屋を出て行った。

お読みいただきありがとうございます

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