6.ライオットのダンスパートナー
別に婚約者の妹とダンスをすることはさして珍しいことではない。
だからふたりがダンスを踊っていても注目を集めることはないのだが、残念ながらライオットは滅多にダンスを踊らない御仁として有名で、今夜はまだ、サリエラとすら踊っていなかった。
おまけにルシアは正式に社交界デビューを済ませていない為、彼女の顔はあまり知られていない。
ダンスを好まないライオットが婚約者ではなく、しかも社交界ではあまり見かけない愛らしい女性と率先して踊っているなど、興味を持つなというほうが難しい。
ルシアと踊っている彼の視線が明らかにサリエラに向けられた。
それで人々の注目もこちらに集まってしまい、サリエラの正体に気づいた人々は、
「婚約者を放置とは、ユシベル侯爵令息もなかなかやるねぇ」
「あの娘は子爵令嬢だ。堂々と浮気されても苦情は言えんだろうさ」
とサリエラに聞こえるように口さがないことを言っている。
このままではカガル家はもちろん、ユシベル家にとっても良いことにはならないと考えたサリエラは、その場から逃げることなく、彼らがダンスを終えてこちらに戻ってくるのを待つことにした。
やがて曲が終わり、ふたりは悪びれもなく腕を組んでサリエラのところにやってきた。
「遅かったね、サリエラ」
「申し訳ございません、休憩室でみなさまと話し込んでしまいました」
「ライオット様が退屈そうにしてらしたので、わたくしがお誘いしましたよ?」
ルシアは無邪気にそう言い、そこにサリエラが周囲に聞こえるように補足を入れた。
「お義兄様の相手をしてくれたのね、ありがとう」
その一言で周囲に白けた空気が広がった。
デビューをしていない令嬢の練習相手として、義兄がパートナーを務めることはよくあることなのだ。
王太子は彼の婚約者が多くの貴族と交流を持つことを望み、今夜の夜会はデビューの有無にかかわりなく参加してほしいと王家からのお声掛かりがあった。
そのため、ルシアのようなデビュー前の令嬢も多く参加しており、練習がてら身内同士でダンスをしているペアは他にもいるだろう。
浮気スキャンダルだと喜んでいた社交界の面々も、ライオットとルシアの関係が義兄妹ではゴシップにはならないと判断したのだ。
人々の注目が外れたことにサリエラは内心で安堵のため息をつき、それからライオットに仕立て屋の話をした。
「ライオット様、差支えなければ頂いたドレスの工房を教えて頂けますでしょうか」
「それはかまわないけれど、なにかあった?」
サリエラは先ほどの休憩室でのやり取りを彼に話して聞かせ、それを受けたルシアが発言した。
「このドレス、お姉様にとても似合ってますもの。注目を集めると思っていました」
その言葉にサリエラは、残念そうな顔をしていたのはどこのどいつだと呆れたが、それを口に出すことはもちろんしない。
サリエラはライオットから教えてもらった工房を控えていた自分付きのメイドに伝え、彼女は先ほどの令嬢たちにそれを伝える為、離れていった。
そこでまた新たなダンス曲が始まり、ライオットは自身と腕を組んでいたルシアに言った。
「すまないが、わたしはサリエラとダンスをしなければならない」
『ねばならない』という言い方に彼の心情が表れていて、サリエラの心は冷えていく。
そんなサリエラの心の内を知ってか知らずか、ルシアは誰もが見惚れる愛らしい笑顔を彼に向け、
「そうですね。ライオット様、お相手してくださってありがとうございました」
と、礼儀に則った挨拶をし、彼もそれに礼儀正しく、また機会がございましたら、と笑顔で応じた。
その笑顔をそのままサリエラに向け、
「サリエラ、手を」
と言ったライオットに彼女は一瞬の躊躇の後で手を取った。
「かしこまりました」
つい先ほどまでルシアと繋いでいたこの手に触れるのは嫌だった。
しかしここで自分が誘いを断ったら社交界に、彼らの関係は義兄妹であり、スキャンダルとは無縁であることをアピールした意味がなくなってしまう。
サリエラは、侯爵家で学んだ令嬢らしい微笑みを崩すことなく、ライオットの誘いを受けたのであった。
ここが夜会会場だとしても、ダンスを始めてしまえばふたりだけの世界になる。
しかし、その世界にライオットは第三者を持ち込んだ。
「ルシア嬢は君より五歳下だったかな?」
ライオットのそのひとことは、サリエラの気分を氷点下まで落とすのに充分な効果があった。
しかし、そのようなことはおくびにも出さず、サリエラは笑顔で応じた。
「いいえ、四歳です。まもなく学園に入学いたしますので、どうぞよろしくお願いします」
「そうか、それは楽しみだ」
なにが楽しみなのか、理由を聞く気にもなれない。
サリエラは以降、だんまりを決め込んだ。
今はダンスの時間でふたりだけの世界。サリエラの無作法をとがめる人物はいないのだ。
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