28.サリエラとライオット
サリエラとライオットは無事、卒業試験に合格した。
互いの両親が見守る中、結婚証明書にサインをし、正式に夫婦となったふたりはユシベル領の屋敷へと向かった。
卒業式までの三か月はなんらかの功績をあげるべく、それに尽力する期間である。
しかし同時に夫婦仲を深める期間、つまり蜜月を意味している。
本来、領主夫婦は様々な仕事を持っている。しかしこの三か月だけは功績にのみ専念すればよく、比較的、余暇も作りやすい。
明け透けに言ってしまえば、子作りに専念せよ、ということだ。
その言葉に従うべく、ライオットはサリエラと正式に夫婦になったその夜から毎晩のように閨を共にしている。
ときには明け方まで抱きつくし、徐々に明るくなっていく寝室で、眠りについているサリエラの寝顔をうっとりと眺めるのが彼の日課になりつつあった。
そんなある日の早朝、いつものようにサリエラを構い倒したライオットがうとうとしていたとき、小さくドアがノックされた。
「誰だ?」
この屋敷に夫婦の蜜月を邪魔するような使用人はいない。
となると余程の何かが起きたことになり、ライオットはドアの向こうに声を掛けた。
「お休みのところ申し訳ございません、至急、お耳に入れたいことが」
ライオットは眠るサリエラを起こさないようにそっとベッドから滑り降り、ローブを羽織るとドアを薄く開けた。
「どうした?」
「ルシア様がいなくなったと報告が入っております」
「何?」
それを信じられないライオットではあったが詳しく聞く必要があると判断した。
「知らせてきた者は部屋に案内して休憩させてやってくれ。着替えたらすぐに行く」
ライオットはそう指示をし、もう一度サリエラの様子を見ておこうとベッドに向かうと彼女も起きていた。
「すまない、起こしてしまったか?」
「いいえ、ちょうど目が覚めて。それより何かあったのですか?」
ライオットが浮かべる厳しい表情にサリエラの瞳が不安げに揺れている。
彼は少しの間のあと、ルシアがいなくなった、とサリエラに告げた。
「ルシアが?でも誰がそんなことを?」
サリエラの言葉にライオットは、彼女もまた自分と同じ考えに至ったのだとわかった。
ルシアはもはや正気ではなかった。
そんな彼女が自らあの屋敷を出ていくとは思えず、だとすると外部犯だとしか考えらえない。
「知らせにきた者から直接話を聞こうと思っている。サリエラも同席するか?」
ライオットの問いにサリエラは静かにうなずいた。
屋敷にある客間の一つで休憩していた騎士と対面したふたりは彼の話に顔を見合わせるばかりだった。
「ルシア様を最後に見たのは夕食を下げたメイドです、時間は夜九時頃でしょうか。
その後、見回りの騎士が深夜零時に小窓から確認したときにはもう、姿はありませんでした。
日が昇り、室内が明るくなるのを待ってから数名の騎士と室内を捜索しましたが、ルシア様はおらず、外部からの侵入の形跡もありませんでした」
「ルシアがいなくなった直後に室内を確認しなかったのは何故ですか?」
サリエラの問いに騎士は言う。
「暗くてはよく見えません。護衛対象が物陰に潜み、ドアが開いた隙に外に出てしまわれるということも過去にありましたから、ユシベル騎士団では捜索は明るくなってからと決まっております」
「ルシア嬢のいた部屋は外部からの侵入はできないようになっているんだ、まじないの力でね。
だから彼女の自作自演を疑うほうが理にかなっている」
騎士の言葉をライオットが補足した。
「つまり本当に、ルシアは室内からこつ然と消えてしまった、と」
誰に聞かせるでもなくそうつぶやいたサリエラはしばらく考え込んでいたがやがて騎士に言った。
「お話はわかりました、遠いところをお知らせくださってありがとうございます。今日のところはどうぞこの部屋でお休みください」
サリエラは女主人らしい顔で彼にそう言うとライオットを促して部屋を出た。
朝食をとり、私室のソファでくつろいでいるサリエラのもとにライオットがやってきた。
「父上にも知らせるよう王都に騎士を走らせた」
「そうですか」
サリエラの言葉少ない返事にライオットは首をかしげる。
「随分落ち着いてるけど」
するとサリエラは少し困ったような顔をしてそれから、
「ルシアはわたしの可愛い妹だから。わたしはやっぱり彼女を疑うことができないんです」
と言った。
「彼女が、生を繰り返している、と言ったこと?」
「えぇ。たぶんルシアは次の人生に旅立ったのでしょう」
「そこでまた、わたしを追いかけているのか」
ライオットが不快そうな顔で眉をひそめるとサリエラは少し笑顔をみせる。
「そうでしょうね、あの子はあなたが好きだから」
「でもわたしにとってのルシア嬢は義妹でしかない」
強い口調で言い切ったライオットの手をサリエラは握り、そっと引いた。
「知っていますわ、ライオット様がわたくししか見ていないこと」
そう、ライオットは結局、サリエラしか欲しがらない。
それは彼と結婚して、いや、求婚を受けたあの日からの彼を見ていればわかる。
ライオットの熱はいつだってサリエラにしか向けられないし、それは枯れることを知らない。
今もこうして見つめあっているだけで、彼の熱に身も心も焦がされていく自分がいる。
「サリエラ」
ライオットは導かれるままに彼女の隣に座り、その身体を抱きしめた。
ゼロ距離となった新婚夫婦に言葉はいらない。ただ互いの熱を求めあうだけだ。
「サリエラ、愛してるよ」
うわごとのように繰り返される愛の言葉にサリエラは溶かされていく。
「愛してるわ、ライオット」
ルシアはきっとまたやり直しに行ったのだろう、ライオットを求めて。
でもそれは無駄なこと。彼はこんなにもサリエラを求め、愛してくれる。
いつかルシアがそれに気が付きますように。
ライオットの熱に飲み込まれる寸前、サリエラはそう神に祈ったのだった。
これでおしまいです
やり直したルシア目線のストーリーは『愛するひとを諦めたら王太子から溺愛されました』というタイトルかなぁ(笑)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




