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27.サリエラの決意とライオットの謝罪

ルシアの住まいはユシベル領の奥地、人里離れた場所に建てられている。

そこから馬車に乗り、ふたりの滞在先である侯爵別邸のひとつに到着したのは日も暮れかけた頃だった。


「サリエラ、疲れただろう?今夜は軽食で済ませよう。もう部屋に用意させてある、一緒に食べよう」


ライオットの手を借りて馬車を降りたサリエラは、彼の案内で客間のひとつへと入った。


テーブルにはスープとパン、ちょっとした食事が既に並べられていたのだが、それよりもサリエラは窓から見える見事な夕焼けに目を奪われた。


地平線まで続く森、その背後には大きな山脈がそびえ立っていて、それを掠めるような位置に太陽が沈んでいくところだった。


「なんて壮大なのかしら」


サリエラの感嘆の声にライオットも同意した。


「これほどに見事な夕日はわたしも初めて見る。サリエラはラッキーだね」


言われてみれば今日は天気が良かった。この地方は晴天に恵まれないのだろうか。


ライオットに聞いてみると彼は首を振ってそれを否定した。


「そういうわけじゃない、単に来ることがあまりないからだ。

ここは領地の端、あの山脈を越えれば別領だ。我々が頻繁に出入りしていては痛くない腹を勘ぐられる恐れもある。

だから用があるときしか来ないようにしているんだ」


これ以上の争い事はごめんだからね、とライオットは笑ってつけたした。



ユシベルはその昔、領地を巡って戦をしていた集団の集合体だ。


国に帰順してからは武力による解決をしようという者はいないが、ユシベルは戦いに長けた家門だし、所有する兵も他家のそれよりは優れている。


そのユシベル直系の彼が領境をうろついていれば、攻め込まれるかもしれないと隣領を不安にさせてしまう可能性もある。


だから彼を含めた彼の家族はあまりこの屋敷を訪れることはなかったのだ。



ふと窓の外に広がる庭園に目をやったサリエラは次々と灯りをともしている使用人の存在に気づいた。


貴族の屋敷なら夜になれば灯りをつけるが、この屋敷のそれは明らかに数が多い。

なんなら庭園にまで灯篭を設置する家はあまりないかもしれない。


不思議そうな顔でそれを見ているサリエラにライオットが説明した。


「わたしたち侯爵家の者は頻繁にこの屋敷には来られない。でもそれだとこの地に住まう領民は見捨てられたのではないかと不安になるだろう?

だからこうやって夜は灯りをともして、彼らを安心させてやるんだ。

ユシベルは君たちを忘れてはいない、ちゃんと見守っているってね」


話をする彼は穏やかな、それでいて自信に満ちた顔をしていて、次期当主たるに相応しい風格をたたえているように見えた。


なんの迷いもなく未来を見据えている彼を前にして、サリエラも決断の時が来たのだと感じた。


どれだけの年月が経ったとしても、ルシアがあちらの世界から戻ってくることはない。

それは彼女の様子を見て確信した。


ライオットも、サリエラに諦めさせたくてここに連れてきたのだ。


サリエラは彼と結婚し、侯爵夫人として生きていかなければならない。

それだけの教育も施されて来た。今更、それを無にすることはユシベル家としてもできない相談なのだろう。


「ライオット様、今日は連れてきてくださってありがとうございました。

ルシアのことはもう諦めます、両親にもそのように話をします」


サリエラの静かな決意にライオットは、そうか、とだけ言った。


しばらくの沈黙の後、サリエラは努めて明るい声で言った。


「卒業したらわたくしはライオット様の妻です、精一杯、務めさせていただきます」


「務めるだなんて」


そんな言い方はよしてほしい、とライオットがいう間もなく、サリエラは言葉を続けた。


「ライオット様がルシアと見つめあっていたことも、わたくしの大切な庭園でふたりきりの茶会をしていたことも、わたくしのドレスに不快感を示されたことも、学園でルシアとのランチを楽しんでいたことも、ルシアの全てが知りたいと我が家の家令を困らせたことも。

全てはまじないのせいですもの、忘れることにいたします」


すっきりとした顔になったサリエラとは裏腹に、ライオットはひどい顔色で、それは、とか、そうではなく、とかブツブツ言っている。


「ライオット様、お顔の色が」


サリエラが彼を心配して声をかけるとライオットはなんとも言えない表情をし、それから大きく息を吐くと言った。


「すまない、サリエラ。わたしが悪かった」


「そんな。ライオット様が謝罪されるようなことはなにひとつございませんわ」


「いや、ある。君が今、言った大半はわたしが正気に戻ってからの失態だ」


「どういう意味ですか?」


サリエラの疑問にライオットは言いにくそうに答えた。


「最初の『見つめあっていた』は確かにまじないを受けていた為だ。だが、ルシア嬢との茶会はわたしが仕組んだことだ」


ライオットの告げた真実に今度はサリエラの顔色が悪くなった為、彼は慌てて言った。


「だが、それは彼女を探る為だ。からくりがカガル邸にあると思ってそれを探ろうとしたんだ。君になにかあってはいけないからと、わざと君のいない日に訪問をした。

でも、思いのほかサリエラが早く帰ってきて、しかも肩口が露骨に空いているドレスを着ているから慌ててしまったんだ」


「だからあのあと、首元を見せないデザインのドレスがいくつも送られてきたのですね」


呆れた顔をするサリエラにライオットは食って掛かるように言う。


「君もいけないんだ、あんな風に素肌を見せたら男どもが寄ってくるに決まってるだろ?」


ライオットの非難にサリエラは反論する。


「でもあれはライオット様のお姉様の為のドレスです」


「そうだ、姉上は良くも悪くも派手な方だったからああいうドレスも似合う。

でも君はダメだ、白百合のような清楚な君にあんな大胆なドレスなんて。ベッドに連れ込まれても文句は言えないぞ」


「それはライオット様もですか?」


サリエラの鋭い切り返しにライオットはハッとして口をつぐんだが、結局、


「当たり前だ、だいたいわたしは君と婚約してるんだ。そういうことだって考えるに決まってる」


と赤らむ顔で小さく言い訳をした。


赤面したのはサリエラも同じだった。長く婚約しているが彼からこんな欲を見せられたことなど一度もない。


頬を染め、乙女らしく恥じ入るサリエラを見ないようにしながらライオットは話を続ける。


「あー、それから学園ではルシアを監視するよう王家から命じられていたんだ。

学園には多くの貴族子女がいる、彼らに害があってはいけないからな。今だから言えるがルシア嬢と行動を共にしていた女生徒も関係者だよ」


「王家にご報告なさっておられたのですか?」


「本当はルシア嬢が入学する前に方をつけるつもりでいた、全てをすっきりさせてから迎える君との新学期を楽しみにしていたんだよ。

でも解決の糸口すら見つからなかったから王家に報告し、結局、監視役を命じられてしまった。

カガル家の家令にしつこく聞いたのも、ルシア嬢が入学前に接触した誰かからまじないを教えられたからだと考えたからだ。学園でそれらしい人物との接触はなかったからね」


ライオットの全てがルシアのたくらみを暴く為だったとは。


「誤解を招くようなことをしてすまなかった。一刻も早くルシア嬢の問題を解決したくて焦っていたんだ」


ライオットの謝罪にサリエラは肩透かしを食らったような気分になる。


まじないのせいとは言え、ルシアに心変わりをしたライオットとの婚姻、サリエラは大きな決意でそれを受け入れようとしていた。


それなのにサリエラが知るほとんどの彼は正気で、単にルシアを探っていただけだという。

ひとこと言ってくれればとも思ったが、ルシアのそれは過去に類を見ないほどの強力なものだったらしい。

勘づいた者が無事でいられる保証もないのなら、何も知らせないという判断は正しかったように思う。



「ではルシアとのダンスも?」


「義兄としてと言われたら断れなかった。でもあのときは楽しかったな、君を思い出して」


「わたしを?」


「ルシア嬢はあまりダンスが上手ではなくて。君もそうだったろう?それを思い出したんだ」


嫌なことを思い出させてくれる。


「それはお忘れください」


「何故?わたしが君との思い出を忘れるわけがないだろう。

何でも卒なくこなす君だったけれどダンスだけは苦戦していて。一生懸命な君がすごく可愛くて」


「可愛いだなんて。無様なだけです」


サリエラが顔を赤らめて反論するも、ライオットの耳には入っていない。


「あぁ、そうか。わたしはきっとあのとき、君に恋をしたんだな」


ライオットはサリエラを甘く見つめて楽しそうにしているけれど、サリエラにしたら忘れてほしい思い出だ。


頬の熱は羞恥のせいか、はたまた。





灯りをともしていた使用人がふと上を見れば、顔を赤らめるサリエラとそれを愛おしいそうに見つめるライオットの姿が見えた。


「ユシベル家は次代も安泰だな」


使用人は苦笑しながら次の灯篭に灯りをともしたのだった。

お読みいただきありがとうございます、次で終わりです、最終話は本日の21時に投稿します。

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