21.ルシアのたくらみ(ルシア目線)
こんな状態が続いても相変わらずライオットとサリエラの婚約が白紙になることはなかった。
彼が言い出せないのであればサリエラのほうから働きかけさせようと思い、使用人たちに婚約者を挿げ替えるべきだと言わせてみたが、彼女が動くことはなかった。
そこでルシアは彼と一夜を共にすることにした。
もっとも実際にはそう見せかけただけ。睡眠薬で眠らせた彼をルシアの寝室へと運び込み、そこで朝を迎
えただけだ。
ルシアは彼を愛している、同意なく事を進めるのはさすがに気が引け、なにもしなかった。
飛び起きた彼は隣に横たわっているルシアに気づいて仰天していた。
情事のあとという設定なのだからルシアは一糸まとわぬ姿である。
「まさかそんな」
ライオットの狼狽する声に眠ったふりをしていたルシアは、それに起こされたかのように目をこすりながら応じた。
「ライ?」
ルシアの呼びかけにライオットは驚いていたが、
「ルシア嬢、これはどういうことか」
と詰問するような口調で言った。
あれほどルシアへの愛を囁いておきながらいざとなるとうろたえるのか。
しかしこの滑稽さもまた愛した男の魅力というものだ。
ルシアは恥じらうようにシーツで顔を隠しながら言った。
「ライったら覚えてないの?」
「目的はなんだ」
「なにを言ってるの?ライはわたしを愛してるでしょう?」
しかしその問いにライオットが答えることはなく、彼はそのまま黙って部屋の窓を開けると二階だというのに飛び降りて出て行ってしまった。
まだ明けやらぬ朝もやの中に消えていった彼の後ろ姿にルシアは、今回の人生が始まって以来初めて、不安を感じていた。
ライオットの妻の座を徹底的なものにするために、ルシアは彼の子を身ごもったことにした。
「なんてこと!」
カガル子爵は怒り狂っており、夫人は顔面蒼白になりながらも言った。
「勘違いということもあるわ、先生に診ていただきましょう」
これはルシアも想定内だ、このときのためにルシアは自身の替え玉を用意しておいた。
妊娠し、男に逃げられて困りはてている平民の女だ。
妊娠の診察の際は、医師と患者、お互いの顔が見えないように配慮される。
ついたての向こう側にいる医師は診察をしているのがルシアではなく別の女性だと気づいていない。
ルシアは見事、妊娠という事実を手に入れ、それを盾にユシベル邸へと乗り込んだのであった。
「念のため、ユシベルの主治医にも診ていただきましょう」
ユシベル侯爵夫人の提案にルシアはあせった。
あの妊婦にはもう約束の金銭は渡してしまった、二度とカガルに関わるなと念押しもしてある。今頃は王都を出て別の土地に移り住んでしまったかもしれない。
屋敷へ戻るとすぐ、ルシアは自身の手ごまのひとりである門番の男を呼びつけた。
「あの妊婦はまだ王都にいる?」
「さぁ、どうでしょう。ですがお嬢様の目に留まるようなこたぁありませんです、二度とこの屋敷に近づかないよう、念押ししましたからね」
卑下た笑いを浮かべる門番にルシアは苛立ちながら言った。
「今すぐ、ここに連れてきて」
「ですが、もう関わらせないはずでは?」
「わたしが連れてこいって言ってるのよ?」
ルシアは不機嫌なのを隠そうともせずにそう言い、それに気圧されたのか門番の男は、探してみます、と言って出かけて行った。
本来なら令嬢が私室に門番を呼びつけるなどありえないことだ。
しかしそれを疑問に思う者がいないほど、カガル邸は狂っていた。
今世のルシアが手に入れたあの秘薬のおかげだろう。
しかしあの薬はなんだったのか。それでも彼女の恋を後押ししてくれていることだけは確かだった。
門番が部屋を出て行ってしばらくしてから子爵夫人がルシアの部屋にやってきた。
「ルシア、具合はどう?」
「大丈夫よ、お母様」
ルシアが弱々しい風を装って返事をしてみせると、夫人は心配そうにルシアを見やった。
「ユシベル夫人はひどいわ、妊娠を疑うなんて。
だいたい被害者はこちらよ、妊娠が間違いだったとしても、純潔でない令嬢にまともな嫁ぎ先なんてないもの。
ライオット様が責任を取ってルシアと結婚するべきなのよ」
そう言われてルシアは急に気が楽になった。
もしあの妊婦が見つからなかったら流産をしたことにし、でも純潔を奪ったのだからとライオットに責任をとってもらえばいいのだ。
もちろん、ルシアが純潔のままでは、あの夜になにもなかったことが露呈してしまうということもちゃんとわかっている。
男性を深く受け入れることで女性は純潔を失うが、専用の器具でもそれは可能らしい。
妊娠して困っている女性を探してくるような門番だ、純潔を失う器具など簡単に手に入れてくるに違いない。
ルシアはそれを使って破瓜を試みようと考えたのだ。
ライオットは妊娠に酷く怒っていたけれど、それは驚いていたからだろう。
驚愕の時間が去れば、彼はまたいつものようにルシアを崇拝し、愛を囁いてくれるに違いない。
誠実な彼ならきっと自ら結婚を申し出るに違いなく、ルシアはただそれを承知すればいいだけ。
そこまでの筋書きが見えたところでルシアはようやく本当の落ち着きを取り戻し、ゆったりとソファに身を沈めて夫人の話し相手に専念した。
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