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20.ルシアとライオット(ルシア目線)

雨はルシアに過去の苦い記憶を思い出させた。どれだけやり直してもライオットはルシアのものにならなかった。


ルシアの目の前には引き出しから取り出した小瓶がある。

こんなものにすがったところで運命は変えられないのだろう。


でもひょっとしたら、今度こそ。


そんな思いを胸にルシアはそれを一気に飲み干した。それはなんの味もないただの水のようだった。


やはり騙されたのだと自嘲めいた笑いを浮かべたところで、メイドが部屋にやってきた。


「ルシア様、間もなくライオット様が到着されます」

「今、行くわ」


ルシアがホールに行くと、すでにサリエラが来ていた。


「ルシア、こちらへ。ライオット様を並んでお出迎えしましょう」


サリエラは、悪路の中、足を運んでくれた彼に子爵家として謝意を示したいのだろうが大げさなことだ。


内心で苦笑しながらルシアはサリエラの隣に立ち、今世での対面の時を待った。


「ようこそおいでくださいました」


いつ見てもライオットはルシアの心をかき乱す。


その美しい金髪も思慮深いグリーンの瞳も、すべてが一瞬でルシアの心を奪っていく。


「初めまして、ルシアでございます」


ここで驚くべきことが起こった。


ライオットはルシアの手をとり、その指先に唇を寄せたのだ。


「ライオット・ユシベルと申します」


そう告げた彼の瞳には明らかな熱が込められている。


それは過去の幾人ものルシアが渇望したものだ。


「以後、お見知りおきを」


ライオットは蕩けるような甘い笑みを浮かべてルシアにそっと囁いたのであった。





その日のお茶会はルシアにとって夢のような時間だった。


ライオットは婚約者であるサリエラの前だというのに、まるで彼女が見えていないかのように、ルシアに絶えず熱い視線を注ぎ、ルシアがそれに応えてちらりと彼に視線を走らせるとうっとりとした微笑みを返してくれた。


サリエラもそれに気が付いているはずなのに、我関せずとばかりに静かにお茶を飲み進めており、メイドも黙って給仕をしている。


やがてお開きの時間となりライオットはルシアに、

「また来ます」

と言い残し、握っていたルシアの手を名残惜しそうにしながらも手放して去っていった。


侯爵家の家紋の入った馬車が遠ざかっていくのをぼんやりと眺めていたルシアは、彼が車内から手を振っていることに気づき、そっと振りかえした。


やがて馬車が完全に見えなくなったところでルシアは屋敷の中へと入った。

サリエラの姿はもうない。


「お姉様は?」


そばにいたメイドに尋ねるとすでに自室に戻ったことを教えてくれた。

婚約者である姉を差し置いてライオットを見送るなどマナー違反もいいところだ。


ルシアは執事長かメイド長あたりにそれを咎められるのではと覚悟していたが、誰もなにも言ってこなかった。


再びライオットとのお茶会の日が近づいてきたが、過去では茶会に合わせて着飾るルシアを不思議そうな顔で眺めているだけだった彼女付きのメイドが、今世は珍しくやる気になっていた。


「こちらのドレスがお嬢様に一番似合っておいでです、これに致しましょう」

「お姉様とライオット様のお茶会よ、わたしが出るわけにはいかないわ」


ルシアの常識的な判断にメイドは驚いた顔をする。


「ですが、ライオット様はお嬢様に、また来る、とおっしゃられたのですよね?」

「それはそうだけど」

「侯爵令息様のお言葉に背くなど、許されることではございません。

サリエラ様もお嬢様の席をご用意されているはずです」

「お姉様が?」

「パティシエールにお茶菓子を三人分注文されたと聞きました」


そしてそれを肯定するかのように、ルシアの部屋にサリエラがやってきた。


「明日、ライオット様がお見えになるのだけれど、ルシアも同席できるかしら」

「ええ、もちろん」


ルシアの返事にサリエラは美しいだけの微笑みを浮かべ、よろしくねと言った。





「ルシア様、ライオット様がお見えになられましたよ」


あの日以降、ルシア付きのメイドはライオットの訪問を告げるようになった。


彼は婚約者であるサリエラのためにカガル邸を訪問しているのであって、ルシアに会いに来たのではない。

しかしメイドがライオットの来訪を報告したくなるほどに彼の心はルシアに向いていた。



「ようこそ、ライオット様」


ホールに現れたルシアを彼は抱きしめんばかりに歓迎した。


この場にサリエラはいない。彼女はとうとう婚約者を出迎えることすらしなくなったのだ。

ルシア付きのメイドが呼びに来たのはある意味、正解だ。カガルの誰もが侯爵令息の彼を出迎えないなど不敬にあたる。


「ルシア嬢、君にこれを」


そう言ってライオットが差し出したのはユリの花束。これはサリエラの好きな花でルシアのそれではない。



『嘘偽りの愛を得られるだろう』


老婆の言葉がルシアの胸によみがえる。


ライオットは目の前にいるのがルシアではなくサリエラだと思っているのか。しかし彼は先ほど、ルシアにこれをと言って花束を差し出した。

ルシアへの花束を用意したという認識はあるのだろう。だとしたら彼はルシアの好きなバラを用意するべきだ。


「ありがとうございます、ですがわたしはバラが好きですの」

「バラ?」

「えぇ、バラです。これから花束はバラになさいませ」

「バラか、わかった」



それからライオットは訪問するたびにバラの花束を持ってきた。


サリエラが不思議そうな顔をして受け取るその横でルシアは必ず、

「まぁ、わたしの好きなバラだわ」

と言い、それを聞いたサリエラの顔から表情が消えるのを楽しんだのだった。

お読みいただきありがとうございます

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