19.雨の思い出(ルシア目線)
しかし、翌日は雨になってしまった。参加を予定していた集まりはガーデンパーティーのため、中止は確実だ。
それを予測してか朝食の席でサリエラから、ライオットにルシアを紹介したいと言われてしまった。
両親もそろっている場でそれを断るにはあまりに不自然で、ルシアは承諾するしかなかった。
鬱々とした気分を抱え、自室で雨音を聞いていると、ルシア付きのメイドがやってきた。
「お嬢様、こちらがポケットに入っておりました」
それはいつかの教会で受け取った怪しげな薬で、ルシアはその存在をすっかり忘れていた。
「これ、なんですか?」
ルシアの手に戻ったその瓶をメイドはいぶかしげに眺めている。
「香水をわけてもらったのだけど、香りは飛んでしまったようね」
「それでしたら処分しておきますね」
「せっかくだから取っておくわ、綺麗な瓶だもの」
ルシアはなんでもない風を装ってそれをデスクの引き出しにしまい、メイドもそれ以上追及することなく引き下がった。
ルシアはまた雨音の中にひとり、取り残された。
いつだったかの人生では、ライオットとサリエラの披露パーティーは雨だった。
ライオットをあきらめきれないルシアは降りしきる雨の中、別棟の新郎の控室にこっそりと足を向けたのだ。
新郎新婦とは、互いの親族すらも挙式前に顔を合わせてはならないことになっている。
各々の主役はパーティーで初めてお披露目され、参列者の目を楽しませるという趣向だ。
震える手でドアをノックしたルシアを出迎えたのは正装姿のライオットで、その凛々しい姿を目の当たりにしたルシアは呼吸を忘れるほどであった。
「ルシア、ここへ来てはいけないだろう?」
「こうでもしなければ貴方はお姉様のものになってしまうわ」
ルシアの言葉にライオットは不快そうに顔をゆがめた。
「君の気持ちには応えられないと言ったはずだ」
「何故?わたしのなにがサリエラに劣ると言うの?」
その人生でルシアはサリエラに負けないくらい勉強をし、カガル姉妹はどちらも才女だと社交界で話題になるほどであった。
ユシベル侯爵夫人に優秀な女性を据えたいなら自分でもいいはずだ、とルシアは何度もライオットに言ってきたのだ。
しかしそのたびに彼は困ったような顔をし、
「わたしの婚約者はサリエラなんだよ」
と言ってきた。
そのときとは違い今日のライオットは明らかに怒っている。
それはそうだろう、式を前にしたこのタイミングで控室に女性が押しかけているなど、誰かに知られれば醜聞になりかねない。
しかし、これを逃せばライオットはまたサリエラの夫になってしまう。
姉の夫になったライオットに迫ったこともあったが、そのときは彼の父である侯爵の逆鱗に触れ、結果としてルシアは修道院に幽閉されてしまった。
今しかチャンスがないのだ、その最後の機会を逃すわけにはいかない。
「才女と謳われる君がこんな愚かなことをするなんて」
「貴方が好きなの、ライオット」
ルシアの精いっぱいの懇願にも彼は冷めた目を見せるだけだ。
「もうすぐ君の姉と結婚する男を選ぶなんて正気か?」
それはルシアが何度も己に問いかけた疑問だ。
なぜライオットでなければならないのか、どうして他の男性ではダメなのか。
それでも、彼の声、彼の微笑みだけがルシアにやすらぎをもたらしてくれるのは事実だ。
「貴方を愛してるの」
「悪いがわたしは愛していない」
「そうね、でも貴方はサリエラのことも愛してはいないでしょう?」
ルシアの問いかけにライオットはなにも答えなかった。
この沈黙を肯定と受け取ったルシアはさらに続けた。
「愛していない女を妻にできるのならわたしでもいいはずよ」
そのとき、控室のドアが乱暴に開かれた。
そこにいたのは侯爵と従者で、ルシアはライオットの腕をつかもうとしていたところだった。
「ライオット様から離れろ!」
従者はルシアを引きはがすとその身をライオットとルシアの間に滑り込ませた。
「ライオット様、お願い。わたしを選んで!」
ルシアが彼に手を伸ばすより早く、侯爵のこぶしが彼に向って飛び、ライオットは後方へと吹き飛ばされた。
「早々に手を打てと言ったはずだ、よりにもよって披露パーティーの場で醜態を見せおって!」
騒ぎを聞きつけてやってきたカガル子爵とその夫人にルシアは引き渡された。
しかしこうなってはパーティーどころではなく、中止となった。
ルシアはそのまま部屋に閉じ込められ、一歩も外に出してはもらえなくなった。
だとしてもライオットの結婚の阻止というのは今までにない成果であり、ルシアはそれに満足していた。
それから数か月が経った頃、謹慎が解かれた。
とはいえ、まだ外出は許されておらず、暇を持て余したルシアは庭園を散歩することにした。
ふと、サリエラが気に入っていた庭園の一区画を思い出し、そこへ向かってみると花々はすべて取り払われていた。
「ここに植えてあったお花はどうしたの?」
通りかかった庭師に尋ねると彼は貴族令嬢への礼儀としてかぶっていた帽子をとりつつ、
「そちらはサリエラ様のお輿入れの際、侯爵様のお屋敷へと移しました」
と言った。
その言葉にルシアは自身の心臓の音がうるさいほど大きくなったことを感じた。
「お姉様のパーティーは中止になったはずよ」
「さぁ、わたしはただ、こちらの花の植え替えを指示されただけでございますから」
それっきりなにも言わなくなってしまったルシアに庭師はぺこりとお辞儀をし、その場を離れていった。
しばらくしてメイドのひとりがルシアを呼びに来た。
「ルシア様、旦那様が書斎へお越しになるようにと」
「ねぇ、お姉様は?」
「サリエラ様でしたら侯爵様のお屋敷に移られましたよ」
「でもパーティーは」
メイドはあきれたようにため息をつきながら、
「お披露目は親類だけの簡素なものにしたそうですよ。
侯爵様の代替わりもつつがなくお済になったということで、サリエラ様は無事、ユシベル侯爵夫人となられました」
と言った。
またもライオットはサリエラの夫になってしまった。
ルシアはその場に崩れ落ち、驚いたメイドは人を呼びに行った。
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