15.まじないの捜索(ライオット目線)
ルシアの仕業だと知ったライオットは早速、彼女に探りを入れてみることにした。
「侯爵様にお任せしたほうが良いように思いますが」
いつもなら従者のアドバイスを吟味するライオットだったが、そのときは違った。
「次期ユシベル侯爵がやられたまま引き下がるわけにはいかない、黒幕まで行きつかなくても、せめてからくりは明らかにしたい」
主の決意に従者は少し考えてから、
「わたしが見ていた限りでは、ルシア様に怪しい様子はありませんでした」
と言った。
「だとしても、まじないだというのなら必ずなんらかの仕掛けがあるはずだ」
息まくライオットを横目に従者はため息をついた、こうなってしまってはもう彼を止めることはできない。
「気を付けてくださいよ、解呪していると気づかれたらまた仕掛けてくるかもしれません」
「そのときがチャンスだ、からくりを暴いてやる」
ライオットは訪問日を、サリエラが侯爵夫人の代わりに茶会に出席する日に定めた。
サリエラにはまだなにも伝えていない。
侯爵とも話し合った結果、なにもわかっていない今の状態では、ルシアに勘づかれないことが大事だという結論に至り、サリエラにも告げないことにしたのだ。
従者の話によるとカガルの使用人たちも様子がおかしいという。
どれほどの規模でルシアがまじないを仕掛けているのかはわからないが、万一、サリエラに害が及んではならないと思い、あえて彼女が不在の日にしたのだ。
「ライ、待ってたのよ」
馴れ馴れしく愛称で呼ぶルシアに嫌悪感を抱いたライオットであったが、今はまだそれを表に出してはならない。
「会いたかったよ」
ルシアに懸想していた頃のライオットなら彼女との再会を喜び抱擁したのだろうが、正気に戻った今では無理だ。
ライオットは、彼女の手を取って唇を軽く触れさせるという普通の挨拶をするに留めた。
不審に思われただろうかとそっとルシアの様子をうかがったのだが、その上目遣いが逆に彼女のお気に召したらしい。
ルシアはパッと頬を染め、ここではダメよ、とささやき、
「庭園にお席をご用意しましたの、どうぞこちらへ」
と、今度は周囲に聞かせるように言った。
案内された場所はサリエラ自身で世話をしているという花々の植えてある区画だった。
実の姉の婚約者を奪うだけでなく、その姉が大事にしている庭園でもてなそうなどとなかなかにいい性格をしている。
もしくはこの場所にまじないの仕掛けがあり、ライオットを招き入れたのかもしれない。
ライオットは腹に力を入れて庭園へと入った、今日の彼は呪術を無効にするアイテムを携えている。
このアイテムは所有者が常に気を張っていなければならない。
ユシベル家にはその場に置いておくだけで効果を発揮するアイテムも伝わっているが、それはもはや国宝級であり、おいそれと持ち出ししてよいものではない。
効果は劣るが丸腰よりはマシだろうと侯爵が持たせてくれたのだ。
「くれぐれも取り込まれるなよ」
「同じ過ちは繰り返しません」
ライオットは力強く宣言し、侯爵は息子の健闘を祈ってアイテムを手渡してくれた。
庭園にお茶の席を用意する場合はテーブルと椅子のセットと決まっているのだが、その時はいくつかのソファが用意されていた。
妙に思いながらもそのひとつに座ると、彼の隣にルシアがなんの躊躇もなく座ってきた。
婚約関係にもない男女ふたりが同じソファに座るなどあってはならないことなのだが、居並ぶカガル邸の使用人たちは表情を変えることもなく給仕を始めた。
当然のように並んで置かれたティーカップに疑問を抱いているのは、ライオットと従者のふたりだけのようだ。
「来てくれて嬉しいわ」
ルシアはメイドがまだ給仕の途中だというのに早くもライオットに体を預け、しなだれかかってきた。
今にでもライオットの胸に飛び込もうとしてくるルシアをなんとか肩で抑え、
「使用人たちが見ている」
と言ったのだが、その言葉は文字通り、ルシアに一蹴された。
「今更お気になさいますの?大丈夫、彼らはみんな、わたしたちを応援してくれてます」
「応援?」
「わたしとライが結ばれる日を心待ちにしているのよ」
「っ!」
結ばれるなんて冗談じゃない、と叫びだしたい気持ちをかろうじて抑えたライオットであった。
見れば使用人たちは全員、男女の逢瀬にも近いこの場面を笑顔で見守っている。
その顔には、ルシアとライオットが結婚するのが当然だという考えがありありと浮かんでいて、ライオットはそれに恐ろしさを感じた。
これだけ多くの人間がルシアの思い通りになっているこの現実に戦慄したのだ。
ライオットが解呪されていることなど知らないルシアは尚も彼に迫ってくる。
「ライはわたしのこと、好き?」
「あ、あぁ」
しどろもどろのこんな返事でもルシアは満足できるらしい。
「ふふ、わたしもよ。貴方を愛してるわ」
しっとりとした熱を携えてルシアはライオットに体を預けてきた。
肩越しにふわりと香る芳香にライオットは惑わされそうになるが、気を張ってそれに耐えた。
かなり強いまじないのようで、アイテムを持っていても危ないほどである。
早いところからくりを暴かなければ飲み込まれてしまうと思い、周囲を探っている従者に急ぐように目くばせをした。
それくらいは彼にもわかっているのだが、それらしい装置は一向に見当たらない。
従者は呪術の影響を受けにくい体質だ。だからこそライオットの従者に抜擢されたのだが、今はその体質があだになった。
元執事である御者の男ならあたりをつけるくらいはできたかもしれないが、あいにく彼は侯爵の命令で別方面からの調査を進めている。
ルシア周辺を探るのはライオットと従者に任されたのだ。その任務を果たさねばならないのだが、どうにも見当がつかない。
そうこうしているうちに、サリエラ帰宅の知らせが来てしまった。
律儀な彼女のことだ、ライオットの来訪を聞かされたら疲れを押してでも出向いてくるに違いない。
予想通り、サリエラは庭園に現れた。
しかし想像していなかったのは彼女の装いだ。
わざと見せるタイプのドレスなのだろうが、サリエラの華奢な肩があらわになっていてライオットはそれが他者の目に触れたことが不快になった。
聞けば、すでに嫁いでユシベル本邸にはいない姉の残していったドレスだという。
ライオットの姉は見た目も中身も、いい意味で華やかな女性だった。
彼女ならこのドレスも似合うだろうが、白百合という言葉がぴったりの清楚な空気をまとうサリエラには似合わない。
「君にドレスを送りたい」
ルシアに懸想しているライオットなら絶対に言わないセリフを思わず口にしてしまった。
サリエラは、お気持ちだけで、と言ってそのまま自室に下がっていったが、後に残されたライオットはたまったものではない。
先ほどの言葉はルシアも怪訝に思ったようだ。
「ライはお姉さまが好きなの?」
「サリエラはわたしの婚約者だ、ドレスを贈るのは婚約者の義務だ」
なんとかひねり出した言い訳だったがルシアにはそれが響いたようで、
「そうね、ただの義務よね。わたしったらごめんなさい」
と言った。
ルシアからの疑いをうまくかわせたことに自信がついたライオットは、その後もどうにかしてまじないの秘密を探り出そうとしたが、結局、何の成果を得ることもなくその日は帰宅する時間となった。
「また来てね、ライ」
「もちろんです」
承知を口にはしたが、今後はもうカガル邸を訪問する気はなかった。
まじないの痕跡は見つけられなかった、となるとライオットと同じように彼女自身が身に着けている可能性が高い。
それなら世話係のメイドを潜り込ませて探させるほうが確実だ。
馬車に乗り込む前、ライオットはサリエラの部屋のほうを見た。
当然だがその部屋にはカーテンがしまっていて彼女の姿を見ることはできない。
先ほどのサリエラのドレス姿を思い出したライオットは、馬車がカガル邸の門を出てすぐに従者に言った。
「サリエラのドレスを仕立てさせろ、できるだけ襟元が見えないデザインでたのむ」
そんな主に残念なものでも見るような眼を向けた従者ではあったが、一応の了承を伝えてから、本題に入った。
「からくりは見つけられませんでした」
「わたしがアイテムを持っているように、ルシア嬢も身に着けている可能性が高いな。使用人を潜り込ませて探らせてみるか」
「それで掴めますかね?」
「わたしもできる限りルシア嬢を探ってはみるが、下手したら閨に連れ込まれそうで恐ろしいよ」
ライオットの言葉に従者はさすがに目を丸くする。
「まさか、相手は貴族令嬢ですよ?自ら価値を下げるようなことなどするとは思えません」
「母上の言うようにルシア嬢がわたしに恋する故の行動ならば、なにをしでかすかわからない」
「恋だなんて。信じていらっしゃらないくせに」
ライオットも従者も男だ。たかが恋心ひとつで自らの身を破滅させるような選択は、しようとは思わないし、きっとできない。
だが、女性は時に恋に狂うらしい。
社交界でも稀に、妻が夫を捨てて駆け落ちしたという噂が流れてくることがある。
全てを捨てても構わないと思うほど、情熱を傾けられる相手がいるということはある意味幸せなことなのかもしれない。
ライオットはサリエラを大切に思っているし、愛してもいる。
だが、ユシベルの家を捨ててまで彼女を選びたいかと問われたら返答に窮するだろう。
自分ならきっと、ユシベルとサリエラの両方を手にする方法を模索する。
彼女を手放すことも、ユシベルを他者に渡すことも、ライオットにはできない相談だ。
「早いところ解明したい、これ以上、被害が広がっては危険だ」
「今夜にでも送り込む使用人の人選を執事長に相談してみます」
「頼んだ」
ライオットはそう言って馬車の窓を開けた。
かすかにルシアの芳香が残っている気がして、それを吹き飛ばしてしまいたかったのだった。
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