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13.まじないによる心変わり(従者目線)

それ以降もライオットのルシアに対する態度は変わらなかった。


いや、変わらないならまだマシだった。


茶会を重ねるごとにルシアとライオットの距離は近づいていき、それに比例するようにサリエラとの関係は悪化していった。


「待っていたわ、ライ」


そしてついに、ライオットを愛称で呼ぶルシアひとりが彼を出迎えるようになったのだ。


これにはさすがにユシベル家の御者も驚き、どういうことだと訝し気な視線を従者に向けるも彼はなにも答えることができず、業を煮やした御者は、


「馬の調子が悪いようなので、手をお借りできませんか」


と従者に言った。


もちろんライオットは快諾をし、嬉々としてルシアと腕を組んでふたりで庭園へと消えていった。


間違いがあってはならないと従者は慌ててライオットを追おうとしたが、それを御者が止めた。


「場末の盛り場じゃあるまいし、会ってすぐ抱くようなこたぁないよ」

「ですが!」

「それよりこれはどういうこったい。

若旦那に嫁いで来られるのはサリエラ様だと聞いていたんだが、俺の間違いだったかな?」


この御者は老齢で、誰よりも長くユシベルに仕えている人物だった。


そのため、御者でありながらユシベル家の動向も事細かに把握しており、ライオットとサリエラが婚約していることももちろん知っていた。


「それは」


従者は口を開きかけ、すぐにつぐんだ。


百聞は一見に如かず。あの異常な光景を彼に見てもらうのが一番早い。


「見てほしいものがあるんです」


従者はそう言って勝手知ったるでルシアが好んでライオットとの逢瀬に使っている庭園の一角へこっそりと彼を案内した。



つい先日まで咲き乱れていた花々の大半は葉だけになってしまい、客をもてなすには相応しくないありさまであったが、当の本人たちにはどうでもいいことのようだった。


用意されたテーブルでライオットはいつものようにルシアと手をつないで見つめあっている。


少し離れた位置にカガル邸のメイドが控えているが、ふたりはお構いなしに顔を近づけて会話をしていた。



「ライはまじないを信じてる?」


ルシアの問いかけにライオットは首をかしげた。


「どうかな。他人が信じることに否やはないが、わたし自身はまやかしだと思っている」


ライオットの返事にルシアは微笑んで、

「わたしは信じてるんです」

と言い、ライオットの手のひらを見て、手相占いをし始めた。


「ライは強いけれど繊細なところもあるって手相に出てるわ」

「わたしが繊細?」

「そうよ、でも安心して。あなたの奥様がそれを補ってくれる」


するとライオットはルシアに言ったのだ。


「わたしの妻は誰になるのだろう?」


そんなものサリエラに決まっている!


御者と一緒に盗み見ていた従者は思ったが、ルシアはふふっと声を出して笑った。


「わかりませんわ。お姉様かもしれないし、別の誰かかもしれない」


そう言ったルシアはライオットに熱い視線を向け、彼もその熱に心地よさそうな顔をしている。


それに危険なものを感じた従者は慌てて割って入った。


「遅くなりました、馬は問題ございませんでした」


突然の大声にライオットは驚きのあまり立ち上がったのだが、急激なめまいに襲われたのか倒れそうになった。


「おっと、危ない」


それを支えたのは御者の男で、

「どうやら若旦那様は具合が悪いようです、今日はこのまま失礼しましょう」

と従者に提案し、彼も即座に賛成した。


「そうですね。サリエラ様によろしくお伝えくださいませ」


「具合が悪いならお部屋で休んでいったほうがよろしいわ」


「有難いお言葉ではございますが、こういうときはすぐに主治医に診せるよう旦那様からきつく申し付かっております故」


ルシアの引き留める言葉にも御者は全く動じず、そのままライオットと従者を馬車の中へ放り込むと、

「すみませんね、お嬢さん」

とルシアに向かって帽子をひょいっとあげて挨拶をし、そのままさっさと馬車を出してしまった。



御者は馬車を走らせながら、護衛騎士のひとりに医者を呼びに行かせ、もうひとりにはユシベル邸への先触れを命じた。


それは御者とは思えない的確、且つ、迅速な判断で、車内でそれを聞いていた従者は驚きを隠せなかった。




屋敷へと運び込まれたライオットはすぐさま主治医の診察を受け、そのままこんこんと眠り続けている。


その日の夜半、ようやくユシベル侯爵が屋敷へと帰宅し、ライオットの従者は御者と共にカガル邸での出来事を報告することになった。


「倅が世話をかけた」


侯爵は御者の男にそう言い、彼は、

「若旦那様には刺激が強かったようだ」

と笑った。


「刺激って」


話の見えない従者に御者はちらりと視線を送り、それから侯爵を見ると彼は大きくうなずいた。


「こうなった以上は話をしておくべきだ、備えもさせたい」


そこで御者は従者に対して言ったのだった。


「おまえさんはまじない(呪い)を信じるか?」


それは今日の茶会でルシアがライオットに言っていた言葉だ。


「それはどういう意味ですか?

ルシア様のあの言葉には、なにか意味があったというのですか?」


「おおありさね」


御者はそう言って執事長が給仕した紅茶を一口飲んだ。


それはこちらがびっくりするほど堂々とした態度で、当主の執務室に御者の彼が招かれることがすでに驚くべきことであるのに、その部屋で執事長が給仕したお茶を楽しむ彼はもはや異常である。


「あなたは一体、何者なのですか?」


従者のひねり出した問いに御者はニヤリと笑って、

「彼を従者にさせたのは正解でしたな」

と言い、それに侯爵と執事長が同意した。


「おまえが推薦したのだったな、ライオットの従者にはこの男が相応しい、と」

「結果としてライオット様をお守りすることにつながりました」


やれやれ、というように執事長は安堵のため息を漏らし、それから従者の問いに答えた。


「彼は先代ユシベル侯爵の従者つまり執事長を務めていた方です。先代が引退されたとき、一緒に領地へと住まいを移す予定だったのですが、侯爵様がお引き留めになって」


「窮屈なのはごめんだと言ったら門番にしてくださって、でもそれじゃぁ退屈だろうと時々、御者もやらせてもらっていたんだ。おかげで今日は良いものが見れた」


「良いもの?」


ライオットがルシアに懸想していたあの場面が良いものだとでもいうのだろうか。


誰がどう見てもあれは婚約者であるサリエラをないがしろにしており許されることではない。


従者も御者も見たままを侯爵に報告しなければならず、事が明るみに出ればライオットは罰を受けるしかない。


その原因となった場面が御者にとっての良いものだというのなら、彼の神経を疑うところだが、御者はしごく真面目な顔で言ったのだった。


「あれは古の術に違いないだろうよ」

「それは本当ですか?」


侯爵の問いに御者はうなずいてみせた。


「間違いない、俺は一度だけ見たことがあるんだ。

妙に甘ったるい匂いが周囲に立ち込めて、術の受け取り手は正気じゃなくなる」


彼が言っているのはライオットとルシアの逢瀬のことだろう。


従者には甘い匂いというのはわからなかったが、ライオットが正気でなかったのは確かだ。

受け取り手が正気でなくなるというのなら、それを仕掛けた術者はルシアということになる。


「ルシア嬢が術者だと?」

「そうとしか考えられませんが、果たしてあのお嬢さんひとりでやれるかな?」


御者は侯爵の言葉に同意を示しつつも疑問を投げかけ、一同は首をひねった。



大昔はそれなりに普及していたようだが今となってはその存在を知るものはほとんどいない。

従者は違和感こそ感じていたもののそれを術と結びつけることはできなかったし、実際に目にしたことがあるのは御者の男ただひとり。それも過去に一度だけだという。


それほどに稀有な力の入手ルートを貴族のそれも若い令嬢が持っているなど考えにくい。


「彼女の背後に誰かいる、と?」

「つつけば蛇が出るやもしれませんな」


従者は黙って二人の会話を聞いていたがそれが途切れたところで質問を投げかけた。


「その術というのは周囲も取り込まれるものなのでしょうか」


それに御者はニヤリと笑った。


「お前はどう思う?」


「ずっと気味が悪かったんです、カガル邸の誰もがルシア様とライオット様を止めようとはせず、むしろメイドたちは自ら進んでおふたりを近づけようとしているかのようでした。

皆が影響を受けているのであればそれも納得がいきます。

ただ、何故わたしは無事だったのかという疑問は残りますが」


「はっはっは。それはお前さんがライオット様の従者にふさわしいからだよ」


大笑いをする御者に侯爵もつられて笑いながら言った。


「美醜の基準は人それぞれだからな」

「それはどういう意味でしょうか」

「お前さん、あのルシアとかいうお嬢さんをどう思う?」


それを聞かれても困る。

従者にとってのルシアは、主人であるライオットの婚約者、サリエラの妹というだけで、それ以上でもそれ以下でもない。


「ルシア様はサリエラ様の妹君です」

「そうじゃない、要するにあのお嬢さんを可愛いと思うかを聞いている」


そう聞かれた従者は間髪入れずにきっぱりと言い切った。


「わたしにはそう見えません」


その痛快な回答に御者も侯爵も再度、大笑いをした。


「な、なんですか?」


従者の戸惑いに侯爵は言った。


「お前こそライオットの従者にふさわしい、これからも頼むぞ」


そしてまた大笑いしたのであった。

(御者と従者の会話)


「まじないはまず、相手への好意が前提となっている。綺麗な人だ、素敵な人だ。そういうちょっとした好意を助長させて利用するのがまじないだ。

あのお嬢さん、いや、貴族令嬢という生き物をなんとも思わないお前さんは影響を受けにくい。ライオット様の従者にふさわしいとはそういうことだよ」


「でもわたしにはもう結婚を決めている相手がいますから。彼女以外の女性に興味を持つなんて失礼ですよ」


「なんだそりゃ、のろけか?」


「ち、違いますよ!」






次回からライオット目線になります、お読みいただきありがとうございます

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