12.ルシアとライオット(従者目線)
最初にライオットの異変に気付いたのは彼の従兄であり、従者の男だった。
その日、ライオットはサリエラとの茶会を終え、帰宅した。
茶会には彼女の妹も参加し、いつになく会話の多い華やかな場になったと思う。
口数の少ないサリエラは婚約者との交流であるにもかかわらず、刺繡を始めるような令嬢であった。
一見、非常識に思えるその態度にもライオットは笑顔で、
「サリエラの沈黙はむしろ心地良い。わたしがわたしのままでいたとしても、彼女はそれを許してくれるんだ」
と、どこか嬉しそうな顔で自らの主人にそう言われてしまっては従者に反論はなく、次期当主夫妻がうまくいっているならそれでいいと黙認していたのであった。
「今日は一段と賑やかな茶会になりましたね」
帰宅後、ライオットから上着を受け取りながらそう言った従者であったがその返事はなかった。
いつもなら軽口が返ってくる場面なのだがどうしたのだろうと様子をうかがうと、ライオットは困惑しているようだった。
「サリエラとの茶会は終わったのか?」
「先ほど、挨拶をしておられたではありませんか」
「誰が、誰に?」
「ライオット様がサリエラ様に、です。ルシア様にも、また来るとおっしゃっていたではありませんか」
「わたしが?」
ライオットは信じられないという顔をしてたが、それはこちらのセリフだと従者は言いたかった。
「一体どうなさったのですか?お疲れでしたら、ハーブティーをお持ちしますが」
従者の問いにライオットはしばらく黙っていたが、
「いや、いらない。大丈夫だ」
と言った。
それ以降、サリエラとライオットの茶会にルシアが混ざるようになった。
婚約者としての交流の場に第三者が同席するのはどうかと思ったが、会話のないふたりにとっては良い刺激になるのか、サリエラはもちろんライオットもそれに反対することはなかった。
しかし、回を重ねるごとに従者は妙な違和感を感じていた。
まず第一にサリエラとライオットの会話がほとんどないのだ。
いや、これは元からそうだったのだから違和感と言ってはいけないのかもしれない。
しかし、ルシアとライオットの声だけが響く茶会になってしまっては本来の目的であるライオットとサリエラの交流が失われてしまう。
従者がそれを危惧したのはもちろんそれ以外にも理由はある。
ルシアのライオットに対する距離があまりに近いのだ。
ある日の茶会でカガル邸に突然の来客が訪問したことがあった。
その日は子爵夫妻は不在で、そうなると客の対応は長子であるサリエラの役目だ。
「少し席を外します」
サリエラがテーブルを離れたあと、しばらくしてルシアがメイドに茶葉を新しくするように命じた。
それ自体は別に珍しいことではなく、従者はいつものようにそれに同行した。
ライオットは次期ユシベル侯爵だ。
カガル邸の人間を疑うわけではないが、もしライオットに異変があったのなら彼らを疑わなければならなくなる。
それを防ぐため、ライオットが口にする可能性のあるもののすべてに従者が毒見をすることになっているのだ。
カガル邸のメイドが用意した新しい茶葉に問題がないことを確認した従者が茶会のテーブルに戻ってみると、ふたりの手はテーブルの上に出されており、しっかりと握りあっているのだ。
その上、ライオットは自身の甘い熱をルシアへと注ぎ、彼女はそれに応えて頬を染めている。
サリエラとの婚約の重要性はライオットも理解しているはずだ、その妹に懸想するなど決してあってはならない。
「すぐにお茶を出してください」
従者はわざと大声でメイドに指示を出すことでその場の空気を乱した。
案の定、ライオットははっとしたように慌てて手をひっこめ、ルシアはそれに残念そうな顔をし、従者に冷たい視線を送ってきたのだった。
間もなくしてサリエラ付きのメイドから、サリエラは体調が優れない為、自室に引き取ったという知らせが入った。
訪問目的であるサリエラが不在なのだからこの場に長居は無用。
ライオットならそう考えるだろうと思ったのだが、その思考はルシアの底抜けに明るい声に阻まれた。
「では、わたしがライオット様のお相手を致しますわ」
新しいお茶とそれに合わせた茶菓子がテーブルの上に広げられ、辞するタイミングを逃したライオットはそのまま、婚約者の妹と茶会を続けたのであった。
帰り道、馬車の中で従者はライオットに詰め寄った。
「一体どういうおつもりですか?ライオット様はサリエラ様とのご婚約を解消されたいのですか?」
「何のことだ?」
ライオットの返事に従者は心底あきれた顔をしてみせた。
「ルシア様と手をつないであんな風に見つめあって。
よりにもよってサリエラ様の住むお屋敷でそれをされるなど、正気とは思えません」
「誰と誰が手をつないでただって?」
あれほどの失態をライオットはなかったことにするつもりなのだろうか。
戻ってこなかったサリエラはきっとあの場面を見たのだ、あれはどう見ても愛し合う恋人同士だった。
それを見たサリエラはどう思ったのか、少なくとも同席を拒否したくなるほどの不快感があったからこそ、彼女は戻ってこなかったのだ。
ひとりの令嬢を、それも自身の婚約者をひどく傷つけておいて、白を切り通そうとするライオットを従者は許せなかった。
「ルシア様とライオット様に決まっているではありませんか!」
従者の怒りに満ちた発言にライオットは心底驚いた顔をしている。
「どうしたんだ。お前らしくないぞ、そんな風に大声を上げるなんて。
それになぜわたしがルシア嬢と?彼女はサリエラの妹、いずれ義妹になる令嬢だ。妙な噂が立っては困るだろう」
それは従者の知っている次期ユシベル侯爵の座が約束されているライオット・ユシベルであり、婚約者の妹に懸想するだらしない男の影は微塵も感じられなかった。
「本気でおっしゃられているのですか?」
「当たり前だろう。それともお前がわたしとルシア嬢との婚約を望んでいるのか?」
ライオットの鋭い視線に従者はますます困惑した。
それを望んだのは間違いなくライオットであり従者ではないのに、このままではそういうことにされてしまう。
従者の男はライオットの血縁であり、その座を狙っていると思われてもおかしくはない立ち位置なのだ。
カガル邸内での出来事を知っているのはユシベル側ではライオット本人と従者のふたりしかいない。
カガル邸のメイドたちが証言をしてくれればいいが、きちんと教育されている使用人であれば、仕える貴族の屋敷内で起こった出来事は一切、口外しないだろう。
つまりライオットが侯爵夫妻に、従者が当主の座を狙っています、と訴えたら、彼を擁護してくれる人間はいないのだ。
「そのようなことは決して」
「ならば妙な発言は控えよ。馬車の中とはいえ、誰かが聞いていないとも限らない」
ライオットの命令に従者は反論することはできなかったのである。
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