ホームレス階級
「ユー、いいねぇ!」
節約のため、川の土手で食える野草を集めていたおれは、背後からの突然のその声に驚いた。
振り返ると、そこにいたのはみすぼらしい服装の男。明らかにホームレス。風上に立っているせいでツンとした臭いが鼻を突いた。
おれは一瞬でも、芸能事務所からのスカウトだと期待を抱いた自分を恥じ、面倒くさいのに絡まれてしまったなぁ、とその後の会話、相槌を打つも上の空。はぁ、そうですか、はぁ、はい。と、流れで「ついておいで」と言われ、はいと返事してしまった。その手前、無視して帰るのも、ばつが悪いので仕方なく男のあとに続いて歩いた。
着いた場所は高架下、木々に囲われた中のやや開けた場所。風が吹くと汗臭い布を丸め集めたような匂いがした。どうやらここが彼らホームレスのたまり場のようだ。三人の男がブルーシートの上に座り、カップ酒片手に談笑していた。
「紹介するよ。えーっと誰から、おっと、そうかそうか。はい、まず最初にご紹介すべきはこちらにおられるお方、田中王!」
「うぃーす」
「で、そちらにおられるは吉野公爵」
「おう」
「そのお隣はぁ、松山伯爵ぅ」
「どもどもぉ」
「で、おれは川原子爵ね。あ、侯爵は公爵と呼び方が同じで紛らわしいから無しね。で、あんたは男爵」
「……は?」
どうやら彼らホームレスには階級があるらしい。そういうのが嫌で実社会に背を向けたのではないかとおれは思ったのだが、どうでも良かった。
なぜならおれはその後、一言も発さず逃げ出したからだ。
走っている最中、耳の奥で響いているのは、呆気にとられ立ち尽くしている間、聞こえていた彼らの会話。
『はっはぁ! 新入りかい?』
『そーなんだよぉ松山伯爵。彼、若いのに野草を集めててねぇ! 将来有望だろぉ』
『とかなんとか言ってぇ、自分より下を作りたかったんだろう?』
『へへへ、さすが吉野公爵殿。でも見てくださいよ。彼、いいでしょう? ねえ田中王?』
『うむ。我らの仲間として迎え入れようではないか!』
『やったなおい。こっちきて酌してくれよ』
『ほどほどにお願いしますよ吉野公爵。あ、そうだ君、カラスの手懐け方知ってる? へへっ明日の朝、見せてあげるよ』
ATMの前にたどり着いたおれは金をほぼ全て下ろした。
金を使うことに背徳感を抱く必要なんかない。そう気づいたのだ。
ホームレスと間違えられるという屈辱。もう二度と味わいたくない。だから、みすぼらしく見えないよう服を買った。歯も治療した。ジムも通った。良いものを食うようにした。引っ越しして電化製品も買い替え、女と遊んだ。
その結果。無一文どころか借金まみれに。
今では伯爵の地位。
おれは満足している。