私、雛鳥の扱いが分からない。
「あ、あの…僕これを届けに…。あと、この書類の判子を頂きたくて…」
怯えたヒヨコが震えながらピヨピヨピヨ。目の前の金髪少年が、私にはそう見えた。
判子を探すフリをして、まだ少しお酒の残る頭をフル回転させる。
ヤバい….。あんまりにも悪い気配がなさ過ぎて、確認もせずにドアを開けてしまった。
昨日私は隊長と隊長お気に入りのワトちゃんを捕まえて、ご飯に行き、あまりにも甘酸っぱい空気の二人に羨ましさともっと見たい欲が混ざって、えらくお酒が進んだのはちゃんと覚えている。
帰ってから追加で晩酌して、そのまま力尽きて、今。今日が非番だったのも飲み過ぎの一因だ。
「….に、したって」
荒れた部屋の奥で頭を抱える。そんなに整理が得意じゃないので、基本部屋はいつも散らかっている。まぁ今日はちょっと酷い方かもしれないけれど。そもそも世間様のイメージとやらを保つために、誰かを部屋に入れるなんてしなかった。のに。
「あー…ホントに気が緩んでた。あの子の気配、犬猫と一緒よ?」
騎士団副隊長という役職柄、たまに物騒な来訪もあるので、来客時は扉の前で必ず様子を確認してから開けるのはもう習性として身に付いている…はずだった。が、ヒヨコ君があまりにもフンワリやって来たので、危険確認の有無はおろか髪も整えずに出てしまったのだ。半分寝ぼけていたとはいえ、バーグラー副隊長、大失態である。
「……あの…?」
いけない、ヒヨコ君が待っている。判子なんて全然探す気も起きず、適当にガサゴソと音を出しておく。
今までこういう類のお使いの人が来ても「フ…私が持って行くわ、ありがとう」と凛々しく笑って追い払っていたのに、どうしたモンだか。
凛々しく笑って追い払うには、相手はもう既に部屋の中に入れてしまったし、むちゃくちゃ気を抜いた格好だし。そもそもこんなボサボサの格好で人の前に出る事も初めてだ。
悩んでいると、ヒヨコ君が一緒に探してくれると言うので、もはや言い訳を考えるのも取り繕うのも面倒になった私は、その提案を受け入れたのだった。
「どうして一週間でこんなに汚くなるんですか!」
その一週間後、フワフワの金髪ヒヨコに私は怒られている。フワフワ可愛いな…と思いつつ、どうしてって言われても、片付けてないからだ。何だったら彼が先週片付けてくれたおかげで汚しやすいくらいの事を言うと、ヒヨコは更に怒る。
うっかり気の抜けた姿を晒してしまってから一週間。バーグラー副隊長はズボラ、という噂が騎士団に広がる事もなく、私はまたヒヨコ君の気配に騙されて扉を開けていた。
「おかしいなー?普段はもうちょっと警戒するんだけどねー?」
扉の取手を持ちながら私は頭をひねる。
「何言ってるんですか。あ、この前の判子、ちゃんとここの棚に片付けて……ないじゃないですか!どこやっちゃったんですか!もう!」
「あ、それはゴメンだけど中に入ってから怒って。こんな姿とても隊員に見せらんないから」
「どこを気にしてるんですか!」
ピヨピヨと怒るヒヨコ君を招き入れ、また判子を探す。ピヨピヨ、もとい、ライリーは生真面目な性格でまた私の部屋を片付けてくれる。
口調は怒っている風だけど、育ちの良さのせいか、ライリーのお小言はまるで小鳥の囀りのようだ。頬を薄く染めて怒る様子も可愛らしい。
丁寧に片付けるライリーに訊ねる。
「マッジ隊長が味を占めたのね?」
「……それは分からないですけど、無事に書簡が返って来たのは喜んでおられましたよ」
占めたんだな。私が持って行く時はいつも期日ギリギリだったから。
「君、しばらく私の担当にされそうだね」
今回の書類に目を通しながら、そう言うと返事がない。視線をそちらにやると、頬が赤い。かわいい。
「ねぇライリー。こんなだらしない姿の相手にさえ頬染めてたら、勘違いした悪い女が寄ってきちゃうよ?騙されちゃわない?大丈夫?」
「…ッ!ぼ、僕!そんな人に惹かれたりしない、から!大丈夫ッです!!」
更に頬の色を濃くしてライリーが慌てる。かわいいな、この子。
前回よりも少しは片付いている部屋のお陰で、前より早く判子は見つかり、書類を抱えたライリーがペコリと頭を下げる。
「ありがとうございました。もう散らかさないで下さいね」
「努力はするけど無理よー。人には向き不向きがあるもの。まぁたまに様子見に来てくれたら嬉しいかな」
あはは、と軽く笑いながら彼を見ると、また頬をそめてゴニョゴニョと何か言っている。
そして数日後、ちゃんと彼が様子を見に来た時に、真面目な子に適当な事言っちゃいけないな、と私は学ぶのだった。
そして、何回目かの汚部屋偵察にやって来たライリーが、いつも朝食を飲み物で済ます私に、バスケットに入れた温かいパンを持って登場した時は、あまりの可愛さに悶絶した。
ライリーは朝食とその日の任務に必要な書類まで用意してくれるようになり、私は大変愛らしくて優秀な助手を得た気分で幸せな朝を過ごすようになっていた。
自分の不注意でその可愛いヒヨコ君に怪我をさせるとも知らず、私は誰かに甘える事を満喫してしまっていたのだった。