私、懐かれるのは初めてかも。
入隊してからの失恋は、己を高めるのにはちょうど良かった。
日々の鍛錬と気の抜けない任務。"生きている"と、実感出来る騎士団は私の天職だと思う。
己を高めまくっている間に季節がいくつか過ぎ、先代の隊長が勇退された後の編成で、私は副隊長になっていた。隊長はもちろんシオンである。
「隊長、今日もお願いします」
頭を下げて相手の返事も待たずに構えの姿勢を取る。
「おい…お前ちょっと休めって。…って言っても無駄か。よし、夕刻の鐘が鳴るまでな。それまでに一本取れなかったら諦めろよ」
観念したシオン隊長は体を伸ばしながら立ち上がる。
仕事後の自由に過ごせる夕方、宿舎に住む隊員は皆だいたい宿舎横の訓練所にやってくる。技術を磨く者、気分転換に体を動かす者、筋肉を愛してる者、理由は様々。
私は単純に暇だし隊長と稽古するのが好きだから日課として通っている。
カチンカチンと剣を交えながら、最近は少し喋る余裕も出て来た。
「お前左が上がる癖抜けねぇな。自分と利き手が違う相手とする時は気をつけろよ」
カチンカチン
「こ…れでも下げてるつもりなんだけど…なかなか……」
喋るといっても相手は余裕でこちらは必死だ。
「下げる方を気にして型が崩れるくらいならそのままでもいいけどな」
カチンカチン
「…ッ…もう…少し…早く動ければ…いいん…だけどっ…」
カチンカチン
「そだな。あと横ばっかり狙い過ぎ」
カチンカチン
どんなに必死に相手に一太刀を入れようとしても、どんどん劣勢になっていく。身体能力の差と相手の戦闘センスを毎回痛感する稽古だ。
どうにかして少しでも…そう思っている時。
「シオンー!」
遠くから彼を呼ぶ声が聞こえた。
声を認識した途端に隙だらけになったのが分かって、私はその一瞬を逃さないように彼の脇腹を狙う。
隙はほんの一瞬だったけれど、今度はいける。そう確信して思い切り剣を振った。
が…気が抜ける前の何倍もの集中力を瞬時に取り戻した彼は横から狙った模造刀を跳ね返す。
彼の集中力が強過ぎて、返された手首が模造刀越しにジンと痺れた。しかも彼の目はまだ終わっていない。あ、これは止めないと怪我をしてしまうやつだ。
「わ、ちょ…待って!!降参降参!!あー…また取られちゃったわね。悔しいー」
私はしゃがんでバッテンをする。悔しいが今回も負けだ。
「隊長、ホント強いね。どうやっても横に入れないのよねぇ」
訓練の後にしばらく談笑をしていると、また隊長を呼ぶ声が聞こえる。
「シオンー!ねーお腹空いたからご飯行こうよー!」
屈託なく手を振る彼女はワトちゃんという。出生不明の短剣使いの傭兵さんで、隊長のイイ人だ。
とはいえ短剣を使っている姿は見た事がないので、そもそも戦えるのか私は知らない。ただし、よく隊長と追いかけ合いをしている時に見せる彼女の身体能力は人間離れしていて、まるで重力が無いかのような動きをする。並外れた体の軽さは国王様からも一目置かれているらしい。
白銀の中に所々数茶色の房が見える髪の毛。小柄で天真爛漫。まるで絵画の天使みたいで、私とは正反対のタイプ。
「…いいよね、隊長。あんな可愛い子に好き好き言ってもらえて」
「あいつは男女問わず誰にでも懐っこいぞ?……あと俺達別に付き合ってねぇからな?」
「じゃあ隊長の片思いですか?えー何か意外ー!」
「おい」
色んな人に訓練中声を掛けられるけれど、隊長が毎回隙を作るのはその声の主がワトちゃんの時だけなのだ。
「お似合いだからてっきり付き合ってるモンだと。さっさと捕まえとかないと、あんな可愛い子すぐに掻っ攫われちゃうわよ?」
「うるせぇよ。いいの。ワトは誰のモンでもねぇし」
「うわ、見守り型ですか?恋愛は意外と奥手なんだ…」
「おい」
軽口を叩きながらも、隊長とワトちゃんの空気感を羨ましく思う。お付き合いという形を取らなくてもお互いに想い合っているのが良く分かるからだ。
「お前の恋愛はすぐ破綻しちまうけどな」
ニヤリと笑いながら隊長が言う。
「う…それ言われると…。でも私もう無理だと思う。もう何回同じ失敗してるか…」
「毎回"相手の理想像"になり過ぎなんじゃねぇの?」
「だって理想を求められたらついやってしまうんだもの…。最初から自分をさらすのって難し過ぎて」
はぁ、とため息を吐きながら「まぁ私、騎士団で華麗に散って行くんで大丈夫です」などと言っていると、隊長が顔を近付けて耳打ちする。
「お前はファンが多いから、それに乗っかって理想像をやっちまうんだろうな。あの上から見てる雛鳥みたいな少年も憧れの眼差しで"副隊長様"を見てるぜ?」
彼が目配せした先には、訓練所をよく通るフワフワの金髪君がいた。マッジ隊長のお手伝いとしてこの辺を歩いているのをよく見かけるので、顔だけは知っている。確か第三部隊の医療団で働くフレリアの弟だったはずだ。
上品そうな彼は、いつも私達の訓練をのんびりと見つめていた。
いいな、ああいうフワフワ系。私も一度なってみたい。そんな事を考えていると、
「ああいうタイプを一から育てるっていうのも楽しそうだけどな」
「うわ、下衆い。ああいう純粋そうな子は中途半端な好奇心でちょっかいかけていい子じゃないんです」
隊長の胸を小突いて返事をする。
彼みたいな子は、良く似た上品なお嬢さんが似合うと決まっているのだ。
“ちょっかいかけちゃ駄目な子"に、私がちょっかいをかけまくるようになったのはその数日後からである。