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私、結構デキる子らしい。

 薄暗い部屋の入り口で私は大きなため息を一つ吐く。視線の先には一人の男。長い睫毛に通った鼻筋、まるでおとぎ話の王子様のような顔の男はすやすやと眠っている。

 私はベッド横の窓に近付き、乱暴にレースのカーテンを引いた。


「……ロレッタ。我が姫。もう朝かい?」


 デタラメな量の色気を振り撒きながら、腰まである黒髪をかきあげて気怠そうに男がベッドから起き上がる。

 

 部屋は埃と本だらけで、足の踏み場もない。


「もう夕方よ、父様。あと服をさっさと着て頂戴。…横の人も」


 薄い布を軽く腰に巻いただけの男には服を、その隣の女には掛け布団を投げつけた。

 男は絹糸のような黒髪をもう一度サラリとかきあげ、投げつけた服を掴みこちらへ来て私のつむじに口付ける。


「ロレッタは今日も美しいね。僕の宝石は年々その輝きが増していくようだよ」


 至近距離で受ける彼の微笑みは、慣れている娘の私でさえその色気にあてられてしまう。私のような年齢の娘を持つ中年にはとても見えず、性別さえも曖昧に見える彫刻のような父様は、この小さな街では大変有名なクズ男だった。

 男にも女にも甘い言葉を囁き、色香を振り撒き、しっかり相手の心を掴むくせに、決して誰のものにもならない。


 父の横でゴソゴソと動く何者かに目配せをしながら訊く。


「父様、その人は?」


「誰だろうね。昨晩の僕たちに名前は必要無かったから」


 ふふ、と微笑みながら怖い事を言っている。


「…ひ、酷いです。私何度も名前を…」


 化粧の剥がれた女はまだ幼さの残る顔立ちをしていて、私は頭が痛くなった。


「父様、遊ぶのは()()()()()弁えた年齢の相手にしろとあれほど言っているのに…」


「愛を睦むのに年齢は関係ないだろう?」


「関係あります。深みに嵌っちゃう純粋な相手は駄目に決まってるでしょ。……そこの貴女、この人は貴女の名前にも何も興味がない駄目男だから。傷が浅い内にさっさと次に行った方がいいよ」


「だって…」


「この人、悪気がなければ何してもいいと思ってるところあるからね、たまに遊ぶくらいにしておく方がいい。昨日一度も名前呼ばれなかったでしょ?誰の事も等しく愛してるし、誰の事も等しく興味がないから名前覚えないんだよ」


「…ッ!」


 心当たりがあるのか、女の子は声が詰まる。


「……失礼します…」


 崩れた化粧も直さずに、そそくさと服を着て部屋を出ていく彼女を見て、私はわざと盛大なため息を吐いた。


「父様…」


「一晩の思い出をくれって言われたらさ、叶えてあげたいじゃないか」


 首をすくめながら父様は悪びれもせずに言う。相変わらずだな、と思いながら今日の目的をさっさと遂行する事にした。


「…私、無事に騎士団に配属される事になりました。第二部隊なので王室近くの宿舎に行きます。たまに帰ってくるから火遊びは本当に程々にしてね」


 無駄だろうけど、と思いつつ一応伝えて、返事も聞かずに自室の荷物を取りに行った。怒っている訳じゃない、こういう場面に出会(でくわ)す数が多過ぎてイチイチ構ってられないのだ。


 だらしない父親だけれど、身体能力の高い遺伝子をくれた事には本当に感謝している。難関と言われる騎士団の試験をたいして苦戦しなかったのはとても幸運な事だから。



 昔から何でもソツなくこなせてしまう方だった。物覚えも良いし応用も割ときくので、座学で苦労する事も少ない。身体能力も高く、日々の鍛錬など必死にしなくてもそこそこ良い成績を残せる。ついでに言うとそれを鼻にかけるのは愚策と早くに理解していたので、人当たりも良い方だったと思う。

 

 年相応の幸せに興味が無かったわけじゃない。

 けれど、近くに居た父は私が小さい時からずっとあんな感じだったし、自分がお付き合いする相手には“ロレッタは完璧過ぎる"と言われ振られる事が多かった。

 完璧の何が駄目なのか本当に理解不能だったけれど、素敵な恋人と幸せな家庭を作る夢は早々に諦め、私は誰かの役に立つ生き甲斐を感じる人生を進む事に決めたのだった。


「恋も愛も幻みたいなモンだよ、私には」


 はぁ、と何度目かのため息を吐いて、私は荷物をまとめるのだった。

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