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実力差を痛感する、僕。

「もう!遊んでる時間なんて無いですから!早く用意してくださ…だ、だから…あたってるって!」


 ロレッタさんに羽交い締めにされたまま、僕はバタバタと手足を動かす。大きな力が加わっている訳じゃないのに、どうしても体は動かない。

 毎朝のルーティンに僕をからかう羽交締めが追加されるようになって、今のところ僕は全戦全敗だ。


「んんー?じゃあ外してごらん?私だってこれでも暴漢を取っ捕まえたりするんだからねー?」


 僕相手なんて、本当に赤子の手を捻るようなものなのだろう。声の余裕と拘束の上手さに、騎士団の能力を見せつけられているようだ。


「でもライリー結構勘がいいよ。日増しに私の襲う気配に気付くようになってるんだから」


「毎朝されれば誰だって警戒しますよ。さぁ、隊服着て下さい。今日はいつもより早いんですよね?」


 あはは、と笑いながらロレッタさんが腕を緩める。今日は騎士団全員で登城する日らしく、隊服も王から下賜された特別な物だ。

 それが部屋の隅からクシャクシャで出て来た時はひっくり返るかと思ったけれど、僕が蒸気をあててしっかり干していたおかけで綺麗になっている。


 シュルリ、と隊服の袖に腕を通し、首元までパチリパチリと釦をとめていくロレッタさん。絹糸のような黒髪と、白い隊服。やっぱりロレッタさんは美しい。

 鏡の前で髪の毛を一つにまとめるだけで、半端な女優じゃ霞むほど麗しい副隊長が出来上がる。


「見惚れた?」


 僕の視線に気付いたロレッタさんが、視線だけをこちらに寄越しながら口の端で笑う。


「….正直に言うとかっこいいです。私生活はだいぶアレですけど」


「ふふ…最後は余計だけど素直でよろしい。ライリー、悪いんだけど温かい飲み物もう一杯もらえるかな?」


 ロレッタさんは何かの書類をもう一度確認するために椅子に腰掛ける。

 僕が台所に向かうと、扉を軽くコンコンと叩く音。確か今日は隊員さんが迎えに来ると言っていた気がする。


「少し早いけどお迎えの人ですかね?」


 僕が扉に近付き、握りに手を掛けた瞬間、ロレッタさんが慌てたように急に立ち上がり声を出す。


「駄目!ライリー!!」


 背中に強い衝撃と頬に何か熱い物を感じ、衝撃のせいで僕は床にうつ伏せに倒れてしまう。

 倒れた僕のすぐそばで何やらバタバタと動く音と荒い息。僕がようやく体を起こすと、そこには紐で拘束された男と少し乱れた隊服のロレッタさんがいた。


 ロレッタさんは扉の外に向かって隊員を呼び、再び紐で巻かれた男に近付く。近くの布を男の口に噛ませ、紐に緩みがないか確認してから僕の方に寄って膝をつく。


「ごめんなさい。気が抜けていて間者の気配に気付くのが遅くなってしまって…。あぁ……ライリー、本当にごめんなさい」


 隊服から覗く白いハンカチを僕の頬にあてる。熱さが刃物による痛みだったとそこでようやく気付いた。


「大変だわ。怪我をさせてしまうなんて…」


 本当に申し訳なさそうにロレッタさんが言う。


「だ、誰なんですか?その人…」


 布を口に噛まされている男は血走った目でロレッタさんを睨みつける。フーフーと威嚇しながら、無茶苦茶な殺意を彼女に向けている。


「誰だろね?たまにこういうの来るから分かんないや」


 相手の射殺すような視線にはまるで興味がないようにロレッタさんは答えた。


 たまに?刃物をいきなり突き出して来るようなのが扉の向こうから来る?

 大混乱している僕に向かって、ロレッタさんはまた困ったように眉尻を下げて告げた。


「ごめんね、ライリー。もう貴方はここへ来ちゃ駄目よ。毎朝とっても幸せな時間だったわ」


 急に距離を取った言い方に僕は面食らう。


「ど、どうしてですか?僕、怖くないです。それに怪我だって大した事ありません」


 ふ、と軽く笑ってからロレッタさんは僕の反対側の頬を撫でる。


「その怪我で済んで本当に良かった。あ、まぁ怪我自体は全然よくないけどね。私…というか第二所属の隊員って前戦で戦う分、人からの怨みを買う事だってあるし、難しい任務が失敗したら明日死んじゃうかもしれないし、結構危ないんだよ。隊員は皆それを承知で所属しているからいいけれど、他者を巻き込む訳にはいかないわ」


「…大丈夫です。僕、ちゃんと自分で反撃出来ます」


「ライリー」


「それにロレッタさん、だらしないから…すぐ部屋も汚くなっちゃうし」


「ライリー、聞いて」


「は、判子だってすぐ無くしちゃうじゃないですか…」


 僕はうつむいたままボソボソと喋る。急に自分が必要ないと言われた気がして、心がザラザラする。ロレッタさんがそんなつもりじゃないのは分かっているのに。

 何も言わない彼女の表情がわからず、僕は唇を噛む。どうしていつもの軽口を言ってくれないんだろう。


「ラ…」


「もういいです。来ません」


 僕はそれだけ言うと、フラフラと部屋を出た。通りすがりの隊員さんに何人か声を掛けられた気もするけれど、僕の耳にはどんな音も届かなかった。

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