ダン・フェラー男爵の走り書き【番外編 1】
今日こそロレッタに求婚をする。俺はそう決めていた。
本当は付き合ってすぐに結婚したかった。ロレッタは俺の理想そのものだ。
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初めてロレッタに出会ったのは、彼女がまだ騎士団の隊員だった頃だ。
俺は騎士団の隊服の布地を取り扱う行商をしていて、いつも新しい隊員が入ると採寸をしに騎士団へと赴いていた。面倒だけどこれも仕事だ。名ばかり男爵なんてそこら辺の労働者と大差ない。
"稀代の女騎士"
彼女の噂は聞いた事があったけど、どうせ筋肉ムキムキの半分男みたいなヤツだろうと勝手に決め込んで、その日も騎士団の部屋を叩く。
「よろしくお願いします」
美しい姿勢で頭を下げる黒髪の女。危ない任務の多い第二部隊に属しているとはとても想像が出来ない麗しい女性、それがロレッタを最初に見た時の印象だ。
「すみません、女相手だと逆に気を遣わせてしまいますよね。私の事は男みたいなものだと思ってもらって大丈夫なので…」
採寸を中々始めない俺に、彼女は申し訳なさそうに言う。伏し目がちに言う仕草の一つ一つが美しい。まるで良く造られた彫刻が喋っているみたいだ。
「あ、いえ!あまりに美しい人なので!自分、びっくりしまして!逆にこちらが恐縮です!!」
勢いよく返事をすると、ロレッタは目を丸くしてから吹き出して笑う。
「そんな勢いよく恐縮されてこちらこそ恐縮です。よろしくお願いします」
花が綻ぶように笑うロレッタを見て、俺は一撃で恋に落ちてしまったのだ。
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俺はその日から用事を無理矢理作って騎士団へ顔を出し、隙あらばロレッタに会いに行った。話題なんて何でもいい、俺は猛烈なアプローチをかける。
告白も一度でいけるなんて思ってなかったし、駄目でも俺は何度でも挑戦するくらいの気持ちでいたから、一度目の告白でOKが出た時は信じられなかった。
彼女は決して我儘を言わないし、いつも自分より俺の事を気遣ってくれる。何度か行った部屋は彼女らしい整頓された部屋で、俺はそれもベタ褒めする。
美しく強いだけじゃなくて、普段もこんなにしっかりしているなんて。本当にロレッタは理想の女神だ。
馬鹿みたいだけど付き合ったその日にでも俺は結婚したかった。ロレッタは美人だし何より性格がとても良い。あんなむさ苦しい男所帯に放り込まれているんだ。すぐに変な虫が寄ってくるに決まってる。
だけど、せっかちな男だと思われるのも嫌だったから、一年は我慢した。しかもとても清い交際だ。そこに関しては本当に俺を褒めて欲しい。
慣れない上品な言葉を使い、彼女に相応しい余裕のある男をずっと演じてきた。作られた品性はたまに失敗したりもしたけれど、俺は自分なりに努力を重ねる。
そして一年耐えた。もうこれ以上は無理だ。今日、彼女に言おう。結婚してくれ、と。
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「わかったわ。さようなら。ありがとう。幸せにね」
君は完璧過ぎて、俺は勿体無いけれど、それでも結婚して欲しい、そう告げるつもりだったのに。
それがどこをどうしくじってこうなってしまったのか。ロレッタは悲しげな笑みを浮かべ、食事代までそっと置いて完璧な形で去ってしまった。
あの去り際を見て、女神は二度と俺の元へ戻ってこないのだろうと確信し、俺の世界は灰色になる。
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俺たちの事を知っている人間に、ロレッタは自分が未熟者故に俺に振られた、とその度に答えていたそうだ。
逆だよ、逆。俺はそう思いながらも訂正出来ずにいた。何てつまらない見栄。友にどうして別れたのか訊かれた時も、ロレッタが完璧過ぎてつまらないという位しか出来なかった。小さな虚栄は吐く度に虚しくなる。
ロレッタは俺と別れてからも騎士団で頭角を表して、気付けば副隊長なんて大それた位置にいた。
だけどその時にまだ浮いた噂も聞かなかったから、俺は女々しくも、自分に想いが残っているんじゃないかと期待したりなんかしていたんだ。
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ロレッタの涙を初めて見たのは、小さな村の水門修繕で偶然出会った時だった。
疲れた表情で涙を流すロレッタはその儚さも美しかった。初めて見る彼女の表情に俺は欲情してしまい、そのまま強引に復縁を匂わせる。話を受け入れてもらえない事に苛々して、らしからず結構強引に迫ったりなんかして。
すると驚くほどきちんと拒絶をされ、俺はロレッタが自分にこれっぽっちも未練がないと知る。付き合っている時は決して見せない顔であんなにハッキリ言われたらおしまいだ。
俺の何が足りないんだ。どんなに働いたって身分は男爵で精一杯。そこに転がってる伯爵の坊っちゃんが羨ましいぜ。生まれた時から恵まれてる苦労知らずのボンボンを揶揄って言うと、ロレッタは俺に怒りを向ける。
何なんだよ。身分が少しあるってだけで、こうやって騎士団にまで心配してもらえるなんて。
彼女が去った後、俺は一人肩を落とす。完全な負け犬でこの上なく惨めだった。
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俺はその街で水門の修繕の責任者の任に就いていたので、彼女の事を心に燻らせつつも真面目に作業に取り掛かる。仕事は仕事だ。手は抜かない。
慣れない作業にも真面目に取り組む伯爵家の坊っちゃんは、確かに身分に胡座をかかない良い青年だった。
話を聞く内に、彼の家は少し前まで没落したも同然の伯爵家だったらしい事を知る。それでも腐る事なく父親と一緒に奮闘していて、もう一度立ちあがろうとしている彼がとても眩しく見える。
俺は自分の先入観を恥じつつ、彼と気持ちの良い仕事に取り組んだのだ。
修繕の目処がたった所で坊っちゃんは好きな女を追いかけて行った。あんなに真っ直ぐな気持ちを伝えてもらえるような相手だ。きっと素敵な人なんだろう。
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「へへ…お嬢ちゃん、こんな場所で一人で来るのは危ないよォ?」
「ま、まぁ、そうですの?ここに良いお土産があると聞いたので…」
「へへへへ…それはこれじゃないかい?試しに一口飲んでごらん」
「まぁ、お土産とは果実酒でしたのね?ご親切にありがとうございます。でも、お金も払わずに試飲してもよろしいのかしら…?それに…わたくし、あまりお酒は強くありませんし」
「へへへへ…構わないよ。なぁに、一口だけだ。それにこれはとても薄い酒だからね、飲んだ事も忘れちまうくらいに。へへ…へへへ…」
「それなら、一口。ご親切にありが……」
「やめとけ。そんな馬鹿みたいに強い酒」
仕事終わりの酒を買いに来た薄暗い店で、絵に描いたような場面に出会し俺は辟易する。目の前の胡散臭い店主が差し出した酒は、とんでもなく悪酔いする度数の強いやつで、どこぞの呑気なお嬢様はそんな事に全く気付かず口にしようとしている。
飲んだら一巻の終わり。気を失った途端にすぐに裏にでも連れて行かれて、彼女の人生は大きく狂うだろう。
あまりにも世間知らずそうなお嬢様をそのまま見過ごす事が出来ず、うっかり声を掛けてしまった。ただの気まぐれだ。
「おい、邪魔すんなよォ。お前にも後から楽しませてやるからよォ」
胡散臭い男はニヤニヤとこちらを伺う。一緒にどうだ?の意味らしい。
「やめとけ、こんな小娘に手ぇ出すの。こいつは俺が連れて帰るよ」
「…え?え?」
何がどうなってるか分かっていないお嬢様の肩を無理やり抱いて店を出る。
戸惑う娘の肩を抱きながらしばらく歩き、店から十分に離れた場所で彼女を離す。そこで初めて娘を見ると、小柄で目の丸いリスみたいな雰囲気がある。着ている服も上等で世間知らずそうだから、先ほどみたいな手合いには格好の餌食だ。
「お嬢さん、誰かと一緒じゃ…ないっぽいな。あの店はお嬢さんみたいな子が行くような店じゃないよ。あんな酒飲んだら明日には花街に送られちまうぞ?明るい通りまで一緒に行ってやるから、ちゃんと家に帰るんだ」
「ま、まぁ!…そうでしたのね。あの…わたくし、この辺りの住まいじゃありませんの…。少し…社会勉強がしたくて…」
ふわふわとした茶色の髪の娘は、話をしながらあっという間に目に涙を溜める。急に怖くなったのだろう。
「お、おい。泣くなって。もう大丈夫だから。君みたいな子は治安が良くたってすぐに狙われちまうから、次からは気をつけるんだぞ」
娘はグスグスと鼻を啜りながら頷く。
「はい…。本当にありがとうございます。….あ、あのっ…お名前をお伺いしても…?」
「ダン・フェラーだよ、お嬢ちゃん」
「本当にありがとうございます、フェラー様。フェラー様はわたくしの命の恩人ですわ」
「はは、大袈裟だな。君みたいな可愛い子の恩人になれて嬉しいよ。さ…ここまで来れば大通りだし、大丈夫かな?気をつけて帰るんだ」
そういいながら娘の頭を軽く撫でる。ここは明るい通りだからもう大丈夫だろう。何だか柄にもなく格好つけてしまったな、そう思いながら俺は帰路についた。
「……おうじさま…」
娘が顔いっぱいを朱色にして、そう呟いていたのをその時の俺はまだ知らない。
ダン視点の番外編です。お立ち寄りくださってありがとうございます。




