大逆転の、僕。
思った以上に騎士団が嫌われている。この街に来てすぐに感じたのはそれだった。
何だかとても乱暴的な活気と空気感がある港町。赤い髪に褐色の健康的な肌。そこに住む人々はみんなギラギラと不満を滲ませた目をしている。
「はっ、騎士団様の御一行?……知らないねぇ…」
食堂の女将さんがニヤニヤと答える。それは絶対に知っている顔つきで、どちらかといえば僕じゃなく騎士団を困らせてやりたい空気をありありと感じた。
僕はお礼を言って店を出て、街の外れにある出店をぼんやりと見て回る。この街に居ると聞いてきたけれど、街の人は騎士団に関する事を何も教えてくれないし、隊服を着ている人を一人も見かけないので、もしかしてもう隊は帰ってしまったのだろうか。
所在なく歩いていると、知った声に呼び止められた。
「あれ?ヒヨコじゃねぇか。お前何でこんな辺鄙な所に居るんだよ」
「隊長さん!」
「体調はもう大丈夫か?水門の修繕、ほぼ終わったと報告もらったよ。大変だったな」
「はい!先日はご迷惑をお掛けしました。体調はもうすっかり。あの一帯に住んでる人たちの協力もあって、水門も順調に修繕が進みました!」
「そうか。ちゃんと指揮取って出来たんだな。偉いぞ、ヒヨコ」
「ヒヨコ…」
「あ、悪い意味じゃねぇよ。可愛い、くらいで言ってるから気にすんなって」
「可愛い…」
「んだよ、男が細かい事気にすんなって。で、お前ここで何してんの?」
「あ…あの、僕ちょっとあの…」
「んー?…あーロレッタか。今日と明日は部隊は動かないから隊員は皆自由に過ごしてるはずだぞ。ロレッタは一日宿に居るって言って……あ、何?お前、可愛い顔して襲いに来たの?」
「や、やめてください!そんな訳ないでしょう?!」
「はは、冗談だよ。隊はこのまま通りを抜けた街の端で宿を取ってるから、用事があるならそこに行ってみな」
「ありがとうございます。僕、隊長さんやっぱり苦手です。でも最近慣れてきました!もうちょっと大人になったら勝負してください!」
元気に言う僕を見て隊長さんは僕の宣言に目を丸くしてから、ふ、と笑う。
「ま、褒め言葉として貰っておくよ。勝負、楽しみにしてるぜ。気をつけてな」
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扉の前に赤い髪の男がしゃがんでいる。
男は、鍵穴をとても慎重に弄っていて、僕が後ろに居ることに気付いていない。そしてその扉の先にはロレッタさんがいるはずだ。
ぶっきらぼうな宿の主は二階部分だけが宿泊用だと教えてくれたので、誰かの部屋と間違えている可能性も少ない。
つまり、この赤髪の男は明確にロレッタさんの部屋に侵入しようとしているのだ。
僕は大きいため息が出る。
「全然危ない気配に気付けてないじゃないですか…。めちゃくちゃ怪しい強盗が扉の外にいますよ、ロレッタさん」
ふう、と大きく息を吐いて集中する。座学でしか学んだ事がないけれど、暴漢の倒し方を頭の中で反芻する。
えい、と後ろから思い切り相手の首元を締める。一瞬身体が強張った感じがして、すぐに相手はぐにゃりと脱力したので、どうやら上手く気を失わせる事が出来たようだ。
暴漢は刃物や太いロープに麻袋、暴漢の見本のような道具を沢山持っていて、これで彼女をどうしようとしていたのだろう。
色々と考えてから扉を叩こうと思っていたのに、とにかく安否が気になって扉を叩くと、ふにゃふにゃに気の抜けた格好の彼女が出て来て、僕は思わず抱きしめていた。無事で良かった、そう思って彼女を見ていると、
「綺麗な瞳だね、ライリー」
彼女が目の前でそうふにゃりと笑ったのを見て、僕は思わず口付けをしていた。
お酒のわずかな匂いと柔らかな唇。目を開けると、戸惑った様子の愛しい人。
色々と言葉を並べても、どの言葉も違う気がした。そうだった、僕、ちゃんとまだ言っていなかった。
「ロレッタさん、好きです」
そう言うのが精一杯だった。本当はもっともっと伝えたいのに、それしか言えず、困り顔の彼女を見て僕はようやく正気に戻る。
気持ちを伝えられただけでも十分だ。彼女を困らせるつもりはなかったし、けれど知って欲しかった。何て自分勝手な未熟者なんだろう。
急に恥ずかしくなって頭を下げ部屋を出ようとすると、彼女が僕を引っ張り顔を近付ける。
彼女がくれた口付けは、まるで怒っているような、一つも離れたく無いと言われているような、とても激しいものだった。
色んな気持ちが初めての僕にはとても処理出来るものじゃなくて、ただただ受け入れる。呼吸さえどうしていいか分からないけど、心のどこかでその全てを受け入れたい自分もいる。
息も絶え絶えになった頃、顔を離した彼女は、ちゃんと話を聞けと怒っていて、それは本当にロレッタさんらしい愛の囁きに聞こえる。
観念したかのように、僕に好きだと言って抱きついてくるロレッタさんをゆっくりと抱きしめる。
「ロレッタさん…」
「…なに?」
「好きです」
「えへへ、私も」
「あの…好き、なんです、けど…」
「んー?けど、なーに?」
「あんまり、その格好で抱きつかれると、その、僕…」
「…ライリーが男みたいな事言ってる」
「僕、男ですよ?好きな人と抱き合って平気でいられる訳ないじゃないですか…。でも、駄目です」
「へ?」
「ロレッタさん、任務中だし。お酒残ってそうだし、そんな格好だし、風邪ひいちゃいますよ」
「わ、ライリーの真面目が出た。ライリー、私、今日と明日はお休みだし、お酒は抜けてるし、こんな格好だから早く暖めて欲しいけど?…それは駄目?」
「…ッ!だ、駄目…………じゃないですけど!!あーもう、知らないですよ。言いましたからね?僕男だって」
そう言ってから、ロレッタさんの言葉を待たずに唇を合わせると、ロレッタさんはそれを受け入れてくれて、頭が沸騰しそうになる。彼女を隅々まで知りたい欲と優しく触れたい冷静さがごちゃ混ぜになりながら、僕は何度も彼女に口付ける。何度も、何度も。
「あ、ちょっと待って」
ロレッタさんが急にそう言って上体を起こし、扉の方へ走り出した。
グエ、という潰れた音がして、先ほど扉の前でゴソゴソしていた赤髪の男が伸びていた。自身が持ってきていたロープで男を縛り上げると、ロレッタさんがとても残念そうな顔をこちらに向ける。
「もー…何でこんなイイとこで暴漢が来るのよー。ライリーごめん、ちょっと仕事だわ…」
とても残念そうなロレッタさんを見て、僕は思わず噴き出した。
「その人、扉に細工してましたよ?」
「知ってる知ってる。あれ?ライリーも居たの?じゃあやっぱり貴方の気配って分かりにくいんだねぇ」
妙に感心した様子の彼女が、手早く着替えて部屋を出ようとするので、
「ロレッタさん」
僕は彼女を呼び止めてもう一度抱きしめ、好きだと告げた。




