理想を見つけたい、僕。
【ロレッタ・バーグラー】
王室付き騎士団、第二部隊の副隊長。
救護班である第三部隊を除いて、隊員の殆どが男所帯の騎士団に属する稀有な女性隊員である。
危険な前線にも最初に派遣される事の多い第二部隊は、男でも並みの身体能力では一次試験にすら通らない。身体能力だけでなく、座学のレベルも相当に高いそれらをストレートに合格し、あっという間に副隊長まで昇った女性。その才能に、もはや変人という噂まである。
「かっこいいんだよなー…」
まるで市井の乙女のようなため息をついて、夜の訓練に励む騎士団を見ながら僕は呟く。
僕の生真面目な性格を、フレリア姉さんが所属する第三部隊のマッジ隊長に何故か気に入られ、書簡を届けるお手伝いを始めてもう数ヶ月になる。
預かった書簡を諸々の部署に届けるだけのお使いは、伝票に相手のサインか判子を貰う簡単なものだ。
僕の家と訓練所、そして騎士団寮の距離が使いを頼むのにちょうどいいらしい。姉さんはちょっと隙が多過ぎて、男相手の仕事は駄目だとマッジ隊長はため息をついていた。
「その点、同じ女性でもロレッタさんは隙無しっていうかさ」
隊員達が鍛錬に励んでいるその中で、一際目立つ長身の女性がロレッタさんだ。僕のお使い兼散歩がささやかな楽しみになっているのは、彼女の存在が大きい。
絹糸のように美しく長い黒髪を1つにまとめ、均整のとれた身体を巧みに動かしながら、模造刀で二人一組になって掛かり稽古のような事をしている。
カチンカチンと鳴る模造刀を操る姿はまるで美しい輪舞のようだ。
副隊長に初めて女性が選ばれたと聞いた時は、筋骨隆々、脳ミソまで筋肉で詰まっているような人が選ばれたのかと思いきや、ロレッタさんはまるで王族のような気品がある。
身体も筋肉がムキムキと付いているのではなくて、踊り子のようなしなやかな肉付きだから、筋肉お化けのような隊員と組み手をしているのを見ると少しヒヤヒヤする。
「わ、ちょ…待って!!降参降参!!あー…また取られちゃったわね。悔しいー」
男装の麗人、という表現がピッタリなロレッタさんはその場でしゃがんで笑いながら手をバッテンにする。
「隊長、ホント強いね。どうやっても横に入れないのよねぇ」
汗を拭い模造刀をブンブンと振りながら、ロレッタさんは悔しそうに笑う。
「間合いの取り方は随分上手くなってるよ。キエルくらいなら討てるんじゃないか?」
同じ黒髪で小柄な隊長さんも笑いながら返す。ロレッタさんに劣らず見目麗しい隊長さんは全然息が上がっていないから、2人の間にはまだ実力差があるのだろうか。
笑い合う黒髪の2人は、その整った容姿も相まってまるで絵画のようだ。
「ん、キエル?あ、そういえば先週の書類出してないのよね。…ちょっとー!キエル!先週の報告書、ちゃんと出来上がってんのー??」
名前を聞いて思い出したかのようにロレッタさんが訓練中の隊員に向かって叫ぶ。
「ッわ!わ、わ!!バーグラー副隊長、ひゃ…ちょ、急に喋り掛けない…で…わ!!」
声を掛けられた男の人は、その声の主が副隊長だと分かると途端に型が崩れてへたり込む。
「訓練中でも常に周りを注意をしておかないと実戦で痛い目に遭うわよー!それもっかい最初からやり直し!あと、書類チェックするからこの後私の所まで持ってくるようにね!」
そう言いながら音もなく立ち上がるロレッタさんは、所作の隅々まで美しい。顔に張り付いた髪を直しながら、その後もきびきびと隊員達に指導をしていく。
厳しいながらも隊員同士で笑い合っている様子に、ロレッタさんの人柄が垣間見える。
ぼんやりと一連の動作を見ていた僕の方に向かって、ふいに黒髪の隊長さんが目を向けた。確かこの隊長さんも平民から実力で部隊の長になった凄い人だったはず。よく見るとあどけなさが残っていて、意外に僕と年齢は近いのかもしれない。
何か考えてから口の端をニヤリと上げると、ロレッタさんに耳打ちした。
ロレッタさんはそれを聞いてから僕の方に目をやり、隊長さんの胸を笑いながら軽く小突いた。
二人の空気感が姉さんとマークスのカップルと何故か重なる気がした途端に僕は少し面白くない気分になって、そっぽを向いてマッジ隊長の元へ向かった。